第十一話 金色、そして黄金
それは何の前触れもない出来事だった。
無骨な鉄の棒。その一撃は王女の心臓を穿ち、迅速な死を突きつけた。
セルフィー=アリシア=ヴァーミリオン。
いかに彼女が自称大天使の力で治癒能力に目覚めていたとはいえ、治癒能力を使う暇もなく即死したならば何の意味もない。
呆気ないものだった。右腕に両手を絡ませ、頬を膨らませていた王女から生命の息吹が消失する。
未だ名残りのようにその肉塊には温もりが残っていたが、胴を貫く鉄の棒を支えにかろうじてミリファルナの右腕にくっついているそれは単なる肉塊でしかない。
今時珍しくもない、どうしようもない末路。
慣れてはいけないと思いながらも『仕方がない』と流せてしまうほどに目にしてきた日常。
だから。
「目についたなら、殺す。それこそ偉大にして親愛なる魔王様に近づく唯一にして絶対の道。ああっ、私は一歩至高にして究極の領域に近づいたっ!!」
それは唐突に出現した。
白と黒のマーブルに染まった剣や槍を束ねた翼に同色の衣を纏ったその女は『魔の極致』第六席ランピーラ。その手には無骨な鉄の棒が握られていた。そう、セルフィーの胴を貫いたものを、である。
だけど。
「というわ・け・で。『あいつ』の成果物だろうが容赦なく粉砕してやるわ」
ミリファルナはすでに金色の力を消失している。シンシヴィニアは魔力を失っている。特別は霧散しており、残っているのは華奢な女の身体だけ。ランピーラがほんの少し力を込めただけで砕け散るのは目に見えているのだから、今すぐ逃げ出すのが最善だ。もちろん逃げ切れる可能性はゼロに等しいが、何もしないよりはマシだろう。
「ふざっけるなッッッ!!!!」
それがどうした。勝機があるかどうかなんて考えてすらいない。ただただ沸騰する魂が感情を吐き出すだけだ。
拳が、飛んだ。
金色を纏っていない拳が魔族に通用するはずもなく、ランピーラは避けるまでもないと言いたげにそれを受けた。ビギッと頬を打ち攻撃を仕掛けたミリファルナの拳に痛みが走った結果が全てである。
ランピーラは表情を変えることなく無骨な鉄の棒をセルフィーから引き抜く。ずるり、と支えを失った肉塊がミリファルナの右腕から離れる。それだけで、それこそが、どうしようもない感情を引き摺り出す。
「くそ。ちくしょっ、こんな、こんなの、くそったれがあっっっ!!!!」
「馬鹿っ!!」
返事は無骨な鉄の棒による摺り下ろしであった。シンシヴィニアがミリファルナを突き飛ばし、揉みくちゃになって地面に倒れる。そのスレスレのところを振り下ろしが通過、そして爆発があった。
ゴガァッ!! と地面がえぐれ、四方に衝撃波を撒き散らす。ミリファルナとシンシヴィニアが一緒になって数メートルほどノーバウンドで吹き飛ばされたほどの、だ。
「づっ、うっ。ミリファ、ルナ……逃げるですわよっ。あれは『魔の極致』第六席ランピーラ。あの八位の巨人の上っ。今のわらわたちが敵う相手ではないのですわよっ!!」
「逃げる? お姫様が殺されたのに、尻尾巻いて逃げろって!? ふざけるなっ。そんなことできるわけないじゃんっ。あのクソ女、絶対にぶっ殺してやる!!」
「落ち着くですわよっ。悔しいのは分かるけど、この世にはどうしようもないことだってあるんですわよ!!」
「わかってる! でも、だけど!! 魂の底の底で『ミリファ』の怒りが溢れているんだよ!! どうしようもない、そんな言葉で引き下がれるものかあっ!!」
ヂリッ、と。
その怒りに呼応するように、ミリファルナという肉の器の内側から『何か』が顔を出し──
「にひ☆」
斬撃があった。
バックステップで回避したランピーラの代わりに降り立つは漆黒のマントにビキニアーマーの女。
すなわち、第二師団師団長・アリア。
巨人との戦闘で上半身と下半身とに両断されたはずの女は生々しい傷痕が残る胴体から赤黒く固まりかけた血液を漏らしながら、口の端を嘲るように歪める。
「介入するならここが最適ですね」
「あ、りあ? いや、でもっ、巨人の一撃で死んだはずですわよ!?」
「奥の手、です」
「奥の手って、そんな便利な力あるだなんて聞いていないですわよ!?」
「奥の手ですから」
「ま、まったくっ。無事なら無事と早く教えるですわよっ。まったく、まったくもうっ!!」
じわり、とシンシヴィニアの目元に涙が浮かぶ。犠牲は多く、しかし一人でも多く生き残ってくれた。死んだと思っていた盟友が生きていたとなれば嬉しくないわけがない。
そして。
そして、だ。
「くだらない。我が光輝にして無垢なる魔王様と並ぶための踏み台が増えた、それ以上でも以下でもないわよ」
「そうとも言えない……です」
アリアは笑う。嘲り、殺しを撒き散らすように。
胴体の接合部からドロドロとした赤黒い液体をこぼしながら、その手をランピーラ──ではなく、ミリファルナへと向ける。
「さあ、楽しく殺し合うとするですよ」
展開されるは魔法陣。
噴出するは『黒い』炎の魔法。
膨大な魔力を秘めたその炎は既存の物理法則を超越している。焼却、ただ一点を突き詰めに突き詰めたその一撃は本来燃やすことが不可能な因子にさえ影響を与え、焼却を果たす。
とはいえ、魔力は魔力。
ミリファルナに直撃した瞬間、膨大な魔力は一滴残らず吸収された。
噴き出すは金色の光。
その意思は──
「光速顕現」
ゴッッッドォッッッ!!!! と。
目にも留まらぬ速さ、などという陳腐な例えがそのまま当てはまるほどに凄まじい速度でもって放たれた拳が『魔の極致』第六席ランピーラの頬を打ち抜く。
拳が直撃したという結果は一度目と同じであったが、避けるまでもなかった一度目と違い、二度目の拳は避けられなかったものだった。
ゆえに結果もまた変化する。
肺腑を揺らす轟音を響かせ、人為的な色が強い無骨な翼を持つランピーラが木っ端のように薙ぎ払われたのだ。
コキリ、と。
首を鳴らし、小柄な黒髪黒目の少女は言う。
「流石にこの状況であの『ミリファ』が表に出てはサイケデリックな結末しか予想できないよね。先の巨人戦とは状況が違いすぎるし。というわけで今回はミリファ=スカイブルーが登場でっす」
瞬間。
ズッドン!! と雲を突き破り飛来してきた黄金の剣を掴むミリファ=スカイブルー。金色に黄金。似て非なる輝きをもって彼女は示す。
「さあさ、『勇者』の力とくとご覧あれっ!!」
光速が炸裂する。
比喩でもなんでもなく、物理的に光速を体現する少女の剣が『魔の極致』第六席ランピーラへと襲いかかる。