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第一話 拾ったのはお姫様でした

 

「ふひー……。一日中森の中探し回って手に入った食料これだけかぁ。せめて魔法使える魔獣でもいればご飯には困らなかったのにっ。腹ペコで死んじゃうよっ」


 森の中に少女の悲痛な叫びが響く。その手には紫やら赤やら色鮮やかなキノコが少量。色合い的に確実に毒がありそうだが、そんなことにも考えが回らないほど追い詰められている証拠とも言える。


 今年で十二歳となるにしては小柄な彼女は黒髪を肩で切り揃えており、ぱっちりとした黒目は力なく彷徨っていた。本格的に空白で頭がくらくらしてきた彼女はぼろ布を巻きついただけにしか見えない格好で近くの木に寄り掛かろうとして、



 ゴッガァッッッ!!!! と。

 無人ならぬ無馬での走行を可能とする魔導馬車が彼女が寄り掛かろうとした木へと激突したのだ。



「うわぁ!? なになに!?」


 バギバギバギッッ!! と目の前の木はおろか、その先の木々を薙ぎ倒し、数十メートル突き進んだところでようやく動きを止める魔導馬車。激突の衝撃からか鉄製の魔導馬車の至る所がへこんでいるのはまだわかる。が、左側面はまるで力づくで引き千切ったように抉れており、そこから絵本から飛び出してきたかのような『お姫様』が投げ出されていた。


 膝下まで伸びた金の長髪に同性であっても感嘆と息を吐くほどのプロポーション。白のシンプルなドレス以外には何も身につけていないが、だからこそ素朴な魅力が引き立っている。


 思わず見惚れてしまった小柄な少女は、ハッと湧き上がる何かを振り払うように首を横に振り、『お姫様』に向かって走り出す。何はともあれ、あれだけ勢いよく木々を薙ぎ倒した上に魔導馬車から投げ出されたのだ。ざっと見た限りでは気を失っているだけでそこまで酷い怪我をしている風には見えないが、きちんと確かめた上で応急的な処置を施すべきだろう。


 ……彼女は気づくべきだった。なぜ魔導馬車は木々を薙ぎ倒すほどに、それこそ暴走するかのように無茶な走行でもって突き進んでいたのかを。



 トン、と。

 軽い音と共に魔導馬車の上に降り立つ影が一つ。



 黒のとんがり帽子にこれまた黒のマント。典型的な魔女っ子スタイルの若い女であり──全身を真っ赤に染めていた。


 返り血。

 拭っても拭っても落ちないほどにこびりつくまで返り血を浴びるようなことを繰り返してきたというのか。その目は爛々と輝いていた。無邪気に、強烈に。


「にひ☆ 逃げちゃやーだー☆☆☆ 武力や魔法を司る直接戦闘担当、そして何よりあの王妃が命を捨ててでも守ってくれたってのに、呆気なーく殺されちゃうのがいいんだからさー。ん? あれあれ、もしかして気絶しちゃってる??? それはダメだって、殺しを楽しむためには哀れな犠牲者の肉体だけでなく魂までも嬲らないとなんだから。ほらほら早く起きて、私に殺されるために生まれてきたのだと、生命の尊厳を奪われた末の悲鳴を聞かせてよっ。にひ、にひひっ、にひゃははははっ!!」


 詳細は不明だったが、何はともあれ魔女っ子スタイルが殺しをばら撒く危険人物なことは纏う気配や言葉の端々から伺えた。その矛先が『お姫様』に向いているということも。そこまでわかれば十分。


 だんっ!! と。

 地面を蹴った小柄な少女が『お姫様』を抱きかかえてそのまま逃げ出す。


「は、はは。やらかした、やっちゃったよ、『相性』良いかどうかもわかってないのにさぁ!! 今まではこんなどうしようもなく追い詰められた世界で運良く生き残れたけど、それも今日で終わりかな終わりっぽいなぁっ。なんで私はこうなんだろう、昔はともかく今時はこんな趣味悪い末路なんて普通じゃん他人事だと見捨てて自分だけ助かろうとするべきじゃんああもう私のばかばかっ」


 その背中を見据えて魔女っ子スタイルの女はくつくつと肩を揺らす。ぶわっと可視化されたのではと錯覚するほどの殺意と共に。


「ありゃ、あーりゃりゃあ。そんな、にひ、そーんなそそる横槍入ったら堪能しないわけにはいかないよねー。偶然居合わせた人が手を差し伸べてくれた、だけど結果は哀れな犠牲者が増えただけ……となれば、セルフィー=アリシア=ヴァーミリオンはどんな反応してくれるかにゃー?」


「だよね見逃してくれるわけないよねっ。もしかしたらいけるんじゃっ、なんて思っていたけどそんな都合良くはいかないよねうわあんっ!!」


 魔女っ子スタイルの女がかざした右手より魔法陣が展開、そこに周囲の空気が凝縮され、五メートルもの風の槍を構築する。


 ブォンッ!! と振るった槍が彼女の足元の魔導馬車をチーズでも裂くように軽く引き千切る。そう、左側面の断面と同じように。


 鉄製の魔導馬車すら簡単に引き千切る威力があるのだ。そんなものを人体に向けられたならば、結果は火を見るより明らか。小柄なその身は木っ端と粉砕されることだろう。


 だから。

 だから。

 だから。


 投げ放たれた風の槍に対して小柄な少女の身体能力では回避することはできなかった。まともに受ければ鉄製の魔導馬車すら引き千切る一撃が少女の命を確実に奪い去る……はずだった。



 拳を一振り。

 チラリと振り向き、口元に笑みさえ浮かべた小柄な少女の横薙ぎの拳が五メートルもの風の槍を吹き散らしたのだ。



「な、ん……ッ!?」


「へっ、うえっへっへ。良かったぁっ。『相性』バッチリだったぁっ! 初手が魔法じゃなかったら終わりだったよぉ」


 目を見開く魔女っ子スタイルの女に対して、小柄な少女は肩の力を抜く。弛緩した空気さえ滲ませ、ゆっくりと『お姫様』を地面に寝かせる。


 拳を握り締めて、魔女っ子スタイルの女と向かい合う。逃走ではなく、闘争を選ぶ。形勢は逆転したのだと、もう逃げるだけの脅威を感じてはいないと告げるように。


「き、さま……何者よ!?」


()()()()()()。見ての通りただの通りすがりだよっ!!」


 言下に光があった。迸る光と共に小柄な少女の拳が魔女っ子スタイルの女の頬を打ち抜く。



 ーーー☆ーーー



「ぅ……んっ」


「あ、起きた。大丈夫? どこか痛かったりしない?」


「少し頭が痛いですが……これくらいなら大丈夫です。心配してくれてありがとうございます、()()()()()()


「そっかぁ。よかったよかった。……ん? ミリファさま???」


 夜の闇の中、パチパチッと弾ける音が響く。木々が薙ぎ倒されてぽっかり空いた場所に焚き火が燃えていて、闇を拭っていた。その焚き火の近くに寝かせられていた『お姫様』は額を押さえながらも身を起こし、そして、


「そ、そうです、魔女が追いかけてきていて、攻撃を受けて制御不能になって、そうですあの魔女がやってきます貴女様早くわたくしから離れるべきです魔女は無関係の者だろうと嬉々として殺そうとしますからもう嫌なんですわたくしのせいで誰かが死ぬのなんて見たくないんですっ!!」


「落ち着いてよ。その、魔女ってのはにひにひうるさい奴だったりする?」


「そっそうですっ。魔女の狙いはわたくしです。わたくしのそばにさえいなければ巻き込まれることもありませんっ。ですから……っ!!」


「それならやっつけたから問題ないよ。まああと一歩のところで逃がしちゃったんだけどさ。あーあ、これ絶対後で面倒なことになるパターンだよね。やだやだ」


「……、え? あの魔女を、やっつけたんですか???」


「うん」


 軽く頷き、木の枝に突き刺した紫やら赤やら色鮮やかなキノコを焚き火から引っこ抜く小柄な少女。なんでもなさそうな様子に『お姫様』は信じられないものを見るように目を瞬かせていた。


 小柄な少女はというと『焼けばいけるよね、熱消毒万能説を推しちゃうよっ』などと言いながらこんがり色鮮やか焼きキノコを頬張って、むぐう!? とまずかったのか悶えていた。


「貴女様、いったい何者なんですか? あの魔女と対等にやり合うことができて、なおかつわたくしが知らない人間がまだいただなんて……」


「えふっ、ぐべばふっ。わ、私はミリファルナ。単なる通りすがりだよ。う、うええ。やばいこれ食えたものじゃないんだけど。ああもうお腹空いた限界だってもお!!」


 こんがり色鮮やか焼きキノコ(歯形付き)を突き刺した木の枝をぶんぶん振り回しながら涙目で嘆くミリファルナへと『お姫様』は困ったように笑って、


「お腹が空いているのでしたら、わたくしの食料をあげましょうか? 魔導馬車のほうにいくらか積んでいますから」


「本当っ!? わーいありがとーっ!!」


 ぴょんっと真っ向から抱きついてくるミリファルナ。いきなりのことに『お姫様』は微かに頬を赤くしていた。

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