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第4話:親友の言葉(前編)

 南由奈(ゆな)は体育祭が嫌い



 この事実は未来永劫(えいごう)変わらないだろう。


 もっと言えば運動が嫌い。

 それは全て私の運動神経が良くないことに集約される。運動神経という必要条件が欠けていれば、体育祭ではお荷物と晒し者のサラブレッドと()す。生憎(あいにく)私には「運動音痴ですけどなにか?」と言えるようなメンタルは備えていない。だからチーム戦での私の口癖は「ごめん。」になる。



 (とき)は金曜の六時間目、体育の授業。六限体育っていう響きだけで全国の中高生からお(なさ)けを頂けると思う。そんな不幸な時間割を抱えた一年六組では、体育祭競技の練習が行われようとしていた。


「じゃあ各競技に分かれて練習なー。バトンとゼッケンはここから持ってけ。」


 準備体操が終わり、体育教員の指示で野に放たれる。

 私はハードルだから、ハードルの準備をすればいいのかな。

 体育祭本番までの体育は個人練習になることが多いから少し気が楽だ。クラス競技の練習は例外だけどね。


「ねぇ由奈ー。」


 誰だ、私の有意義な個人練習を邪魔する奴は。っていうのは勿論冗談。私がこの声を他の誰かと間違えるはずがない。


「ん? なに。」


 ゆっくりと振り返って、努めて冷静に返事をした……つもり。以前、すぐ振り返ったら「名前呼ばれたときのペットみたい」と笑われたことがある。どうやらその時だけ私の運動神経は格段に跳ね上がるらしい。

 それ以来、(はや)る気持ちをグッと抑えて返事することにしている。


「わたしってなんの種目に出るんだっけー。」


 私の親友、夢羽の発言に思わず(つまず)きそうになる。大丈夫かこの子は。


「スウェーデンリレーと800メートル走でしょ。大事な役割なんだから忘れないで。」


「おーさすが由奈。なんでも知ってるー。ん?ていうかわたしめっちゃ走るじゃん。」


 夢羽の表情が一瞬で驚愕に染まる。いや、私のほうがビックリなんだけど。


「てっきりもう誰かから聞いてるのかと思ってた。」


「え、なに。もしかしてわたしってハブられてるの?」


「いや違くって———」


 ちょっとしたことでも夢羽に関することなら忘れない。ましてや先週の出来事を思い出すなんて余裕すぎる———



 ◯  ◯  ◯



 水曜五限のLHR(ロングホームルーム)はクラス中が(うわ)ついていた。

 それはもちろん種目決めが行われるから。

 体育祭が楽しみな人も、そうでない人も(違う意味で)ソワソワする時間。体育祭実行委員の男女が教壇で注意事項やらを一生懸命に喋っている。


『そんなこと後でいいから』


 高校入って初めての体育祭。種目発表を待ち望むクラスメイトの態度はそう言っていた。


 かくいう私も、どんな種目があるか早く知りたい。楽な種目を見繕(みつくろ)わないといけないからだ。


 そんな雰囲気の中、一人だけ全く興味を示していない人がいる。正確には、寝ているから意識すら無い。


 私の親友、夏原(かはら)夢羽(むう)はこんな時でも豪快に突っ伏して寝ていた。まぁ今に始まったことじゃないんだけど。

 夢羽は中学でも授業中よく寝ていて先生から怒られていた。そんな夢羽だったから、月橋高校を志望してるって聞いた時は親友の私でもかなり驚いた。私も相当頑張らないと同じ高校行けないじゃんって。二人で職員室に合格報告をしにいった時、先生達がお魚みたいに口をパクパクさせていたのは記憶に新しい。


「次に、体育祭の種目を言いまーす。」


 どこかの男子が「待ってましたぁ!」と言って場を盛り上げる。


 種目は定番の徒競走から初耳の種目まで多岐(たき)にわたっていた。発表されていくにつれてクラスメイト達の私語が多くなる。

 それに反応して夢羽がもぞもぞ動きだした。あの子は説明を聞いてなくて大丈夫なんだろうか。まぁ私があとで教えてあげればいっか。


 しかし夢羽が起きるには騒音が足りなかったらしい。

 幸せそうな寝顔をこちらに向けて寝直してしまう。私まで幸せな気持ちになるけど、あの無防備な顔をクラス中に晒すのはなんとなく嫌だった。


 (もや)がかる気持ちを振り払って、ひとまず私は、負けても迷惑がかからない八十メートル走かハードル走を狙うことにした。


「では、男女分かれて出場競技を決めてもらいます。ここにみんなの体力測定の結果表があるので参考にしてください。」


 やんちゃな男子達が教卓に(むら)がり始める。これにより女子は教室の後ろの方で決めることになりそうだ。こういう時、女子が前の方に陣取ることってあまり無いよね。



「おはよ。夢羽。」


 私が前から移動してくると、ちょうど夢羽が目を覚ましたところだった。さすがにこの盛り上がり様では起きるらしい。


「んぁ……。おはよ。」


 夢羽がとろんと眠気の残った声で返事する。ちなみに目は開いてない。


「種目決めだってさ。」


「なんの種目ー?」


「なんのって、体育祭のだよ。いつから寝てたの。」


「……いつからだろ。」


 さっきまで夢羽の腕の下敷きにされていたノートを取り上げる。どれどれ……。


「……五時間目のノート真っさらなんだけど。」


「おー。ってことは五時間目の最初っからか。由奈さては頭いい。」


「関心されても困るんだけど。」


「あははー……」


 笑いながら寝落ちしそうになる人を私は初めて見たかもしれない。器用だなぁ。

 これはこれでずっと見ていられるけど、教室だから今はダメ。

 段々と前に落ちてきた夢羽の顔を両サイドから捕獲する。もう寝させはしない。


「起きて。」


「起きてるー。」


「夢羽。」


「起きてるよー。」


「よだれ垂れてるよ。」


「え、嘘。」


「嘘。やっと起きた。」


 私にほっぺををホールドされたまま、夢羽は(ほお)と鼻を少しだけプクッと膨らませて抗議の意を示す。

 その抗議はあまりにも私に効きすぎるから()めてほしい。



「夏原いるかー。」


 すると突然教室の後方から夢羽が呼ばれる。よく通るその声に脅威的な速さで夢羽は反応し、椅子から立ち上がる。さっきまでポカポカだった私の手に空虚感が訪れた。

 恨めしく後ろを見ると、声の主は山田先生だった。


「はい! ここにいます!」


 さっきまでグダグダしていた夢羽の姿はどこへやら。一瞬にして背筋が伸びていた。


「ちょっと来ーい。」


「はぁい!」


「夢羽、また何かしたの?」


「いや、今回はホントに心当たりない。」


 そう言い残して夢羽は教室から出て行ってしまった。


 〇 〇 〇



「———っていうことが。」


「山田に呼び出されたのは覚えてる……。」


「夢羽がなかなか戻ってこないから、何してるんだろうねーってみんな話してた。」


「いやそれわたしのセリフだから。あの時さ、前に提出した反省文の添削(てんさく)されてたんだよね。あの人が『ここの言い回しは違う』とか言ってどんどん赤ペン入れてくの。ホント意味わかんなかった。『これなんの時間?』ってずっと思ってたもん。」


 確かに反省文の添削なんて聞いたことがない。

 疑問に感じながら首をかしげてる夢羽が目に浮かぶ。 


「ごめんね。帰ってくるの待とうって言い出せなかった……。」


 その考えが浮かばなかったわけじゃない。ただ、これからみんなに意見するんだって思ったら声が出なくなってしまった。

 夢羽にとっても初めての体育祭なのに。しかも夢羽は私と違って体育祭が苦じゃない側の人だ。

 あの時は間違いなく私が言うべきだったと今更ながら反省する。


「気にしないで。それにしてもわたしの人生、あの人に狂わされすぎでは……?」


「い、言ったら変えてもらえるかもよ……?」


「んー別に全然平気。正直どんな種目でも良かったし。ちょっとびっくりしただけ。」


 確かに夢羽は中学の時からリレー選手だったから問題ないのかもしれない。でも、種目を決めるってこと自体が楽しいイベントのひとつだったんじゃないだろうか。私には分からないけど、何となくそんな気がする。


「夢羽練習やるよー!」


「おぉ、なんか呼ばれた。あれがリレーのグループかな。」


「そうだと思う。ゼッケン忘れないでね。」


「あはは! 由奈お母さんみたい。じゃあ行ってくるー。」


 ペットの次はお母さんらしい。ペットぽくならないように。そしてお母さんぽくならないように。気をつけることがまた増えてしまった。


「あ、夢羽待って。」


「ん?」


「靴紐。また縦結びになってる。」


 私は(かが)んで夢羽の靴紐を手に取る。


 実は、夢羽は蝶々(ちょうちょ)結びができない。

 できることはできるんだけど、成功確率が低い。ほとんどの確率で縦結びになってしまっている。

 なんでも、蝶々結びのやり方を教えて貰ったことがないらしい。夢羽のお家はお母さんが凄い忙しいからそういう機会がなかったのかも。

 夢羽も、『今まで困ったことないから、もう覚えなくていいかなって。』なんて言ってるし。

 でも蝶々結びできないところもかわ———チャームポイントだと思う。


 まぁそんなこんなで、時々やってあげているのだ。

 今回は、種目決めの時の懺悔(ざんげ)も少し込めて。


「別にこのままでもいいのにー。」


「綺麗な形のほうが似合うよ。ほら、反対側の足も出して。」


「なにそれー。」


 私の頭上で夢羽がカラカラ笑う。


 夢羽の笑い声だ、と思ってふと顔を上げた。

 必然的に夢羽の太ももが私の視界に入ることになる。白くてなだらかな太もも。


 先週の放課後、ここに私の頬が触れてたと思うと全身が一瞬で熱くなってしまう。

 運動も欠かさずやってきたはずなのに、柔らかさと絶妙なバランスがあった。

 あの日はどうやって帰ったか記憶にない。


 もちろん褒め言葉のつもりだ。でも実際、こんなこと言われたら流石の夢羽でも引くと思う。「変態だね。」なんて言われた日には立ち直れる自信がない。だからあの時の感想は墓場まで持っていく所存だ。


「こ、これから走るんだし、きちんとしておいたほうがいいでしょ。はい、できたよ。」


「そうかも。ありがとー由奈。」


「じゃあ練習頑張って。」


「ほーい。由奈も頑張ってー。」


 夢羽は手をひらひら振り、軽快に走っていってしまった。

 私はなんとなくその背中を見送ってから準備へと向かう。


 夢羽とおしゃべりした後のハードルかぁ。


 気持ちの落差に私の足はちゃんと上がってくれるだろうか。


 補足

 スウェーデンリレーが全国共通種目じゃなかもしれないので。

 例:第一走者が100 m、第二走者が200 m、第三走者が300 m ...

 といったように距離が伸びていくリレーのことです。

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