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第1話:なにがあっても親友だから

 君たち百合は好きかね?


 あ、愚問だった。ごめんなさい。

 答えは「好き」か、「大好き」か、「超好き」の3択だもんね。ちなみにわたしの答えは「愛してる」だ。


 でも勘違いはしないで欲しい。わたしはいわゆる「百合好き女子」だけど、レズじゃない。ファンになる俳優とかアイドルは男性だし、異性愛者なのです。パンピー(一般人)は百合好きな女と聞くや否やレズだと決めつける。

 百合っ子たちに謝れ。

 わたしなんかが踏み込んでいい領域なわけあるか。わたしは見るだけ。ROM専だ。


 と言いつつも、周りに理解されにくいことは分かってるつもり。だからわたしが百合好きって事は誰も知らない。なんなら、間近で百合を観察するために公開しないまである。やん、わたしってば賢い。


 そんなアインシュタインもビックリな頭脳を持つわたしの名前は夏原夢羽(かはらむう)。都立月橋(つきはし)高校の1年生。先に言っておくけど、非常に残念なことに月橋高校は女子校じゃない。外野から「けっ。これだからファッション百合厨は。」って聞こえてきそうだけど、そんなことはないと声を大にして言いたい。


 そもそもわたしは家庭の事情で公立高校に行かなければならなかった。家庭の事情なんていうと大げさに聞こえるけど、単に母子家庭というだけ。一人娘としては極力迷惑はかけたくなかったのです。そしてその公立高校だけど、都立に女子校、もとい高貴な場所は無い。全部共学だ。


 はい()んだー。さすがの藤井聡太(そうた)君もびっくりの詰み(よう)である。てか、今藤井君って何段なの? 「藤井四段」の語呂が良すぎたせいで四段以降覚えてないんだけど。まぁ今はそんなことどうでもいい。


 わたしだって女子校行きたかった!


 百合の楽園に行ぎだがっだ!(血涙)


 はぁ……。意気揚々と自己紹介しようと思ったけど、なんか今ので萎えた。


 やめだやめだ。自己紹介なんかしてる場合じゃない。妄想して傷ついたわたしの心を癒すとしよう。


 現在体育後の更衣室。

 百合イベント定番のスポットだ。

 手始めにこんなことを妄想する。


『〇〇ちゃんおっぱいおっきくなった?』

『え〜そんなことないよぉ。』

『確かめてやる! えい!』

『あっ……ちょっと!』

 とか、


 思わずよろけて、女の子とドッスンこしてしまい、お互い下着姿のまま赤面して黙り込む。

 とか


 ……しかしこんなことは起きない。


 なぜならここは悲しき現実(リアル)だから。


 は?無理。現実無理。


「どしたの夢羽。ニヤニヤしたと思ったら難しい顔したり。忙しいね。」


「うぇあ!」


「何そのリアクション。びっくりしすぎでしょ。」


 ぐふふな妄想からわたしを引きづり出した人物は親友の南由菜(ゆな)。幼なじみでもある。

 黒髪ロングで身長はわたしと同じ154センチくらい。表情が豊かとは言えないけれど、控えめな喜怒哀楽表現は由奈の雰囲気と相まって上品と化す。

 そんでもって、わたしと普段いるおかげで余計に由菜の上品さが際立つ。やーんわたしってばいい味出してる。


 あ、ちなみに胸はわたしの方がある。すまんな由菜。天は二物を与えずなのだよ。

 まぁおっぱいは二物あるけどな!! ……ごめんね。やかましくて。


「揉むに揉まれぬ……じゃなかった。やむにやまれぬ事情があると言いますか……。」


「何それ意味わかんなーい。」


 由菜は口元を両手で抑えてちっちゃく笑う。

 既に由菜は着替え終えたようで、肩には体操着袋がかかっている。一緒に教室に戻ろうということだろう。


「ちょっと待ってね。すぐ着替える。」


「ん。」


 そう小さく頷くと由奈は着替えを見ないよう、わたしに背を向ける。別に見たっていいのに。見られたいわけじゃないけど。


 いつから由奈はこうするようになったんだっけかな。一番古い記憶だと中二の時か。最初、由菜のその行動の意味が理解できなかったのをよく覚えてる。まぁ端的に言っちゃうと、由菜の気遣いだろう。親友なんだから気を使わないで欲しいとも思うけど、親しき仲にも礼儀あり。そんなところが由菜らしかったりする。上品さたるゆえんかもしれない。ずっと一緒だったはずなのに、どこでこんなに差がついたんだろ。


 そして今更ながらわたしはふと思う。

 もし由菜が着替えてる人達に360度囲まれたらどうなるんだろ。背を向け続けて永久機関にでもなるんじゃないだろうか。


 それは面白いかもしれない──着替え途中のまま、わたしは由菜の前に回り込む。当たり前だけど由奈と目が合う。やっぱりわたしと身長同じだなぁ。


 しかしその目はすぐに外されてしまい、別の場所に目が移される。主にわたしの下半身へ。


 すると由菜は大きく瞬きをパチパチっとして、何も言わずわたしに背を向ける。


 おぉ。やっぱり回った。予想通り。心の中で小さく拍手する。


 再び回り込むと、由奈はさっきよりも早いスピードでわたしに背を向けてしまった。そのせいか由奈の耳は赤い。






「〜〜〜〜〜〜!!」


「おぉ、止まった!」


 何周しただろう。ついに体操着袋に顔を埋めて由奈の回転は終わってしまった。

 やっぱり永久機関は夢だったか。


「な、なんでそんな格好……」


 顔を隠しながら由奈が問いかける。

 わたしは上ワイシャツ一枚に下はパンツだけという実に中途半端な格好をしていた。


 この格好の最中に「由菜は永久機関説」がわたしの中で提唱されちゃったんだから仕方ないじゃん。


「んー。なんか世紀の大発見ができそうな予感がして。」


「……意味わかんない。夢羽って時々変なことする。それが無ければかわ……そんなことするから残念な子なんだよ。」


 ここぞとばかりに由奈は小さな反撃をする。ていうか、おーい? 今残念な子って言った?


「でもわたしは由奈の新しいところ知れた。」


 由奈は永久機関じゃないという事実がね。


「……いじわる。」


「あはは。ごめんごめん。」


「早く着替えて。」


「いえっさー。」


「……履いた?」


 スカート丈を上げる用のベルトに手をかけると、ベルトの金具音に反応して由奈が尋ねてくる。


「履いた履いた。超履いた。」


 由奈は体操着袋から恐る恐る顔を離すと、さっきまで布一枚だったわたしの部位を一瞥(いちべつ)する。


 敢えてさっきのままの格好で驚かしてやろうかとも思ったけど、いよいよ怒られそうなので辞めといた。


 そして今気づいたけど、みんな教室に戻ったようで更衣室にはわたし達二人しかいない。わたしが妄想に勤しんでる時か、由奈で遊んでる時か分からないけど、みんな教室戻るの早すぎでしょ。ここはさぁ……もっとさぁ…あるじゃん。例えば……


『みんな授業行っちゃったね……。』

『う、うん。』

『二人してサボって私たち悪い子だね……。』

『そ、そうだね。』

『もっと、いけないことしよっか……?』


 とかさ! しろよ!! そしてその場面をわたしに見せろよ!! みんな気が抜けてるんじゃないの?


「ははーん。さてはみんな五月病だな?」


「何言ってんの。一昨日で五月終わったよ。」


「うはぁ。声に出てた。」


「今日の夢羽はいつにも増して変だね。」


 妄想まで声に出てないよね?大丈夫だよね?というか今日だけで二回も妄想タイムを邪魔されてる気がするんですが。


「いつも変じゃないからね?」


「変だから。自信持って。」


「まださっきの事根に持ってるよね!? ……あ、五月が終わったといえば。今月から顧問が産休入るとか言ってたけど活動日とかどうなったの?」


 由奈は中学から美術部で、わたしは中学バスケ部、高校からテニス部だ。バスケが特段上手かったとか好きだったというわけではないので、身長的に厳しくなってきたバスケ部は選択肢になかった。運動さえできれば満足なのです。


「変わらず月火水木の週四だって。」


「代わりの顧問とかいるの?」


「他の学年持ってるおじさん先生。多分知らないと思う。あまりやる気ない感じの先生みたいだけど、腕は確かって先輩が言ってた。」


「へぇー。入学して2ヶ月経つけど知らない先生全然いるなぁ。」


 たまにオーラが普通のおじさん過ぎるあまり、先生かどうか分からない人いるしね。わたしが天使じゃなかったら危うく通報するところだよ。


「夢羽のほうは大変そうだよね。美術室から走ってるところ見るよ。」


「うちはたまに土曜日練もやるって。運動は好きだけどさー。土曜まで動きたいかっていうと別だよね。しかもさ、夏休みまで祝日無いとかやばくない?日本が完全にわたしを殺しに来てる。わたしのせいで国家が動いてる。」


「確かに、GWの後にこのギャップはきついね~。」


「お、おぅ。由奈ちゃんボケの方は完全スルーなのねん。……あ、それならさ!」


「んー?」


「一日サボってディズニーでも行こう!」


 これこそが「わしら少なくなったら足すだけやから」理論である。祝日が少なければ足せばいい。天才とはこのことか。


 わたしでも手に余る天才っぷりに由奈が驚愕している。いや、呆れ返ってるだけですね。ごめんなさい。


「でも体育祭の振替でお休みあるよ?」


「振替は振替だよ。休み自体は増えてないもん。」


「それはそうだけど……。」


「ねー。由菜ちゃーん。おーねーがーいー。」


「うっ。」


「だめ?」


「ふ、2人なら……。」


「やったぁ!」


 確かに、いきなり大人数で休んでしまっては先生に勘繰(かんぐ)られてしまうかもしれない。由奈は策士である。


 由奈の手を取り一緒にバンザイしてると、まるでわたしの喜びを嘲笑うようにチャイムが鳴り響く。


「あっ。授業始まっちゃったね。」


「やっば。急がないと。」


「あはは……。わ、私達、悪い子だね?」


「ごめんわたしが着替えるの遅かったせいで。」


「夢羽。じゃ、じゃあさ……」


「だね。教室までダッシュで。負けた方はジュース一本奢りね。」


「えっ。いや違くて。ていうかそれだと私負け確定なんだけど。」


「ん?何が違うの。」


「さ、さぼっちゃおうかなぁ……なんて思ったり?」


「へ? なんで?」


「な、なんでって……さっき夢羽が……いけないことしよっかとか言ってたじゃん……。」


「ん? あぁ。いやね、サボってディズニーってのは今日の話じゃないよ? いつか一日丸々開けて行こ?」


「いや、そっちじゃなくて……。」


「え、どっち?」


「や、やっぱりなんでもない!」


「由奈変なのー。ほら、ハンデっていうことで体操着袋は持ってあげる。行くよ。」


 あれれー? あれれー? と首を傾げる由奈を置いてわたしは更衣室を飛び出る。


 どうしたんだろう由菜。そんなに授業サボりたかったのかな?ヤンキーデビューか?ひと波遅れた高校デビューかな?

 濃い化粧とかし出すんだろうか。由奈は今のナチュラルメイクの方が似合う気がする。でもここは日本なので、メイクの自由、もとい表現の自由がある。厚化粧(あつげしょう)になってしまった由奈も甘んじて受け入れよう。わたしはそう心に決めたのだった。


 なぜならわたしの親友なのだから。

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