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夜の侵入者  作者: keikato
3/19

左胸の傷

 北国の地方都市。そこにある政府機関のバイオ研究所で、深夜、派遣の警備員が殺害される。

 全身の血液が抜かれるといった変死だった。

 警察の捜査中、バイオ研究所付近の集落で、第二、第三の同様な事件が発生した。

 未知なるモノが姿を現す。

 住民は避難を余儀なくされ、その地域はパニック状態になった。

 人類は存亡の危機に直面する。

 生息地域を広げようとする未知なるモノ。

 それを阻止しようとする人類。

 未知なるモノと人類の終わりなき戦いが続く。

 最後、意外な結末が待っていた。


 所長は六十歳前後で、白衣姿は研究者そのものに見えた。刑事たちが捜査に来たと聞いて、わざわざ現場まで挨拶に出向いてきたのだろう。

「早朝からご苦労さまです」

 所長が二人に歩み寄ってくる。

「吉村と申します。で、これは部下の坂下です」

「坂下と申します」

 両刑事は所長に向かって頭を下げた。

「どうしてこんなことが……。わたしも、まったくわけがわからんのだ」

「皮膚のことでしょうか?」

「ああ、どう見ても尋常じゃない」

「わたしたちも非常におどろいています。それで少しばかり、お話を聞かせていただけませんか」

「ああ、なんなりと」

「ここではどんな研究を?」

「農業分野なんだが……。そうだ、バイオテクノロジーという言葉をご存知かな?」

「ええ、言葉だけなら」

「手短にいうと既存の野菜の品種改良、それに新品種の開発といった、そんなものだよ」

「野菜の研究ですね。それにしては、なんとも警備が厳重ですね」

「ここは政府直属の施設だからだよ。少なからず国の機密情報もあるんでね」

「で、このように」

「それに、こんな場所だ。夜間はぶっそうなんで、念には念をというわけなんだ」

「情報が盗まれてはこまる、そういうことですか?」

「まあ、そういったところだな。ところで何かわかったかね?」

「いえ、まだ何も。われわれも着いたばかりで、捜査はこれからですので」

「いちおうこちらも調べてみたんだが、不審な者が侵入した形跡はないんだよ」

「そのようですね。であれば、内部の者の犯行ということになりますが」

「まさか!」

 所長がおどろいた顔をする。

「先ほど話しておられた機密情報では。それを持ち出そうとして、じゃまな警備員を……」

「そいつはありえんと思うな」

「なぜ、そのように?」

「情報だけなら、メモリーディスクに入れて盗み出せばいい。そのことで警備員とトラブルになるなど、まったく考えられんからな」

「それは失礼を申しあげました」

「それに、あの死に方だ。とても普通とは思えんではないか。おそらく、なんらかの毒物を飲んで自殺したんだろう」

「たしかに」

 吉村刑事はうなずいたものの、所長の考えに素直に納得したわけではなかった。

 皮膚の異様な状態からして、毒薬が原因だと考えるのが妥当であろう。だからといって、そのまま自殺だと断定することもできない。毒殺ということも考えられるのだ。

「これくらいでいいかな?」

「ええ、ありがとうございました。それにしても夜勤があるとは、みなさん大変ですね」

「ここでは、みんな昼も夜もないんだ。なにしろ植物が相手だからね」

「そうでしたか」

「じゃあ、これで失礼させていただくよ」

「みなさんにはあとで、あらためておうかがいすることになろうかと思います。とりあえず、ここはわたしたちだけで」

「さあ、君たちも持ち場にもどるんだ」

 所長の一声で、現場にいた職員たちは一人残らず研究所に引き上げていった。


 吉村刑事が警備員に声をかけた。

「薬のビンか箱を見かけなかったかな?」

「いいえ、詰所でも見ておりません。どうぞ中を見てください」

 警備員に導かれ、吉村と坂下の両刑事は詰所の裏手にまわった。

「どうぞ」

 警備員がドアを引き開け、背後にいた吉村刑事と体を入れかえる。

 スチール机に電話が一台。向かいの壁には二台のモニターが設置されており、敷地内の状況が刻々と映し出されていた。

「自殺なら近くに、薬の容器があっていいはずなんだがな」

「ですね」

「オレは外をやる。オマエはもう少し、ここを続けてくれんか」

「わかりました」

 本格的に調べるために、坂下刑事は靴をぬいで詰所の中に入った。

 一方――。

 吉村刑事はふたたび死体に歩み寄った。

 目視だけでは、事件性を感じさせるものはとくに見当たらない。続いて薬を入れる容器を探したが、制服上下のどのポケットにも見あたらなかった。

 あらためて、つぶさに死体を観察する。

――うん?

 制服の左胸あたりに小さな傷があり、その位置が心臓のある付近だけに気になった。

 すぐさま制服のボタンをはずし、シャツと下着を慎重にめくっていく。

 胸全体の肌が露出すると、左胸の一部が異様に赤く腫れあがっていた。まわりの皮膚がカサカサの状態だけに、その部分がよけい目立って見える。

――こいつは……。

 そこに点のような傷を見つけた。

 位置としては制服の傷と重なる。

「おーい、坂下。ちょっと来てくれんか」

「どうかしましたか?」

 坂下刑事が靴をはきながら、あわてたようすでかけ寄ってくる。

「この傷、どう思う?」

 吉村刑事は左胸の一点を指し示した。

「刺された傷のようですね。それも針のような、鋭利なもので心臓を一突きで」

「おそらくな。しかし、おかしいと思わんか。そうであれば、少なからず出血の跡があってもよさそうなもんだろう」

「心臓まで凶器が届かなかったんじゃ?」

「いや、そんなことはないはずだ。こうして、げんに死んでいるんだからな」

「では傷が細かいんで、出血まで至らなかったということですね?」

「そこまではわからんな」

「注射針で猛毒を入れられたんじゃ? それで皮膚がこんなに変色したってことも」

「そうかもしれん。だがどっちにしろ、これ以上はワシらの手におえん。すぐにでも県警本署の専門家を呼ぶべきだな」

 警備員の死体には、胸を刺されたという明らかな痕跡がある。このことは自殺でも事故でもないことを語っている。

 そして……。

 心臓を刺されたであろうに、出血の痕跡がわずかも見られない。さらには毒物によるものと思われる皮膚の変色もある。

 警備員の死因は、まったくもって奇妙で不可解なものであった。


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