監視カメラ
北国の地方都市。そこにある政府機関のバイオ研究所で、深夜、派遣の警備員が殺害される。
全身の血液が抜かれるといった変死だった。
警察の捜査中、バイオ研究所付近の集落で、第二、第三の同様な事件が発生した。
未知なるモノが姿を現す。
住民は避難を余儀なくされ、その地域はパニック状態になった。
人類は存亡の危機に直面する。
生息地域を広げようとする未知なるモノ。
それを阻止しようとする人類。
未知なるモノと人類の終わりなき戦いが続く。
最後、意外な結末が待っていた。
通報から一時間後。
夏を感じさせる太陽が、山々を見渡せる位置にまで昇っていた。そのまぶしい陽射しは、研究所をかこむ四方の森林をつつんでいる。
輝く新緑のなか。
一台の車が、バイオ研究所に続く専用道路を登っていた。地元警察署のパトカーで、乗っているのは捜査班の刑事、二人。自宅にいたところを緊急の呼び出しで出動したのである。
年配の方の刑事が両腕を伸ばし、ひとつ大きなあくびをする。それから運転席に向かって、ぼやくように話しかけた。
「朝っぱらからとはなあ。電話でたたき起こされたんで、朝メシまだなんだ」
「わたしもですよ」
あいづちを打ったこの刑事、体格が人並み以上にあり、運転席がひどく窮屈そうである。
「場所、わかるな」
「はい。じかに行ったことはないですが、ふもとから見たことはありますので」
「オレもだ。だが、あれが研究所だったとはな」
「署を出るときに聞いたんですが、三年ぐらい前にできたそうですよ」
「なんで、あんな山の上なんかに。どういった研究をしてるんだろうな?」
「バイオ研究所ということですから、おそらくそんな研究を」
「バイオの研究か……よくわからんな。どうせ研究中の事故かなんかだろう」
「そう願いたいですね。腹の虫が、さっきからずっと騒いでいますので」
若い刑事があいた片手で腹をなでて笑う。
北国の中でも、さらに北に位置するこの町。山あいに点在する集落こそ多いが、人口はいたって少なかった。よって、管轄の警察署の規模も小さい。
さらに署内の捜査班には二名の刑事しか配置されておらず、事件ともなるといやおうなしに、まずこの二人が現場に出向くことになるのだ。
助手席の刑事は吉村といい、四十を少し越したところである。小さな田舎町の警察署にあっても、殺人事件などを担当する刑事としては、とりあえずベテランの域にあった。
若い刑事の方は捜査班に配属されてまもない。まだかけ出しで、名前は坂下といった。
パトカーが研究所の正門前に着く。
目の前のオートスライド式の鉄製ゲートがガラガラと音を立て引き開けられた。それは通常のものより重厚で背の高いゲートだった。
招き入れられるようにして、坂下刑事はパトカーを敷地内に乗り入れた。背後で鉄製ゲートが、ふたたび大きな音を立てて閉まる。
一人の職員が緊張したおももちで、徐行するパトカーに歩み寄ってくる。それを見た坂下刑事は、その場にいったん停車させ、運転席側の窓ガラスを下げた。
「ご苦労さまです」
職員が車窓越しに軽く頭を下げ、すぐさま背後にある警備詰所を指さす。
パトカーから見て右手の詰所のそばに、職員数名と警備員がこちらを向いて立っていた。
「では、さっそく」
パトカーを降りた二人は、職員に案内されて警備詰所に向かった。
正門から三十メートルほど敷地内に進んだ場所に詰所はあり、それはプレハブ造のいたって簡易なものであった。
詰所の横にまわったころで、先を歩く職員が足を止めて振り返る。
そこは正門からは見えない位置で、側壁のそばには横たわる警備員の姿があった。むろん死体となった警備員の方である。
二人の刑事は死体の前にひざまずき、両手を合わせ目を閉じた。弔いを終えると、死体の頭の先から足元までざっと目視をする。
外傷はこれといって見あたらなかった。衣服の乱れもなく、そばには争ったような痕跡もない。
「毒殺だろうな」
「ですね。でなきゃあ、皮膚がこんなにはならないでしょう」
「それにしてもひでえもんだ」
「とりあえず聴き取りをしてみませんか?」
「ああ」
後輩刑事にうながされ、吉村刑事はようやく死体から目を離したのだった。
吉村刑事は警備員から事情聴取を始めた。
「外部から侵入した形跡は?」
「ないと思います」
「どうして、それが?」
「ここは警備が非常に厳重でして、塀の上の鉄線には高圧電流を流しております。外からの侵入は不可能だと思われますので」
警備員が塀の上を見やる。
研究所をかこむ高い塀の上には三本の鉄線が張りめぐらされていた。それには今も、高圧の電流が流されているのであろう。
「電流がねえ。で、ほかは?」
「あとは正門ゲートだけですが、あちらも電流が。それに無断で開けますと、研究所と警備室の二カ所で警報が鳴りますので」
警備員が正門を指さしながら説明する。
さらには……。
自分たちが昼夜を問わず警備にあたり、外部からの出入りを厳重にチェックしている。死んだ同僚は、深夜に交代したときまではいたって健康であった。おかしなようすも見られなかったことを話した。
「あれって監視カメラ?」
坂下刑事が指さす先、ゲート脇に立っているポールのてっぺんに、カメラらしきものがついている。
「はい、あのカメラは正門ゲートのチェックをしております。それとは別に、敷地内にもう一台ありますが……あれです」
警備員が体の向きを変え、研究所の玄関の屋根のあたりを指さす。
二階建てのバイオ研究所、その中央にある玄関の真上にも同じようなものが見えた。
「あのカメラは広角度に対応する移動型でして、敷地内のほとんどが写ります」
自慢げに警備員が説明を加える。
「あとでカメラの記録を提供していただきますが、準備をしておいていただけますか?」
「承知しました」
警備員はうなずいてから、職員らの集まっている方向に視線を送った。
「あの方が、ここの所長さんです」
そこには新たな人物が加わっていた。