研究の真相
しばしの沈黙のあと、吉村刑事が思いついたように口を開く。
「その毒薬は、ほんとに効果があるんでしょうか?」
「まちがいなかろう。で、なぜだ?」
「いえ、別に疑ってるわけじゃ。ただ、あの研究所で使っていた薬品ですが、植物に作用しても昆虫には作用しないと」
「たしかにそんな話をしてたな」
「ですから牛に効果があっても、昆虫の巨大蚊にはないのかも。ふと、そんなことを思ったものですから」
「そいつは思い過ごしだろう。それに今度は、相手が植物じゃないしな」
「なら、いいんですが」
「それよりな。今の君の話で思い出したんだが、最近かなり気になることを耳にしたんだ。あくまで、ある筋からの非公式な情報なんだがね」
本部長は声を落として続けた。
「じつはあの研究所、放射線を使って遺伝子操作をやっていたらしいんだ。巨大蚊の原因は、どうもそれじゃないかとな」
「放射線ですか」
吉村刑事はおもわず、ソファーから身を大きく乗り出していた。
「可能性としては、君の言う薬品よりはるかに高いらしい。だが、その後は何の情報もまわってこん」
「そのことを、政府は隠してるんでは?」
「なんで隠さなきゃならんのだ?」
「そこまでは……。ですが、あの研究所は国家プロジェクトの研究を。それにあのとき、所長は放射線のことはまったく口にしませんでした。それが国家機密だったからでは?」
「なるほどな」
本部長が深くうなずく。
吉村刑事は考え込むようにしていたが、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
「放射線のことを隠したのは、その研究が食料に関係していたからですよ」
「食料に?」
「はい。遺伝子操作で作られたものは、それでなくても人気がありません。それが放射能によるものであれば、なおさらだと思いませんか?」
「そんなもので開発されたと知ったら、そりゃあ、だれだって口にしないだろうな」
「原因は、やはり放射能ですよ。研究中に蚊が、たまたま放射線をあびるってことは、じゅうぶん考えられることですからね」
「そのとき蚊の遺伝子に、何らかの作用が、君の言う突然変異があったというんだな」
「そうです。あそこには植物を大きくする薬、それと寒さに強くする薬もありました。それらと放射能を結び合わせれば、小さな蚊が巨大になったことも、寒さに強いことも、すべて納得できますので」
「それぞれが複合して、しかも偶然に起きたというわけだな」
「それにですね、犠牲者の皮膚は茶褐色に変色していました」
「専門家たちは、注入された毒液が原因だと。それも量で、変色の度合いが決まると言ってたな」
「ですが最近では、変色のない事例もあります。結局のところ、原因はうやむやになりましたよね」
「そのことに関しては、ある時期をさかいに何の説明もなくなってしまったんだが」
「原因がわかった時点で政府が情報を隠した。そうは考えられませんか?」
「巨大蚊の毒液に、放射能が含まれていたということだな」
「そうです」
「いや、しかしだな」
本部長が首をかしげて続ける。
「放射能は遺伝するもんじゃないだろう。それがどうして代々、巨大蚊が放射能を持っているのか、そこが説明できんのでな」
「遺伝じゃなく、体内に残ったものが受け継がれているのでは? それも徐々に減少しながらですね。それを裏づけるように、あとになるほど変色の度合いは弱くなっていますので」
「言われてみればそのとおりだ」
「政府は早くに気がついていたんでは。それで、すぐさま極秘にしたんじゃ?」
「おおいにありうる話だ。食糧の開発に放射線を使っていたことが、外部に漏れてしまうからな」
「だとしたら卑怯ですよ。自分たちが引き起こしたことを、こんな形で決着をつけるなんて」
「まったくだ」
「ですが、どうしようもありませんね。ほかに手段がありませんので」
「ああ。何としてでも、巨大蚊は全滅させなきゃならんのでな」
現在の危機を脱する方法は、牛をも一瞬で殺すという毒薬の使用以外にはないのだろうか。
だが、ゆっくり考え、手をこまねいている時間はない。それだけは確かだった。
今も巨大蚊は、どこかで卵を産み、ふ化し、繁殖を続けているのだ。
ときとして受け入れざるをえないことがある。大きな犠牲を避けるために、より小さな犠牲を……。
この北国の地。
今まさに、そのような状況に追い込まれていた。




