終わりなき戦い
八月も終わりを迎え、最初の事件から三カ月あまりが過ぎようとしていた。
ここ二カ月の間。
日中は調査隊と飛行部隊による重油作戦、夜間は地上部隊の攻撃が続けられた。にもかかわらず巨大蚊は増え、出現する範囲も広がっていた。
それにつれ住民たちは、遠くの町へと避難を余儀なくされ、日々、生まれ育った土地を離れる者が増え続けていた。
集落から人の姿が消える。
巨大蚊は残されたペットや家畜を標的にした。そしてそれらの血を吸いつくすと新たなエモノを求め、新たな集落へと移動する。
巨大蚊が通り過ぎた一帯は、生き物の姿を見ることのない、まさに死の世界へと変わってしまった。
それからも……。
巨大蚊は増加の一途を続けた。
飛来する巨大蚊。
迎え撃つ人間。
両者の戦いが毎夜のように続く。
終わりの見えない戦いで、多くの者は疲れきっていた。避難した住民も、前線で戦う者も……。
夏の間。
人間と巨大蚊の間で、いつ終わるともしれない戦いが続いたのだった。
ここに至って、政府はそれまでの作戦を見直す。すべての池や沼に油を流し込むことにしたのだ。
だが、これには多くの犠牲がともなう。
油は河川にも流れ込み、近隣の農地は壊滅的な打撃を受ける。人々は生活に欠かせぬ水を失う。これまでの数倍の範囲において居住の場を失い、住みなれた土地を捨てることになってしまう。
このように多くを犠牲にしてでも……。
政府には巨大蚊を絶滅させねばならぬ責務、重大な責任があったのだ。
このとき。
今回の作戦に至った理由を知る者は、政府内でもごく一部、ほんの一握りの者に限られていた。
現地対策本部室。
坂下刑事が壁にあるカレンダーに歩み寄り、八月のページを破り取る。
「もう九月ですよ」
「ここに来て三カ月だな」
吉村刑事は顔を机に向けたまま答えた。対策会議に使う資料作りに追われているのだ。
「今回の作戦、もっと早くにやれなかったんですかね?」
「政府としても、ぎりぎりの決断だったんだろう。なんといっても影響が大きいからな」
現在の避難対象地域は、バイオ研究所を中心に半径十キロ以内だ。だが今回の作戦では、その範囲がかなりの地域に広がる。
「池の数が多いだけにやっかいですよ。それに大きなものもありますから」
「これにあるだけでも、そうとうな数だ」
机の上に広げた地図を見ながら、吉村刑事は深いため息をついたのだった。
一方。
調査隊と飛行部隊は、すべての池や沼に重油の流し込みを続けていた。
そうしたなかには規模の大きな農業用ダムなどもあり、そのような場所には数台のタンクローリーで乗りつけ、数カ所から同時に油を流し込んだ。
新たな作戦により……。
巨大蚊の飛来地域は徐々に減少し、最大時の半分以下の範囲となる。
一度に現れる数も減っていた。
十月に入ってすぐのこと。
捜査本部に緊張が走る。なぜだか、巨大蚊の現れる数が増加に転じたのである。
こうしたなか吉村と坂下の両刑事は、朝一から対策本部室の隣室にこもっていた。吉村刑事は会議の資料作り、坂下刑事は巨大蚊の出現位置を地図に落とす作業をしている。
「ここ一週間、また増え始めましたね」
「専門家の連中が原因を分析しているそうだ」
「徹底的につぶしてるのに」
「いや、つぶしきれてねえから増えてるんだ。たとえばここらだが、調査隊もまだ入ってねえだろ」
吉村刑事が地図上の一点を指先でなぞる。
そこは標高の高い山が連なる、人里離れた奥深い地域であった。
「そこらには水がありませんよ。ヘリですでに確認済みですので」
「見落とした可能性もある」
「だとしたら容易じゃないですね」
「ああ、歩いて入るのは無理だろうしな」
「で、どうするんですか?」
「わからん。ただな、どんな手を打っても、一気に絶滅というわけにはいかんだろう」
「ですよね」
「そうであっても、今の作戦は続けなきゃならん」
「ええ。ヤツらを山奥に封じ込めるには、少なからず効果がありますからね。でも、それが精一杯です」
「残念だが、今はそれしかできねえからな」
それからもしばらく……。
二人は黙々と仕事に打ち込んでいた。
「見かけなくなりましたね。いえ、どこにでもいる小さな蚊のことですが」
坂下刑事がおもむろに口を開く。
「ああ。この時期になると、不思議といなくなるもんだな」
秋のある時期。
蚊は人前から姿を見せなくなる。冬を越すのはほんの一部で、子孫を残すいっさいの作業を終えると、そのほとんどが死に絶えてしまうのだ。
「巨大になってヤツら、生命力が強くなったんでしょうか?」
「たぶんな。それにおそらく、そこらにいる蚊とは生態もちがうんだろうよ」
「この戦い、いつになったら……」
「いつ、終わるんだろうな」
両刑事の口から同時にため息がもれる。




