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夜の侵入者  作者: keikato
13/19

終わりなき戦い

 八月も終わりを迎え、最初の事件から三カ月あまりが過ぎようとしていた。

 ここ二カ月の間。

 日中は調査隊と飛行部隊による重油作戦、夜間は地上部隊の攻撃が続けられた。にもかかわらず巨大蚊は増え、出現する範囲も広がっていた。

 それにつれ住民たちは、遠くの町へと避難を余儀なくされ、日々、生まれ育った土地を離れる者が増え続けていた。

 集落から人の姿が消える。

 巨大蚊は残されたペットや家畜を標的にした。そしてそれらの血を吸いつくすと新たなエモノを求め、新たな集落へと移動する。

 巨大蚊が通り過ぎた一帯は、生き物の姿を見ることのない、まさに死の世界へと変わってしまった。

 それからも……。

 巨大蚊は増加の一途を続けた。

 飛来する巨大蚊。

 迎え撃つ人間。

 両者の戦いが毎夜のように続く。

 終わりの見えない戦いで、多くの者は疲れきっていた。避難した住民も、前線で戦う者も……。

 夏の間。

 人間と巨大蚊の間で、いつ終わるともしれない戦いが続いたのだった。


 ここに至って、政府はそれまでの作戦を見直す。すべての池や沼に油を流し込むことにしたのだ。

 だが、これには多くの犠牲がともなう。

 油は河川にも流れ込み、近隣の農地は壊滅的な打撃を受ける。人々は生活に欠かせぬ水を失う。これまでの数倍の範囲において居住の場を失い、住みなれた土地を捨てることになってしまう。

 このように多くを犠牲にしてでも……。

 政府には巨大蚊を絶滅させねばならぬ責務、重大な責任があったのだ。

 このとき。

 今回の作戦に至った理由を知る者は、政府内でもごく一部、ほんの一握りの者に限られていた。


 現地対策本部室。

 坂下刑事が壁にあるカレンダーに歩み寄り、八月のページを破り取る。

「もう九月ですよ」

「ここに来て三カ月だな」

 吉村刑事は顔を机に向けたまま答えた。対策会議に使う資料作りに追われているのだ。

「今回の作戦、もっと早くにやれなかったんですかね?」

「政府としても、ぎりぎりの決断だったんだろう。なんといっても影響が大きいからな」

 現在の避難対象地域は、バイオ研究所を中心に半径十キロ以内だ。だが今回の作戦では、その範囲がかなりの地域に広がる。

「池の数が多いだけにやっかいですよ。それに大きなものもありますから」

「これにあるだけでも、そうとうな数だ」

 机の上に広げた地図を見ながら、吉村刑事は深いため息をついたのだった。

 一方。

 調査隊と飛行部隊は、すべての池や沼に重油の流し込みを続けていた。

 そうしたなかには規模の大きな農業用ダムなどもあり、そのような場所には数台のタンクローリーで乗りつけ、数カ所から同時に油を流し込んだ。

 新たな作戦により……。

 巨大蚊の飛来地域は徐々に減少し、最大時の半分以下の範囲となる。

 一度に現れる数も減っていた。


 十月に入ってすぐのこと。

 捜査本部に緊張が走る。なぜだか、巨大蚊の現れる数が増加に転じたのである。

 こうしたなか吉村と坂下の両刑事は、朝一から対策本部室の隣室にこもっていた。吉村刑事は会議の資料作り、坂下刑事は巨大蚊の出現位置を地図に落とす作業をしている。

「ここ一週間、また増え始めましたね」

「専門家の連中が原因を分析しているそうだ」

「徹底的につぶしてるのに」

「いや、つぶしきれてねえから増えてるんだ。たとえばここらだが、調査隊もまだ入ってねえだろ」

 吉村刑事が地図上の一点を指先でなぞる。

 そこは標高の高い山が連なる、人里離れた奥深い地域であった。

「そこらには水がありませんよ。ヘリですでに確認済みですので」

「見落とした可能性もある」

「だとしたら容易じゃないですね」

「ああ、歩いて入るのは無理だろうしな」

「で、どうするんですか?」

「わからん。ただな、どんな手を打っても、一気に絶滅というわけにはいかんだろう」

「ですよね」

「そうであっても、今の作戦は続けなきゃならん」

「ええ。ヤツらを山奥に封じ込めるには、少なからず効果がありますからね。でも、それが精一杯です」

「残念だが、今はそれしかできねえからな」

 それからもしばらく……。

 二人は黙々と仕事に打ち込んでいた。

「見かけなくなりましたね。いえ、どこにでもいる小さな蚊のことですが」

 坂下刑事がおもむろに口を開く。

「ああ。この時期になると、不思議といなくなるもんだな」

 秋のある時期。

 蚊は人前から姿を見せなくなる。冬を越すのはほんの一部で、子孫を残すいっさいの作業を終えると、そのほとんどが死に絶えてしまうのだ。

「巨大になってヤツら、生命力が強くなったんでしょうか?」

「たぶんな。それにおそらく、そこらにいる蚊とは生態もちがうんだろうよ」

「この戦い、いつになったら……」

「いつ、終わるんだろうな」

 両刑事の口から同時にため息がもれる。


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