『神谷』さん家の『ネコ丸』が死んだ。
この文章を、運営さんにbanされた神谷ネコ丸さんと、その追悼企画をやろうと言った絢さんに捧ぐ。
そして、リポグラムという遊びをわたしに思い起こさせる切っ掛けとなった、石河翠さんと、彼女の短編集、「『あい』を失った女」に感謝を。
この文章は、
『か、が、こ、ご、ね、ま、み、や、ゃ、る』
の文字を使わずに書かれている。
「なに、あいつ死んだの?」
隣の家の愛猫さ、死んでたんだって。
遅い夕飯のあと、僕は最愛の人に、そんな話をされた。
ふーん、つい先日も鳴いて挨拶してくれたのに。
黒い体毛に黄金の眼、ぴんと生えたひげ、細いしっぽ。
よく塀の上でだらりとしていた雌だ。
出勤のときも、帰宅のときも。
いつも塀の上にいて、僕を睥睨し、機嫌の良いときは鳴いて挨拶した、そんな雌だった。
「なんで死んだのさ。……轢死? 以前も二度、トラックに潰されそうになってたのに」
もとは隣の家の主人に拾われた野良の雌だったらしいけど、ふと居着いていて、その夫婦には溺愛されていた。
僕は野良の雌にそんなふくふくしい名をつけて……と思ったものだった。
拾われた最初はあばらの浮き出たちびだった。でもあいつは立派な雌に育ってきていたのに。
そう、とても『らしい』雌だった。
全身をしっぽで覆っては球のように、大きくのびをしてはすらりとしていた。
手をのばせばそっぽを向き、手をひけばすり寄った。
だれにも餌をもらい、だれにも懐きはしない。
大きな音に逃げていくくせに、発情期には大きく喘ぐ。
臆病なくせに、危険ににぶく。
美しく、薄汚く。
矛盾そのものであり、神秘を体現していた。
「ふうん、隣の夫婦だけではなくて。あいつを好きなの、何人もいたのにさ。寂しく思われてんでしょ」
僕の最愛の人も、あの雌を愛していた一人だろう。
傾城の名を戴く動物はあいつらだけだ。男女を問わず、あいつらには太刀打ちできない。
僕は最愛の人の手をひき、ベッドにさそった。
泣いていた跡を目尻に覚えたので。
……とはいえ、あいつなんていなくても朝はいつも通り。
いつも通りに朝の準備をして、いつも通りに出勤。
ただ、塀の上にあいつはいないというだけ。
そう、鳴いて挨拶されないだけ。
今日も、駅へとつづく隘路を歩む。
隣の家には、その雌はいなくなったけど、別の家に似たような黒いのを目にした。
ひょっとして、あの雌の娘?
それとも別の雌?
僕はふと笑う。そうだったな。Nine Lives、九度の命を生きていくものよ。
僕らに心配されなくとも、あの雌はよろしく生きていくのだろう。
さらばだ、友よ。
いずれ、その別の塀の上で、僕にその背を撫でさせておくれ。