ジン君、どこもいかないよね?
それでもユウリは懐かしさが先に立つのか、ルリちゃんとやらを見つめるうちにくしゃっと顔を歪め、いきなり抱きついて泣き出した。
「ルリちゃんだ……ルリちゃぁああんっ」
「え、なになにっ。あたし、なにかした!」
ルリちゃんは驚愕したようで、とりあえず自分も抱き締めはしたけど、弱り切って僕を見た。
「そこの二枚目の人、これ、どういうこと!?」
「いや……詳しく説明するよ、うん」
呆然としていた僕は、慌てて説明を始めた。
ルリちゃんはもちろん名字があるが、ユウリがそっちでは全然呼ばないので、僕も彼女に倣うことにした。
とにかく、僕から事情を聞いたルリちゃんは、信じ難いように首を振ったが、それでも僕らを自宅に上げてくれた。
この子の部屋がまた、壁の周囲にビジュアル系のバンドだか、どこかのロックバンドだかのポスターを貼りまくり、さらにエレキなどの楽器がところ狭しと並ぶ、アグレッシブな部屋だった。
僕ですら居心地悪いのだから、ユウリは相当なものだったろう。
それでも、ユウリはクッションの上にちょこんと座り、戸惑いながらも会話を続けようとしていた。ちなみにルリちゃんは足を崩しまくって同じくクッションに座り、じろじろとユウリを観察している……ように見える。
「あたし、引っ越した後は自分の生活で手一杯だったから、そのうちユウリのことも忘れちゃっててさー。ごめんごめんっ」
だろうなぁと僕も思う。
なにしろ、この子が見舞いに来ているところなんか、見たことないし。
「でも、ユウリが倒れた話は地方紙にちょっと載ってたから、知ってたよ……辛うじて。元気してた? て、ずっと眠ってたか……これもごめんっ。あははっ」
悪びれずに歯を見せて笑う。
「しっかしユウリ、ぜんっぜんっ、昔と印象変わらないねっ。ちゃんと身体は成長しているのに、不思議だわー」
身を乗り出してじろじろとユウリを見る。
なかなか明るい子だった……良くも悪くも。
「う、ううん……ジン君がいつもお見舞いに来てくれてたから、大丈夫だったのよ」
「ふぅうぅううううん」
なにか含みのある笑い方をすると、ルリちゃんはふいにユウリの耳元で囁いた。
『このイケメン、彼氏?』
……地声が大きいので、囁いても僕のところまで聞こえているんだが。
「え、ええと……その」
ユウリはいよいよそわそわして、目を瞬いた。
「じ、ジン君は……お、お友達……かな? いつかその……そうなれたらいいなと思うけど」
僕が澄ました顔しているので、聞こえたとは思わなかったのか、素直すぎる返事をするユウリである。
そこで、不意にスマホの着信音がして、ルリちゃんが立ち上がって机の上に置いたスマホを手にした。
表示を見て、慌ててスマホをお手玉していた。
「わ、わっ。ごめん、哲也だっ」
男の名前を出して早速出ると、そのまま長話を初めてしまった。
特に話を止めるでもなく、どんどん時間が過ぎていく。
ユウリは途方に暮れているし、僕はため息をついて時間を確認した。言うまでもなく、もう帰るよう、ユウリに勧めようと思ったのだ。
だが、さすがにそれが目に入ったらしく、ルリちゃんがようやく僕らを振り返った。
「あ、ごめんねぇ、今から着替えないと! せっかく訪ねて来てくれたのに、これから行くところが出来ちゃってさー。こいつ、あたしがいないと駄目だからっ」
スマホを持ったまま、手を合わせる。
……要は「さようなら」ということだろう。
ユウリを見ると、さすがに察したようで、そろそろと立ち上がるところだった。
「い、いいのいいのっ。急いでいってあげてね。だいじな人みたいだから」
「まー、大事っか、今彼には違いないけど」
困惑したように笑う彼女に挨拶して、僕らは部屋を辞した。
無言で玄関を出たが、門を出たところで、二階から声が掛かった。
「元気でねぇ、ユウリ~」
ぶんぶん手を振るルリちゃんに、ユウリが小さく手を振り返す。
ルリちゃんはすぐに部屋に引っ込んだので、僕とユウリもそのまま歩き出した……別にルリちゃんが悪いわけじゃないんだけど、なんとなくやりきれない気分のまま。
ションボリと肩を落として歩くユウリに、どうやって慰めの言葉をかけるか……僕はひたすらそれだけを考えていた。
またバスに乗って病院近くで降りたが、ユウリは病室へ戻る前に、「公園に寄らない?」と誘ってくれた。
僕らが小学生の時からある児童公園で、この近所では珍しく、当時となにも変わらない。いや、遊んでいる子供が全然見当たらないのが違うといえば違うか。
ユウリがブランコに座ったのも、僕もその隣に座る。
未だにどうやって慰めるか考えていたが……先にユウリがポツンと口にした。
「……昔ね、ルリちゃんが近所に住んでいた頃、この公園でよく遊んだのよ」
「そうかー」
「ブランコもだけど、お人形遊びもしたし……男の子の真似して、缶けり? それもしたことあるのよ」
「うん」
僕がそっと頷くと、またユウリが黙り込み……かなり時間が経ってから独白した。
「わたしにとってはつい昨日みたいに思えるけど、でも、もうルリちゃんとそんな風に遊べないね……会うのも、さっきのが最後の気がするもの」
どう答えようか迷ううちに、ユウリが小さく呟いた。
「……さびしいなぁ」
最後の呟きが本当に寂しそうに聞こえ、僕はたまらなくなって立ち上がった。
そのままユウリの前に立ち、そっと抱き締める。
「まだ僕がいるさ。そうだろ?」
「うん……そうね、そうだよね」
小さく答えたユウリは、なんだか泣いているようだった。
よほど時間が経ってから掠れた声が聞こえた。
「大丈夫だよね……ジン君がいるもの……ジン君、どこもいかないよね?」
僕は胸が一杯になって、なんと答えたか覚えてない。