不安定な子?
「こ、こんにちは」
引きつった笑顔で挨拶されたけど、僕としてはあまり愛想よくなれない。
「もしかして、尾行した?」
「ち、違う違うっ」
森川はやたらと焦ったように手を振った。
「新聞記事で見て、きっと間宮君の妹さんのことだろうと思ったから、見舞いとかできないかな……なーんて」
学生鞄から本当に新聞記事を出して見せた。
指で示された箇所を読むと……確かに小さくではあるが、載っていた。
『昏睡少女、六年後に奇蹟の目覚め!』
なんて派手なタイトルになっている。
記事が小さいのが、まだしもだった。
「やっぱり、マスコミは放置してくれないか」
「し、信じてくれた?」
いつも溌剌とした森川には珍しく、やたら心配そうに僕を見る。栗色髪のツインテールの先っぽを指でいじくっているのも、彼女らしくない。
「いや……まあ、理由はわかったけど……なぜか今は、僕の後をついて歩いていたんじゃ?」
見舞いに行くにしては不審である。
それを指摘すると、森川の視線が泳いだ。
「う……それはあの……間宮君が先に病院へ入るのを見て、入りにくくなって。うろうろしているうちに出て来たけど、今度は声をかけづらくて――」
「それでなんとなく後をついてきた?」
「そんな……感じ?」
いや自分で首を傾げてもらっても困るけど。
しかし、僕はあまり追及しないことにした。
なにか事情があるのかもだし、それに彼女に悪意があるとは思えない。新聞記事のことを教えてもらった恩もあるし。
「わかった。ユウリへの面会は、多分簡単じゃないと思うけど、とにかく気持ちだけもらっておくよ」
「納得してくれたの!」
……自分で驚いてどうするのか。
「今の説明は嘘なのかな?」
「いえいえいえっ」
激しく首を振り、森川は懸命に言い募った。
「本当だけど、自分でも説明し辛かったから、疑われるかなって」
「疑わないよ……今のところは。じゃあ、また学校で」
適当に話を切り上げて別れようとしたが、今度は森川に止められた。
「あのっ」
「……なに?」
「あたしのこと、思い出してくれた?」
今度は僕が言葉に詰まる番だった。
栗色の、リボンで飾られたツインテールに、やたらと目力のある女の子……こんな子を知っていたら滅多に忘れないと思うが、僕は覚えてない。
「ごめん……少なくとも、二年に進級する前に会ってる覚えはないんだけど? もしかして、もっと昔の話」
「ええ、かなり昔の話なの……そうね、覚えてなくても不思議はないかも」
言葉の割にやたらと肩を落とす。
申し訳なくなって、つい言ってしまった。
「今は同じクラスなんだし、そのうち思い出すかもしれないさ。……それか、ヒントくれてもいいんだけど?」
暗に、ずばっと教えてくれと頼んだつもりだった。
しかし森川は嬉しそうに微笑み、自分のツインテールの片方を持ち上げて見せた。
「ヒントはね、髪型かな!」
僕は曖昧に笑って肩をすくめたが、特に文句は言われなかった。
ただ、「実はあたしも帰る道は同じ方向だから、一緒に帰ろう?」と言われた。
断る理由なんかないので、素直に頷いて歩き出したが……この時にはもう、僕は最初の疑問を持っていたかもしれない。
つまり……この子はどうもこう……不安定なところがあるなと。
内心でそんな気がしたのだ。