ユウリの不思議な話と、下着のこと
「ジン君には、話すね」
ユウリは、内緒話のようにひそひそと言う。
「お医者さんの八重子先生にも話していない秘密だから、本当に秘密なんだよ?」
要するに「二人だけの秘密」ということだろう。
僕は座したまま片手を上げ、厳かに約束した。
「決して話さない。僕の口が硬いのは、知ってるだろ?」
「普段はそうだけど、この前おうちで遊んだ時、わたしがお菓子をかくしてた場所、ママに教えちゃったもんっ」
珍しく頬を膨らませ、ユウリが僕を叱る。
僕は「それはたまたまだよ……ははは」と頭を掻いたが、我ながら上出来だったと思う。
悪いけれど本当は、あまりよく覚えてない。微かに思い出す程度だ。
そんなこともあったかなぁ? という、あまりにもおぼろげな記憶なのだ。もしかしたら、ユウリにとっては感覚的に数日前の話かもしれないけれど。
ただ、どのみち僕の演技がどうあれ、聡いユウリはすぐに時間差に気付いて、気まずそうにもじもじした。
「それで、問題の秘密は?」
僕が水を向けてあげると、ほっとしたように語ってくれた。
「あのねぇ、わたしは青空の下のすごく素敵な、おっきな公園みたいなところにいたのよ。そばにはきれいななお姉さんがそばにいて、一緒に遊んでくれたの」
「公園……花がたくさん咲いてる? その前に暗い場所をどんどん上がっていく感じがしなかった?」
「そうそう!」
「……意識を失った後、自分の身体をしばらく見てた?」
「え、ジン君すごいっ」
驚いたようにユウリが目を丸くする。
「ジン君もそういう経験あるの!?」
「いやいや、ちょっと想像しただけ」
というより、僕は以前読んだ本を思い出していた。
病気や事故などで一度心臓が停止した後、奇跡的に再び目が覚める人がいる。いわゆる「臨死体験」というヤツだ。
読んだのは、そういう稀有な体験をした人の話を集めた本だったが……大抵の場合、心臓が止まった後、自分の身体を外から見下ろしたりする。
たとえば、病院のベッドで横たわった自分を眺め、嘆く家族を俯瞰して外から見てたりする。
次の段階として、高い場所へ上がっていく感覚があり――。
いつのまにか穏やかな風景が広がる、心地よい場所に来ていた……不思議と、語り手の話にはそういう共通項がある。
三途の川なのかどうか知らないが、大きな川の前に立ち、その向こう側に昔亡くなった親族などが立っているのを見た――という例も多い。
まあ、僕がそんな本を読んでいたのは、ユウリが倒れたせいもあるが。
「死の間際で生還した人は、そういう場所の話をする時があるらしいね」
「その人達、わたしみたいにきれいなお姉さんと遊んだりした?」
「いや、それは始めて聞く」
僕は首を傾げた。
「ユウリは、その女性は誰だと思うのかな?」
「あのね、多分ね」
ユウリはベッドの上で僕ににじり寄り、一層小さな声で教えてくれた。
「多分、天使さんだと思う」
「……天使かー」
僕は笑わなかった。
気を遣ったわけじゃなく、心底感心していた。
ユウリ以外の誰かの発言なら、「病院へ行きましょう」と勧めるだろうが、ユウリなら天使くらい見ても不思議じゃない気がする……いや、真面目な話。
だいたい、倒れる前の小学生の頃から、この子はあんまり他の小学生とは似ていなかった。当時は上手く言えなかったけど、今なら言える。
つまりは、純粋すぎるのだ。
神様はそういう人間から先に(天国へ)連れて行く――なんて話を当時、どこかで聞いて、「頼むからユウリは見逃してくれ」と真剣に考えていたほどだ。
だからユウリが倒れた時には、ひどく絶望したし、理不尽に神様も恨んだほどだ。
……などと苦い気持ちで思い出していると、なぜかユウリがじっと僕を見つめていた。
負けずに見つめ返すと、大きな瞳の中には当然のように僕が映っているが……その背後を、なにかが通り過ぎたように見えた。
黒い影のようにしか見えなかったが、一瞬、「これがユウリの言う天使じゃ?」と本気で疑ってしまった。
無論、気のせいに決まってる。
いつまでもユウリが見つめるので、僕は戸惑って尋ねた。
「なにかな? ちゃんと信じてるけど、僕」
「うん、わかってるの」
なぜかユウリが僕の手を握った。
「ジン君なら信じてくれると思ったわ」
そう囁くと、微笑して囁いた。
「だからジン君が好き……ずっと昔から」
……そんなこと、堂々と言わないでくれ。
僕は柄にもなく赤面してしまい、慌てて目を逸らした。
あと、心は置いて身体は小学生じゃないんだし、ちゃんとパジャマの下に下着を着けてほしいと思う……言えないけど。