あたし、貴方を殺してしまうかもしれない(浦辺の森川評)
昼休み、いつもなら黙って購買部にパンを買いに行く浦辺が、なぜか今日は僕を誘ってきた。
「たまには一緒にどうだ?」
「……? いいけど」
浦辺は購買部付属の食堂へ直行し、券売機でうどんを買っていた。
僕も付き合いで同じものを買い、二人で隅っこに座ってもそもそ食べる。こいつはだいたい、部活の仲間と外で食べることが多いので、なにか話でもあるのかと思ったら……案の定だった。
「もうすこし付き合ってくれるか」
「告白イベントなら、心の準備がいる。なにしろ、僕は男の子だ。男の娘ですらないぞ?」
冗談で言ってやったが、顔をしかめただけだった。
普段は喜んで乗ってくるのに、今回は深刻な話らしい。
で、二人して昇降口で靴に履き替え、なんと体育館の裏へ連れて行かれた。
「……ヤキを入れるとか、昔のヤンキーさんみたいな話なら、やっぱり心の準備が」
僕が言いかけたのを遮り、浦辺はいきなり言った。
「本来なら余計な口を出すことじゃないが……俺としては、おまえは友達だと思ってる。だから、忠告させてくれ」
どうやら本気で真面目な話らしい。
サッカー部員に相応しく、見事にスポーツ刈りの浦辺を、僕はとっくりと見つめた。本来、そんな面映ゆい言い方せず、ずばり切り出す奴なのに。
「喜んで聞くとも」
「……森川のこと、好きなのか?」
僕の顔を見て、浦辺は慌てて付け足した。
「真面目な話なんだ、これは」
「わかった」
僕は肩をすくめ、答えた。
「好きか嫌いかと言われれば、恋愛感情抜きで、悪感情は持ってないと答えるかな。だけど、告白する気とかはない」
「でもあいつ、おまえを知ってるみたいな言い方しなかったか?」
「ああ、おまえが僕をからかった日のことだよな?」
――名前を思い出せない僕に、森川は前から知り合いみたいなことを言ったような気がする。僕的には、あの時に初めて名を聞いたと思うんだが。
「そうか……こりゃ話していいかどうか、難しいところだな」
「いや、そこまで言ったら、教えてくれ。気になって夜も眠れなくなる」
半分くらい本気で言ってやると、ようやく重い口を開いてくれた。
「俺が知ってることもそう多くはないんだが」
そう断りを入れ、「おまえとは高校入学以来だが、俺、森川とは中学が同じだったんだよ」と切り出した。
「中学から高校まで同じか?」
「いや。中学卒業後に、森川は一度、引っ越してる。そこも、いろいろあったうちの一つでね。実はあいつが中三の時に」
なぜか盛大に顔をしかめてから、浦辺は嫌そうに口にした。
「……人が死んでるんだ」
今度は僕が眉をひそめて友人を見つめる番だった。
剛胆で体格もいいこいつが、ふいにきょろきょろするのも意外だった。まるで何かを恐れているような感じだ。
そういや、森川に注意された時も、こいつにしては素直すぎたと思ったけど。
「森川が殺したとか言うんじゃないだろうな?」
「そうは言わないが、そう疑っている奴もいたな」
実は自分も疑ってそうな感じだった。
「詳しく話してくれ」
「だから、俺が知っていることは少ないんだって。中三の……夏休み前だったかな。人死にが出る二ヶ月前、あいつがストーカー男に悩まされているってクラスメイトの女子に話してるのを聞いた。それだけなら、別に俺以外に聞いてた奴も多い。何度か愚痴ってたからな。ただ、俺は偶然、部活帰りに余計なところを見ちまってな」
――受験前だというのに、まだ部活に熱心だった浦辺は、帰りにコンビニに寄ったのだそうだ。
すると、雑誌置き場の隅で、森川と大柄な男が、なにやら言い争っているのを見た。
割と正義感が強いこいつは、殊勝にも森川を助けるつもりで近付いた。
実際、相手はもういい大人だし、なんだか粘い目で森川を見ていて、今にも不埒な真似をしそうに見えた。しかし……結局浦辺は、途中で足を止めてしまう。
それどころか、棚一つ隔てた影に隠れて、むしろ森川から見えない位置に立った。
あと少しのところまで近付いた時、森川の冷淡な声が聞こえたからだ。
「あたし、貴方を殺してしまうかもしれない」
……冗談好きで善良な浦辺としては、とっさに隠れてしまった気持ちも、わからないでもない。
今となっては関わったこと自体を後悔しているそうだが、やはり好奇心が上回り、浦辺は心ならずも盗み聞きをしてしまう。
その後、何度もこの時聞いたやりとりを思い出し、しばらく悪夢に悩まされてしまうことになる会話を。
大げさなと思うが……問題の会話を教えてもらうと、あながち大げさな話でもなかった。