(EP3)ヤンデレの噂
退院を前にして、ユウリは幸先悪い再会を果たしたものだが、それでも、いつまでもうじうじ落ち込んでいないのは、彼女の美点だろう。
本音は違うにせよ、翌日には「よく考えたら、それだけ時間が経っているってことだものね」と笑顔で言い、以後はルリちゃんの話はしなくなった。
ただ、ユウリが心中でもう一人、ぜひとも会いたがっている人がいるのはわかっている。口に出さないだけで、当然ながら母親と会いたいのだろう。
できれば僕もその望みを叶えてあげたいものだが……なにしろあの人は、今や再婚してユウリのことなど忘れようとしているほどだ。
決して僕の邪推などではなく、最近また本人に会いに行った時、はっきりそう言われた。
となれば、会ってもいいことはないに決まっている。
既に保護者の自覚なんか、吹っ飛んでいるようだから。
「――どこか調子悪い?」
ふいに話しかけられ、僕は慌てて隣を見た。
今週から席替えになり、僕の席は窓側の一番後ろという、なかなかよいポジションだったのだが。
なぜか隣には、あの森川沙羅がいるのだった。
二年に進級して、しばらくは仮の席だったわけだが、その時だって席は近かった。正式な席替えでさらに近くなるというのは、よほど縁があるのだろうか。
しかも、今日は僕とほぼ同じ時間に登校してきた気がするし。僕はいつもより早めに出たせいか、お陰で今は、HR前に二人並んで座っている有様だ。
「いや、調子は悪くないよ、うん」
わざとらしく微笑し、首を振る。
入院中のユウリのことを訊かれるかと思ったけど、森川は微笑み返しただけで、全然別の話を切り出した。
「あの、このページ見てほしいんだけど」
離れていた机をわざわざくっつけ、僕にカラーページを広げて見せてくれた。
「これ、なんの雑誌?」
「女の子の髪型参考付録……ファッション誌の別冊なの」
「へぇええ」
そんなのがあるのかと感心したが、正直、なんで僕に見せるのかわからない。
しかし森川はやたらとニコニコして、僕に尋ねた。
「間宮君は、どんな髪型が好き?」
「いやぁ……女の子の髪型には疎くて」
話を変えようとしたが、森川はふいに真剣な目つきになって、低頭した。
「そう言わないで、教えてくれないかしら? 参考までに」
「……う」
そこまで言われると、無下にもできない。
やむなく僕は雑誌を見た……何名かのティーンの少女が両開きのページに並んでいたが、なるほど、それぞれ違う髪型である。
美形の森川ほど決まってないが、ツインテールの子もいた。
「森川――さんの髪は栗色だから、今みたいにあまり他の子がしない髪型だと映えるね」
「さん付けはいらないってば。森川でいいのよ……なんなら沙羅でも」
大真面目に言って小首を傾げた後、訊き返した。
「今のままがいい、ということ?」
……頷きかけたが、森川の瞳が恐いほど真剣なので、僕は即答を避けた。
「今のままでも悪くないと思うけど、髪型変えたいと思ったんだよね?」
「より正確に言うと、間宮君の好みが知りたいの」
気のせいではなく、いつの間にか、顔が近い。
ほのかに甘い香りが漂い、僕は意識して目を逸らした。
顔の造作がずるいほど整っていて、目立つほどの美形であるというのは置いても、この子は元から眼力があるので、じっと見つめ合うと、どうも落ち着かない。
あえてページの写真に集中し――ついでに重苦しい雰囲気を振り払おうとした。なぜだか、真剣勝負のような雰囲気が漂っていたので。
「実は僕、髪はない方が好きなんだ……とか言ったら怒るかな?」
別に怒られなかったけど、笑いもしなかった。
森川はじっと僕を見つめたまま、「本当に髪がないのが好みなの?」と訊き返しただけだ。笑いの欠片もなくて、僕のギャグが滑ったのだけは理解できた。
ここで「うん」と答えればどうなるのか……少しだけ気になったが、僕は辛うじて誘惑に耐えた。
後から考えると、正解だったろう。
とりあえず、他の生徒も登校し始める時間だし、友人の浦辺も教室に入ってきて、僕らを見て眉をひそめていた。
からかうのではなく、眉をひそめるというのが気になるが……とにかく、これ以上目立たないように、僕は写真の中の一人を指差した。
「ポニーテールなんか似合うんじゃない?」
参考意見だけどね、と付け加える。
「森川は眼力あるから、凜々しく見えて似合う気がするよ」
顔を上げると、森川はちょっとびっくりしたように目を瞬き、それからはにかんだように笑った。
「……褒められてるのかな?」
「もちろんさ」
僕は正直に頷いた。
相変わらずこちらをチラチラみている浦辺の目が、少し気になったけど。