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「……やっぱり、ポーターだったんですか」
「はい。……むしろそれ以外に考えられない、というのが普通だと思うのですが」
マジックバッグを持っているのなんてポーターくらいでしょう? と彼は逆に聞き返してみせた。
そんな彼を見て、店主の男は初めて眉間の皺を緩めた。
「たまにいるんですよ、マジックバッグを、本の万引きに持って来る人が」
「……いるんですか、そんな人」
彼は、呆れたように言った。
「あ、なるほど。だから30分間も僕の脇を離れなかったのですか。僕はそんなことしませんよ」
「あぁ、疑ってすまない」
店主の男が深々と頭を下げた。
「いえいえ、そんなそんな……。構いませんよ、そんなの。まぁ、魔法書を買いに来るような魔導師の中にも色々いますしね」
気まずくなった彼は、少し慌てながら店主に言う。それを聞き頭を上げた店主の男は、彼の顔が怒っていないのを見て、ぽつり、ぽつりと喋り出した。
「まぁ、魔導師の中にも、まともな人はいますよ、いますさ。だけど大抵は『取り揃えている本が少ない』だとか『欲しい本がない』だとか文句を言ったりするんですよ」
「まぁ、そこまでは想像できます」
魔道書を読み漁るようなクラスになると、普通に出回っている本では満足できなくなるらしい。……というのを、彼もかつて聞いたことがあった。
「そんで、そのまま帰ってくれるのならいいものを、まけろだの何だの言ってくるのですよ」
「……一冊が高いですものね」
「挙げ句の果てには、マジックバッグにありったけの本を詰め込んで、立ち去ってしまう人も……。全くッ」
「大胆ですね、それは」
「まぁ、コッソリとやる人もいますけどね。大抵が貴族お抱えの魔導師なんで、どうしようもなくて」
「なるほど、裁いてもらうこともできない、と」
店主の男は、苦々しそうに頷いた。
「突然話を変えるようですみませんが、貴族の何たら、というのは?」
「あぁ、先程、貴族の御坊っちゃま、と言ったことですね?」
店主の男は、店の外の方を見回してから、小さな声で話した。
「魔法の発動ができない、という理由で本を買いに来る人がいまして、まぁ、いわゆる入門書を買っていくのですが」
「出来るようにならず、いちゃもんを、後は先程と同じ流れで」
「その通りです。それ以外にも、この二者を間違った方に案内したら」
彼は、手を顎の辺りに当てて考え始めた。
「ええと、入門書を買いに来た人を専門書の方に、また逆も……、うわっ、大変なことになりますね」
「えぇ、そう言うわけで、魔法書を買いに来た人は面倒くさい、と相場が決まっているのです」
「なるほど。……それなら早めにお金を払っておいた方が良さそうですね」
彼はマジックバッグの中身を探って、財布の中から代金を手渡し、買わない本の片付けを始めた。
店主の男は、しばらくの間、唖然としながら彼を眺めていたが、椅子によじ登って戻す姿が危なっかしく見えたのだろう。途中から彼の指示を聞きながら本を元に戻す、という形で片付けを手伝っていた
そうして、残り一冊のところで、店内に一人の女性が飛び込んできた。
「冒険者ギルドです、アルザさん、いらっしゃいますか?」
店主も彼も、恐る恐る職員の側に寄った。
「何事ですか?」
「緊急の依頼が入りました、すぐにギルドの方へ!」
店主は、彼の肩を叩いて、行ってこい、とだけ言うと、店の奥に入って行った。
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ポーターは、物を運ぶのが主な仕事であるが、それ以外にも2つ仕事がある。
一つが、“人”を運ぶ仕事だ。
奴隷を運んでいた時代の名残だとか、王族をたった一人で護衛したポーターの話が起源だとか、この制度の始まりには諸説あるが、奴隷制度が衰退している上に、冒険者ギルドが各職業ギルドを束ねる形で設立され、護衛依頼が戦力の高い戦士や魔導師に頼めるようになったこともあり、何世紀も前にこの制度は形骸化した。
しかし、現在でも制度としては残っており、悪用されないために、人を運ぶ際は、運び屋ギルドによる『本人の同意』の確認を受けることを求められている。
もう一つが、戦闘系の依頼の補助だ。
つまり、狩りなどに行く冒険者の荷物持ちである。依頼料が高いが、かなりの危険が伴うのでこの手の依頼を受けないポーターも多い。
逆に、雇う冒険者の側からすれば、手荷物が減るというメリットはあるものの、その点よりも寧ろ、戦闘能力の低いというデメリットの方が大きすぎて、使い物にならないという考え方が一般的である。詰まる所、ただの金食い虫でしかなかったりするのだ。
そして、この依頼の仲介だけは、ポーターの依頼の中で唯一冒険者ギルドが斡旋しているのだ。
ちなみに、その手の依頼を受けない普通のポーターは、余程のことがない限り冒険者ギルドのお世話になることはない。彼みたいに換金に寄る方が特殊なのである。そのためか、ポーターは冒険者として扱われない方が普通であったりもする。
閑話休題。
しかしまた、彼もポーターであった。戦闘補助の依頼なんて、まともに受けるもんじゃない、という考えに、彼は同意していた。
だからこそ、冒険者ギルドから持ち込まれるような依頼など、彼には断る以外の選択肢はなかった。
「できれば、お断り申し上げたいのですが」
「はい、わかりました。……と、ここで申し上げられるならいいのですが、相手が相手ですので……」
「相手が貴族とか、ということですか?」
「察しが良くて助かります、正確には貴族の長男、といったところですが」
「それで、“緊急”だと」
「本人が早くしろ、というものですので」
彼は嫌そうな顔をしながらショルダーバッグを背負った。
「わかりました、詳しいことは道中で聞きます」
「そうしてくれると助かります」
彼は、気だるそうに職員の後をついて行った。
「それで、依頼というのは?」
「バーンウルフの討伐の補助、ですね」
「バーンウルフ、ですか?」
彼は、その場に立ち止まった。
「ええと、討伐、ということは、群れの中に突っ込む、ということですよね?」
「その通りです。それで、なのですが」
軽く咳払いしてから、彼の目を見た。
「あなたには、この依頼を断って欲しいのです」
「えっ?」
依頼を仲介する側の人が言うはずがないことに、彼のなかでは驚き以上の何かが渦巻いていた。
「確かに、断れるものなら断らせていただくのですが、何かあったのですか?」
「後々揉めるのを避けるためです」
首を傾げた彼を見て、職員の女は、今のは忘れてください、とだけ言って、再び歩き出した。コートの端を吹き上げるような風に、彼は一瞬冷たさを感じた。