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彼がサナと会ってから、もうかれこれ二、三時間は歩いただろう。
日はとっくに変わり、朝日を待つだけの真っ暗な中を彼らはアルザとコルドの魔道ランプを頼りに歩き続けていた。
歩いても歩いても変化の無い単調な景色に加え、いつ魔獣に襲撃されても大丈夫なように気を張り詰めていたこともあり、大きく欠伸をする回数も増えていた。
「あっ、あれ!」
サナが、道の先の方を指差した。
「ほら、向こうの方!」
彼とコルドは、目を細めながらサナの指差した方を見た。そこには、一軒の建物のようなものがあった。
こんな夜中でも、明かりをまだ灯しているのだろう。ここからは少し遠くではあるが、その光ははっきりと見えていた。
「きっとアプダスレアだよ、もうすぐだね」
「そうだな、着いたら後は適当な宿を探してさっさと寝るか」
「そうですね。……というより、空いているかが問題ですけど」
「まあな。こんな時間だし」
疲れ切っていた彼らは、その後特に会話もせずに建物の方へと歩いた。
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「着いたー!」
サナが、目印としていた建物の前で両腕を突き上げながら叫んだ。
「やめとけ、近所迷惑だ。……といっても」
辺りをざっと見回してからしてから、コルドが呟いた。
「本当に何もないな、ここ」
「……ですね」
辺りに見えるのは木々ばかりであり、その建物を除けば一軒の家もなかった。
彼らは、改めてその建物を見上げる。三階建てのその建物は、一階と二階の間くらいの所から彼らの方に向かって屋根が大きく飛び出している。その屋根の下は地面から数段だけ高くなっており、そこに丸机が一個、それを囲むようにして椅子が三、四脚置かれていた。そして、屋根の付け根の少し上、二階の窓から少し目線を下ろした辺りには、木製の看板のようなものが設置されていた。
「ええと……、『ようこそ、アプダスレアへ』かな?」
サナが、目の上に手を当てながら言った。
「……暗くてよく読めないのですが」
「コイツ、目だけは良いからな」
呆れたようにコルドが呟いた。
「となると、ここがアプダスレアですかね」
「……そうなるな」
呟き声さえ、白い霧のように闇に溶けていく。
彼らが目指していたはずのものは、巨人達の住む国として名高いアプダスレアだった筈だ。しかし肝心の集落らしきものはなく、ただスレイピアであることを示す看板のついた建物があるだけだった。
彼とコルドは、示し合わせたように彼らが歩いてきた道の先の方を見た。少し歩いた先には急な下り坂があり、暗さもあって坂の先の方は見通しがきかなかった。
「もしかしてなんだが、もっと先なんじゃないか、アプダスレアって」
「奇遇ですね、僕もそう思ってました。取り敢えず……」
彼は、ショルダーバッグに手を突っ込み、地図の紙束を取り出す。それを一枚ずつ広げながら、アプダスレアの地図を探した。
「……あっ」
「どうした?」
「いえ、スレイピアで貰おうと思っていたのですが……、貰い忘れました」
小さく溜め息を吐いてから、全ての地図をショルダーバッグに突っ込んだ。
「もう少し大きな縮尺の地図は持っているのですが、スレイピアからアプダスレアまでは比較的短い上に一本道でしたから、何にせよあまり情報が載っていないんですよね」
「……あぁ、運び屋ギルドで最初に貰う、あの地図か。あれだったら俺も持っているが、アプダスレアの地図は持ってないな、俺も。何せアイツが急にアプダスレア行きを言い出したからな。……スレイピアに入れなかったのも痛かったが」
「おーい!」
サナが、彼らの方に大きな声で呼び掛ける。声の方を向くと、その建物の入口の扉から上半身を乗り出すようにしてサナが手を振っていた。
「泊めてくれるって!」
「……へっ?」
「……はい?」
揃ったように、彼とコルドは眉を顰めた。
「だーかーらー、泊めてくれるって!」
「……どうするか?」
コルドは彼の顔を見下ろす。目が合うと直ぐに、彼は首を横に振った。
「時間も時間だし、泊めて貰うしかないかと」
「……だよな」
顔を引きつらせながらも、彼とコルドはサナの方へ歩いた。
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『ようこそ、アプダスレアへ』と書かれた看板の建物の中に入った直後に、彼が一番最初にしたことは天井を仰ぎ見ることだった。というのも、巨人が住むのには遥かに低かったためである。
デュッケルクを出て、山を登る途中にセロらから聞いた情報に依れば、巨人の身長は平均で二メートルとのことだ。平均、ということは、普通に考えればそれ以上の身長の人が居ても何もおかしくはない筈であるが、何度見ても天井の高さが一般的な人族のもの以上に上がる事はなかった。
詰まる所、彼はアプダスレアである事を疑っていたという訳である。
「連れてきたよー」
部屋に入った途端、老婆が彼らの方に寄ってきた。
「おや、こんな遅くにご苦労様」
奥の方にはカウンターがあり、その奥には沢山の部屋の鍵がかけられた棚と、そこから少し目線を上げると料金表のようなものが掲げられていた。
「宿、でしたか」
「そうっぽいな」
「部屋はまだ空いているから、好きな部屋でいいよ。どんな部屋がいいかい?」
老婆が尋ねた。
「三人一緒の部屋で!」
「……へっ?」
サナの素っ頓狂な発言に、思わず彼も気の抜けたような声しか出せなかった。
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