第82話 ~感染源と海賊~
皆のお茶が終わる頃。
「陛下。ありがとうございます。御陰で、力も定着しました。」
手を握ったりして、感触を確かめながら、シグナルが御礼を言う。
「具合が良くなったなら、いいよ。けどさ、これからは、何かするときに先に教えてもらえると助かるかな。君が苦しみ始めて、気が気じゃなかったから。」
「陛下。臣下の身を案ずることにそのお心を費やすなど、不要でございます。一度忠誠を誓った魔界の者は、”魔王”のためだけに存在するのです。」
シグナルは恭しく跪く。
「いやいやいや。。。そんなのいいよ。重いよ。自分たちの幸せを一番に考えてよぉ。」
シグナルの熱い告白に、僕はたじろぎ後ずさる。
「あははっはは。良いじゃん。愛されててさ。」
ジルが僕の姿を見て笑っている。
「やめてよぉ。ホント、困るんだってば~。僕、みんなの命が大切だもの。心配くらいさせてよぉ。」
「あはははは。”魔王の力”覚えてる?あれは、魂に刻まれるんだ。だから、君を認識した魔物たちは、その気持ちとは関係なく、君を”魔王”と分かる。そして、その心で、君を認め忠誠を誓えば、シグナルのように、揺るぎない臣下となるのさ。たまに裏切るようなヤツは、その忠誠を誓わない心が悪い意味で相当強いヤツだね。」
そう言うことか。。。なんか急にシグナルが陛下。陛下って懐いてきたと思った。。。
「分かったよ。そこは諦めよう。けど、みんなを心配することくらいは、許してほしいんだ。これだけは止めろって言われても、どうしてもできないからさ。」
シグナルに、お願いをした。
「はっ。承知いたしました。なんという優しきお心。。。そのお心を傷つけることのないように、兵士達をより一層鍛え上げてみせます。」
「あ。うん。戦いがないのが一番なんだけどね。」
困り果てて、ジョージを見る。
「ふふっ。アル。軍はシグナル君に任せれば大丈夫そうだね。牛魔王みたいな事もあるから、兵士達が強くなって、犠牲者が出ないに越したことはないよ?」
「そうだね。」
「あの。皆様。よろしいでしょうか?」
その言葉に後ろを振り返ると、ドレスに着替えた王女ジェーンが立っていた。
寒い国特有の厚手の肌を覆い隠すドレス。
だが、その厚い生地でも、やせ細った身体は隠しきれない。
王女に相応しく、皆に向かって小さく膝を曲げ、会釈する姿は、優雅で品があった。
「皆様に助けていただきまして、心より感謝申し上げます。明日の朝を迎えられるかと毎日眠るのが怖かった事が嘘のように、身体が健やかであるのが実感できます。」
小さく首を傾げ笑った笑顔は、途轍もなく可愛かった。
王女ジェーンも僕たちの輪に加わる。
その姿を何も言わずにただただ頷く国王は、今は父親の表情をしていた。
「お話が途中になっていましたけれども、私が、その虫に付かれたとする話の続き。よろしいでしょうか。」
「もちろんだよ。聞かせてくれる?」
僕がお願いをすると、机の上の僕をそっと手で掬う。
「ねぇ?スライムさん?ちょっと私の膝の上にいてくれるかしら?あなたを触っていると、なんだか心が落ち着くの。」
「うん。いいよ。」
僕はなんのためらいもなく答える。
「ジェーン。そのお方は。。。魔界の王。”魔王”アル殿じゃ。不敬であるぞ?」
国王ガウディが止める。
その言葉に、ジェーンは身体を強ばらせた。
「あぁ。国王陛下。気にすることありませんよ。触った者の心を癒すという力をアルは持っているんです。その力は”聖”の力ですから、ご安心を。僕も仲間達も、皆、アルをよく撫でていますよ。」
ジョージがフォローする。
「ジョージの言うとおりです。僕、撫でられるの好きだから、気にしないで大丈夫です。あと、”魔王”って一応やってるんですけど、中身はただのスライムですし、人間界にいた頃と何にも変わってないんで、あんまり畏まられると困ってしまいます。」
ジェーンの手の中から、彼女を見上げ、笑いかけた。
「まぁ。魔王というのは恐ろしい者と教えられましたが、とてもかわいらしいのね。それとも、魔界にも王様はたくさんいらっしゃるのかしら?」
僕に対する警戒心を解いたように、指で僕を撫でながらジェーンが不思議そうに小首を傾げる。
「え?どうかな?魔界に他の王様って。。。聞いたこと無いけど。。。とりあえず、交代とかあるかもしれないんで、”魔王は怖い者”って認識を持ってた方がいいと思います。僕は人間界に手出しをするよりは、仲良くやりたい派なんですけど、いつその座が変わるかも分かりませんし。気をつけてくださいね。」
一応、僕の意向も説明し、魔界の危険さも伝えてみた。
「本当に変わってらっしゃるのね。でも、あなたを怖いとはどうしても思えないわ。」
口に手を添え、ふふっと笑う姿も愛らしい。
「そうだわ。あの虫のことをお伝えしなくてはいけませんわね。私も気付かなかったのですから、”たぶん”としかお伝えできませんけれども。」
そうして、王女ジェーンが話を始めた。
---私、病気になる前までは、お忍びで街へ出ることがたまにありましたの。
お城ではお金なんて使わないでしょう?だからこっそり侍女と私の髪飾りを売ったりして、ご飯を食べたり、洋服を買ったり。とっても楽しかったの。
同じ世代の侍女と歩いていると、誰も私の前に傅く者なんていないわ。
たまにね、「邪魔だ。」なんて怒られたりすることも嬉しかったの。
侍女にあまり迷惑も掛けられないから、本当にたまの楽しみでしたわ。
そんな時、青の国から見世物小屋がやってまいりましたの。
この国にはいない動物たちが見られると聞いて、どうしても見たくて。。。
けれど、見世物小屋は街よりも危険が多いと言われて、一度は諦めたんですけれど。。。
侍女の一人が、「兄は騎士団の兵士ですから。」って護衛をつけてくださる事になりましたの。
不自然にならないようにと、そして護衛者は一人の方が守りやすいという理由で、私と騎士の二人だけで出掛けることにいたしました。
恋人同士を装った方が、混雑した場所でも離れることがないからと、ダンス以外で初めて男性の手を握って。。。とてもドキドキして楽しかったですわ。
見世物小屋に入ると、いろいろな動物がいました。青の国に相応しく、水に濡れた動物が多くて。。。
大きなテントの真ん中には、プールが作ってありました。
それを取り囲むように観客席がありまして、動物たちが、芸を見せてくれたりするんです。
ワザと水をかけてきたりして、皆さん悲鳴を上げたりするんですけれど、笑顔で。。。
私もやってみたかったのですけれど。。。はしたないと我慢しておりました。
「姫?今日は私しかいませんから、どうぞ心ゆくまで羽目を外してください。他言はいたしません。」
って耳元でこっそり私に言ってくださったの。
私とても嬉しくて。。。
皆さんと同じようにキャッキャと声を上げてみました。
それは楽しかったですわ。
その中で、水兎という、水の中で生活するという兎が出て参りまして。。。
とてもかわいいんですの。
そして、観客の中から誰か一人、触らせていただけるというので、私も思わず立ち上がって手を挙げてしまいましたわ。
運良く、司会者の方の目に止まりまして、私、舞台の上で触らせていただけることになりましたわ。
「お忍びじゃ無くなってしまいましたね。」
ってちょっと呆れたように言われてしまいましたけれど、それでも、彼の手を離さずに舞台に上がって兎を抱かせていただきました。
ずっと彼の手を離さないから、司会者の方が私と彼をからかうんです。とっても恥ずかしかったですけれど、お客さま達も楽しそうに笑ってらしたし。。。でも彼を見ると、とても困ったような笑顔でしたわ。
その時、プールの動物が跳ねた水が、私にかかって。首の後ろがチクっとしましたの。
少し痛かったのですけれど、会場の雰囲気を壊してはいけませんでしょう?
そのまま我慢いたしました。
席に戻るときに、そっと首の後ろを触りましたら、ほんの少し、血が出ておりました。
きっと、石でも当たったのかと思っておりましたけれど。。。
今日のお話を聞いて。もしかしたらと---
王女ジェーンが楽しそうなデートの話を終えた。
「その水は、真水?それとも海水?覚えていないかな?」
ジョージが質問をした。
「何度も顔にも水がかかりましたけれど、塩水とは思いませんでしたから、真水だったのではないでしょうか?」
「その兎は、淡いブルーの兎ではなかったかい?」
「えぇ。とっても美しい淡いブルーの毛並みでしたわ。」
ジョージの質問に、手を合わせ、楽しそうに答える。
「それは海兎だな。確か、海兎が淡水で生活すると、身体の維持のために、毛の中に乳魔蛭を飼うと聞いたことがある。」
ジョージがため息混じりに頭を振った。
「海兎でしたら、確かに。しかし、あのモンスターを飼い慣らすような人間がいるのでしょうか?」
シグナルが訝しがる。
「僕も噂でしか聞いたことないんだが。。。国が離れているからね。。。こちらの海域の海賊が、たまにモンスターで興行していると聞いたことがあるんだ。船で飼っているモンスターを使ってね。」
「それだったら、海水で良いじゃん。どうして真水にするの?」
僕は不思議に思った。
「あぁ。自分たちの飲み水をモンスターに作らせるんだよ。たぶん寄港した際に真水を仕入れて、足りない分を海水からモンスターに作らせる。真水で飼い慣らされたモンスターの中には、海水を真水にするヤツがいるんだよ。」
ジルが応える。
「それで、偶然、王女様の首に乳魔蛭が?」
「たぶんそんなとこだろう。」
運が悪い。。。そんな言葉では表せないだろうな。。。
長い沈黙を破ったのは、王女だった。
「ふふっ。皆様。そんなに難しい顔をなさらないで。私のワガママから始まったこと。自業自得ですわね。それに、こうして助けて頂き、皆様と巡り会えましたもの。楽しかった思い出も、苦しかった思い出も、全て今に繋がっているのですわ。私、今とても心穏やかですの。それってとても幸せな事ですわ。」
僕を優しく撫でるその指からは、穏やかな感情が伝わってきた。
「ねぇ。その海賊って取り締まれないの?危ないじゃん。」
「アル?君は運良く7つの海を越えてきたかもしれないが。。。海にはモンスターもいる。危険なんだ。海賊の中には魔人がいたりして、どの国も海軍を作ることもしない。海上で起こる揉め事は目を瞑っているのが、現状なんだ。だから、海賊も港ではあえて揉め事を起こさない。暗黙の了解だ。」
ジョージが渋りながら話をした。
ガウディも力なく首を振っている。
「えぇ?ダメなの?シグナルはどう思う?」
「まぁ、我々に海軍を作れということでしたら、問題はありませんが。。。人間界への干渉をしないとお決めになったのは陛下です。それでもお望みになるのでしたら、人間界の国々を説得する必要があるかと。」
もっともな回答が帰ってきた。
「そうかぁ。そうだったーーー!!自分で言ったよね?いきなり約束を自分で破るとか。。。ダメだよな。。。それにな。他の国の王様とか知らないしな。。。地道にまわってみようかな。」
僕が一人ブツブツと身体を揺らして考え込んでいると、
「ふふっ。くすぐったいですわ。」
王女ジェーンが手を震わす。
「ごめん。ごめん。王女様の手の上だった。。。つい考えごとしちゃうと忘れちゃうんだよね。」
「うふふ。構いませんわ。」
ジェーンが僕の角をつついて遊ぶ。
「まぁ、緑の国としては、海上は不可侵領域としているから、魔王軍が海軍を出しても、何も言わないかな。もし、それを足がかりに攻め入るのであれば問題だが、海賊を取り締まる側だろ?願ったり叶ったりまでは行かないまでも、助かることは認めるよ。」
ジョージは真面目な顔で話をしてくれた。
「白の国としても、有り難いと言わざるを得ないであろうな。海上の揉め事は何も海賊同士だけではないからな。当然、商船や旅客船も狙われる。敵はモンスターだけではない。それ故に海の発展がなかったのであろうからな。」
ガウディも賛成してくれた。
「じゃ、魔界に戻って、みんなとも相談してみるね。船が造れるかどうかも分かんないし。。。人間界にいる海のモンスター達にも話を聞いてみたりしてさ。もし、海軍を作るかもってなったら、真っ先に相談にくるね。」
「あぁ。分かった。」
「何とも行動的な魔王殿であるな。」
非公式ながら、二国の了承を貰うことができた。
(なんだかんだいって、好き勝手に”魔王”やり始めてるな。)
そんなことをふと思ったのであった。




