第81話 ~乳魔蛭~
白の国、国王ガウディに連れられ、大きな扉の前に到着した。
「ここが娘の部屋ですが。。。今まで、世話の者に病気がうつった事はありませんが、何せどんな病気かも分かりません。皆様に入っていただくのは。。。」
ガウディはここに来て言いにくそうにしている。
皆を部屋へ入れることを躊躇しているようだ。
「国王陛下。アルの力をその身で体感したでしょう?僕は2度、命を助けられましたよ?大丈夫。アルが思いついたことが、今まで悪い方向に行ったことは一度もありません。アルを信じてください。」
ジョージが静かだが、力強くガウディに向かって頷く。
「うむ。。。それでは。」
ガウディは静かにその扉を開く。
王女の部屋。。。姫らしく落ち着いた中にもかわいらしさも混在する部屋。
しかし、何年も主が伏せっているからだろうか。生活感は一切感じられない。
掃除が行き届いているから?それだけではなく、使われた形跡すらない家具達。
その真ん中に、美しいドレープのカーテンがかかった、ベッドがあった。
たくさんのクッションを背にした王女は、綺麗な銀髪をしていた。
「あら、お父様。」
ガウディに目をやると弱々しく微笑んだ。
「今日はお客さまを連れてきたんだよ?」
ガウディはその横に座ると、王女の手を握る。
「皆様。いらっしゃいませ。このような場所から失礼します。私はジェーンと申します。」
ゆっくりと、それはゆっくりと会釈をした。
相当に辛そうだった。
「僕、アルって言うんだ。とっても美味しいお茶をもってきたから、王女様と一緒に飲みたいなって、王様に無理を言ってお願いしたんだ。いいかな?」
「あら?スライムなの?お話しできるなんてすごいわね。とっても可愛らしいわ。触ってみたいけれど。。。だめかしら?」
僕に興味を持ってもらえたようだ。
「ジェーン。この方は。。。」
「陛下。」
ガウディの言葉を、ジョージが止める。
僕はジェーンのベッドに飛び乗り、側へ行く。
「まぁ。不思議な感触ね。冷たくて気持ちいいわ。なんだかずっと抱っこしていたいくらいね。可愛らしすぎて、とってもほっとするわ。」
小さな僕を胸の辺りで撫でている。
だが、痩せすぎたその身体には、年相応にあるはずの、胸のふくらみはなかった。
押し抱かれた僕には、骨張った指と、肋骨の感触が伝わって来たのだった。
彼女の辛さとガウディを心配させまいと常に気丈に無理をして振る舞い、これ以上悲しませまいと、最早その命すら気持ちの強さのみで持ち堪えている感情が、僕に流れ込む。
(助けてあげたい。。。)
「あの。。。お身体に触れる不敬をお許し下さい。」
突然、シグナルが強い口調で言ったかと思うと、止める間もなく、彼女を抱きかかえる。
「きゃっ!!」
小さくジェーンが悲鳴を上げた。
「シグナル何をやってるんだ!!」
僕は慌てて止めようとしたが、
「やはりか。」
彼女の髪をどかし、首の後ろを見たシグナルが呟く。
「陛下。ジル様。ジョージ殿。私が彼女の血を吸ったら、すぐに彼女から引き剥がしてください。」
そう言うが早いが、シグナルが大きな口を開けた。
その瞬間、犬歯が長く伸び、彼女の首元に突き立てられた。
僕たちは意味も分からず、その行動を止めることができなかった。
シグナルの肩が息を吸うように大きく上がった瞬間、
「今だ!!!」
ジルが、シグナルに飛びかかる。
それと同時に、ジョージは王女を受け止めた。
僕は。。。特にやることがなかった。だって、スライムだもの。
「ぐっ。。。あぁぁっっ!!!」
王女から引き剥がされたシグナルは、その勢いで床に転げ落ち、そして苦しみ始めた。
「シグナル?どうしたの?」
処女の血を飲んで興奮したとかでは、全くない。。。
「しゅっ醜態を。。。すぐに。。。すぐに。。。」
言葉が続かないほど苦しんでいる。その額からは汗が噴き出していた。
「喋らないで。ゆっくりでいいから。」
僕は心配してオロオロしてしまう。
「大丈夫。お姫様は眠っただけだし、シグナルは毒の処理をしてるだけだよ?」
ジルが平然としていた。
「え?どういう事?毒なの?それなら今度はシグナルを助けないと。」
「大丈夫だよ。アル。心配しすぎ。ヴァンパイアだよ?勝算もなく血を吸わないよ。それにね。ヴァンパイアは体内で処理できると、それを自分の力にできるという能力があるんだ。このまま彼に任せておけば、彼はひとつ毒の能力を手に入れられる。だから、そっとしといてあげたら?」
「そういうことなら。。。そうなのかな。。。」
初めて聞く能力の話しだし、何の毒かも知らないし。。。
でもジルが言うことなら、信じた方がいいのかな。。。
「うん。僕を信じて。それから、せっかくだから、レイマンゾのお茶を淹れようか。お姫様が目覚めたら、飲ませてあげよう?毒が抜けたとはいえ、長い闘病生活で、体力が落ちているからね。」
「あの。王様。熱いお湯か、ミルクを用意してもらえませんか?」
ジルの言うとおりにすることにした。
「あ。あぁ。今すぐに。。。」
あまりの出来事に全くついて行けないガウディは、半ば放心状態だった。
ジョージが近くの者に指示を出した。
軽すぎる彼女の身体をいたわるように、ジョージはベッドへ寝かせた。
「う。うぅ。。。がっ!!がはぁっっ!!」
悶え苦しんでいたシグナルが、強く咳き込んだかと思うと、口から何かを吐き出した。
大理石の冷たい床に、黒い芋虫のようなものが転がる。
「はぁはぁ。陛下。。。こいつが、病の元凶です。」
苦しそうに肩で息をし、膝をついたままのシグナルが、芋虫を掴み上げる。
「うん。うん。でも、シグナルは大丈夫?」
「はっ。醜態を晒しまして申し訳ございませんでした。完全処理にはもう少し時間を頂きたいですが、問題ありません。」
そう言ってはいるが、未だ噴き出る汗と、整わない息の荒さが、シグナルの精神力の強さを物語っている。
(全然大丈夫そうではないけど。まぁ本人に任せよう。)
あまり介入しても、プライドを傷つけるといけない。
「これは。。。乳魔蛭かい?」
ジルが、芋虫をつまんで観察している。
「はい。あと少しで成虫になるところでした。我々が間に合って良かったですね。」
止まらない汗を拭いながら、シグナルが答える。
「まさか。。。乳魔蛭とは。。。この国では生息できないはずだが。。。」
ガウディが首を傾げる。
「そうですよね。。。我が国では見掛けることもありますが。。。それでも絶対数は少ないかと。」
ジョージも首を傾げた。
「ねぇ。乳魔蛭ってさ。こんな芋虫みたいなヤツだっけ?」
僕は違う意味で首を傾げた。
「陛下。乳魔蛭はその名の通り、幼虫は白く細いヒルです。しかし、一旦、生物に取り憑くと宿主の動きを鈍らすために毒を出しながら、その血を吸い、長い年月をかけ成虫へと成長していくのです。こいつはすぐにでも蛹になりそうですからね。丸々と太り、彼女の血で真っ黒になっているのです。」
「へぇ。そうなんだ。でもさ、どうしてシグナルはこいつを吸い出せたの?そもそも、なんで彼女の中にヒルがいるって分かったのさ。」
「乳魔蛭が宿った生物は、特にその毛色が変色するのが特徴なのです。白ではなく、銀に。。。この国の者は肌が白いですが、銀髪の者は見掛けませんでした。ですからもしかして。と。。。また、乳魔蛭は生物の首から侵入し、その付近に生息するのが特徴です。彼女の首に髪に隠れていましたが、特有の痣がありましたので、確信を持ちました。ヴァンパイアとしましては、血管内に潜む者ならば、吸い出すことなど、容易いので。」
肩で息をしながら、シグナルが説明をしてくれた。
「だが、そうなると、問題はいつどこで。となるね。この国には生息していないんだからさ。」
ジョージは顎をさすりながら考え込む。
「そうであったか。。。まさか、乳魔蛭とは。。思いもつかなかった。。。これほどまでに特徴が出ていたにも関わらず。。。」
ガウディが悔しそうに頭を振っている。
「国王陛下。無理もないでしょう。海外に行ってもいない者に、生息していない乳魔蛭の感染を疑う事は難しいです。それに、気付いたとしても一旦体内に侵入された乳魔蛭への対処の方法がない。」
ジョージがフォローをする。
「考えたくはないけど、誰かの差し金ってことはないの?」
ジルが問う。
「それは難しいであろうな。契約の印が見あたらぬでのう。」
オリハルコンの剣が語る。
ガウディは驚きの表情をするが、僕たちはスルーする。主に説明が面倒だから。
「ダルガさん。契約の印って、何なの?」
「うむ。乳魔蛭を暗殺対象者につけようとすると、首に直接乗せねばなるまい?ヒルを水槽にでも飼っていて、さらに対象者をそこに泳がせ、運良くヒルが食いつく。なんて不確かな事はせぬであろうな。となると小瓶にでも持っておき、隙をみて、対象者の首へ直接吸い付かせる。これが間違いがない。」
「うんうん。それで?」
「乳魔蛭の特徴として、白い幼虫時代は大量の水の中でしか生きられないのじゃ。小瓶に入れれば、すぐに死んでしまう。だが、契約の印をつけ、仮死状態で持ち運ぶことは可能でな。瓶から出し、生物の身体に触れた瞬間に目覚め、活動を開始する。この方法ならば、付着させることは容易い。」
「そうだね。」
「だが、しかし、じゃ。わざわざ、そんな面倒な事をして、さらには対象者は数年がかりで死ぬかどうかも分からぬ。という方法を、取るかの?それに、肝心の”印”はその虫には付いておらぬぞ?」
ダルガが説明を終える。
確かにそうだ。暗殺目的であるならば、足がつきにくいとはいえ、不確かな方法を選ぶとは考えにくいな。。。
問題は振り出しに戻ったわけだ。
「それでしたら、私、心当たりがございます。」
ジェーンが目覚めたらしく、弱々しくこちらを見る。
「お!おぉぉ。ジェーン!!」
ガウディが涙を浮かべて、娘へと駆け寄る。
「それじゃ、レイマンゾのお茶も入った事だし、少し飲んでから、話を続けようか?」
ジョージが淹れてくれたお茶をカップに移しながら、ジルが提案してくれた。
「シグナル?一滴だけその血をもらえるかい?」
ジルがカップを差し出す。
「構いませんが、まだ毒の処理が完全ではありませんので。。。」
シグナルは心配そうにジルを見る。
「大丈夫。彼女の中の毒もまだ少し残ってるみたいだし、ヴァンパイアの血があると助かるんだ。」
「ジル様が仰るのであれば。」
シグナルはナイフで指先を傷つけ、その血をカップに入れた。
「さ、飲みたくはないだろうけど、これを飲んで。」
ジルは血の入ったカップを王女へ差し出す。
ただでさえ、ドロッとした黒い液体の入ったカップ。
王女様の顔がこわばった。
力無い王女へ差し出されたカップをジョージが取ると、彼女の横にサラッと座り、彼女を抱き起こす。
「薬だけど、とても美味しいお茶なんだ。飲んでくれるかい?」
こういう時のジョージのイケメンっぷりは本当にすごい。
王女様がメロメロでんがな。
ジョージに勧められるままに、カップに口をつける。
「とても美味しいわ。」
一口飲む毎に顔に赤みが差してくる。
「良かった。」
ジョージは彼女の頭を撫で、王女はその腕の中でうっとりしている。
(なにやってるんだ、ジョージ。)僕は深いため息を吐く。
(ヤキモチを焼くとはかわいいの。)ダルガが脳内に侵入する。
(そりゃ、美人の王女様が相手だもの。気が気じゃないでしょ。)ジルが笑っている。
(もう、そんなんじゃないって~~~。)脳内で叫ぶ。
そんな僕を余所に、ジルがジョージに声を掛けた。
「ジョージ。アルがヤキモチを焼いてるから、ほどほどにね。」
「ん?彼女は病人だよ?優しくするのは当然だろ?まぁそう思ってくれるのは嬉しいけどね。」
なぜかウインクされた。。。いろいろと納得できないが。。。まぁ仕方ないか。
僕はお茶を啜りながら、一人ふて腐れるのであった。




