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『大きな世界の樹の下で』  作者: 星乃湶
=人間との出会い編=
7/322

第7話  ~スライムの正体~

 血だまりからの衝撃は凄まじく、体中を駆け巡るかのように大量の情報が流れ込んできた。


 この少女が記憶を持ってから、熊に襲われ、気を失うまでの情報が。流れ込む彼女の情報は、もちろん全てではなかったが、自分がその場に立ち尽くすには十分だった。


 「なぁ。大丈夫か?何が起きたんや。おい。」

 身体を揺すられて、ようやくホセの声に気付く。


 「大丈夫か?気分悪くなってもうたか?少し休んだらどうや?」

 「あぁ。うん。」

 心配してくれるホセに対して、上の空の返事をする。

 ホセはさらに心配して、僕を咥えて、血だまりから外に出す。


 そこから少し離れた場所で、霧散してしまったかのような僕の意識が、ようやくまとまり始めた。


 「大丈夫か?無理せんでええんやで。」

 ホセがずっと背中をさすってくれていた。

 「ごめん。随分楽になったよ。」

 力なく答えた。

 「そんなんええんや。気分が落ち着くまで、いくらでも待つから。お前は気にせず、ゆっくり休め。」

 ホセの優しさが本当に嬉しくしみ込んだ。

 だが、情報を元に考えると、時間が惜しかった。


 「心配してくれてありがとう。でも、もう一回あの子の所へ行ってくる。」

 「何言ってるんや。人間の事なんか放っておけ。生きてるお前の方が大事や。」

 「多分、あの子、死んでないよ。」

 「あの状態でか?」


 それもそうだ。あの出血量と傷で、まして女の子で生きてるはずなんてない。だが生きているのは間違いがない。だってあの女の子。。。僕だ。


 純粋には僕ではないのかもしれない。だけど、流れ込んできた意識と、僕の意識が一致した。

 何が起きたのかは、はっきりとはわからないが、熊に襲われ彼女は瀕死の重傷を負った。その血だまりから、僕が生まれた。薄っすらとびとびの記憶の中で僕は血だまりの中にいた。気が付いた時には、僕はもうスライムだったのだ。


 「とにかく、見てくる。」

 そう言い残し、走って駆け寄る。彼女の血に触れても、もう衝撃は来なかった。

 唇の近くまで寄っても息をしているのか、よくわからない。

 衝動的に、その唇を持っていた樹の露で濡らす。気のせいか唇が薄く色付いた気がした。

 今度はその口に樹の露を落とした。微かに唇が動く。

 「飲んだ。やっぱり生きてるよ。」

 その直後、確実に彼女の呼吸が感じられるようになった。か細く今にも止まりそうな呼吸だが。


 ガサガサッ。


 急な物音にハッと後ろを振り返る。


 「やはり、人間だ。酷い怪我だ。生きているのか?」


 身なりのいい若い男性が歩いてくる。

 急な出来事で、僕たちは逃げることができず、数歩後ろに下がるのがやっとだった。


 その男性は、僕たちをチラッとだけ見たが、急いで女の子の状態を確かめていた。

 「良かった。息はあるな。」

 そう呟くと、その男性は首に巻いていた真っ白な大判のスカーフを取り、彼女の傷口を覆い始めた。

 「家に戻るまで、なんとか持ちこたえてくれるといいんだが。」


 それを聞いて僕はたまらず、

 「その子をどうするの?」

 と言ってしまった。


 驚きに満ちた表情で男性は僕たちを振り返る。

 「話ができるのか?」


 「お前、人間の言葉を話せるんか?」


 えっ?何故かホセまでもが困惑の表情でこちらを見てくる。

 ん?僕は今、人間の言葉で話をしたのか。無意識で、気付かなかった。


 「みたい、だね。」

 まるで他人事のように答えた。


 「まさかスライムが言葉を話すとは…。」

 男性は顎をさすりながら、まじまじと僕を覗き込んできた。


 「もう一回聞くけど、その子どうするの?連れてかないで。」

 

 「あぁ。そうだったね。この子は傷が酷いんだよ。君には分からないかもしれないが、このままにしていると、死んでしまうんだ。だから、僕が連れて帰って傷を治してあげたいんだが。」


 「でも…。連れて行かないでほしいんだ。僕の友達なんだ。」

 連れていかれては困る。確かにどうしたらいいか正解が分からないが、とにかく僕の本体を連れて行くのは困る。


 「うーん。困ったな。では、君たちも一緒に来るかい?」

 とても優しい口調で尋ねられ、一瞬、「うん。」と答えそうになってしまった。


 「・・・。」

 僕は困って黙り込んでしまった。しかし男性は、そんな僕の気持ちを察して返答を待ってくれるつもりなのか、ゆっくりうなずきながら、少女に巻いたスカーフをきつく結び直していた。


 「ところで、君たちはどこから来たんだい?」

 男性はこちらに近づき、ホセを撫でながら質問をしてきた。

 「・・・。」

 答えに困る。


 「あっ。ちょっと待って。これ、見せてもらってもいいかな?」

 男性が急にホセの背中に装備したピックを指さす。

 「なんや、武器を取り上げる気か?」

 「えっ?いや違うよ。この鞘を見せてほしいんだ。」

 草がどうかしたんだろうか。

 僕たちの答えを待たずに、男性は鞘を外し、観察を始めた。おもむろに巻いてある草を取り、丸めた葉っぱを広げる。


 「やっぱり。。。ねぇ。君たち。この子を連れて行くのも、君たちが一緒に来るのも難しいんだよね?それなら、この葉っぱを拾った所へ連れて行ってもらう訳にはいかないだろうか。そうすれば、この子を助けてあげられるかもしれない。」

 僕たちに拒否権は無いかのように、男性は少女を抱え、

 「さぁ。案内してくれ。」

 と僕たちを促す。


 「どないする?」

 「悪い人じゃなさそうだけど。」

 こそこそと相談をする。

 「僕はとりあえずあの子を助けてほしいんだ。」

 「ホンマに知り合いなんか?」

 「うん。」

 「なら、しゃあないな。別に俺らだけの場所でもないし、あいつが境界線を越えられるのかもわからんしな。」


 意を決して、ホセの背中に飛び乗り

 「こっちです。」

 とロープの先を指さした。

 「ありがとう。感謝するよ。」

 ニコニコと優しい笑顔で礼を言うと、男性は僕たちの後をついて歩き出した。


 いよいよ境界線まできた。

 「いくで。」

 今回も突破できるんだろうか?覚悟を決めてホセが力任せに突入しようとする。


 「ん?ちょっと待って。もしかして君たちは知らないのか?」

 男性は不思議そうに僕たちを止める。

 「ロープがこの先にあるのだから、君たちはこの向こうから来たのだろう?この先には大きな樹がなかったかい?」

 「そうやけど…。」

 男性は巨木の事を知っていた。


 うん。うん。と僕たちの言葉を頷いて聞きながら、

 「それならね。ここは簡単に通れるんだよ。君たちもここへおいで。」

 としゃがみ込むと、ホセごと抱え込んだ。

 「それなら、俺たちはこっちに。」

 ホセは気を利かせて、僕を乗せたまま男性の肩へ移った。


 「助かるよ。では、見ててごらん。これが本物なら。」

 そう言うと、鞘にしていた葉っぱを取り出し、境界線に近づけた。すると、不思議なことにその周辺だけが霧が晴れていく。


 そしてそのまま、男性と僕たちは、いつもの苦労が嘘のように、すんなりと境界線を越え、安全圏へと入った。


 「あぁ。良かった。本物だったんだね。」

 「さぁ。行こう。」

 男性は迷うことなく、半周ほど回った、巨木の根元まで来た。

 「ここだよ。」

 

 男性は少女を樹の根元に優しく寝かせた。

 その場所は、僕たちがいつも寝床にしている場所と違って、洞が大きく、ちょうど、人が収まるサイズになっていた。

 

 まるで、我が家に帰って来たかのように、躊躇いなく動く姿に僕たちはぽかんとするしかなかった。

 そんな様子をみて、男性は、

 「不思議かい?僕もここへ来たことがあるんだ。」

 そしておもむろに首から下げていたロケットを取り出す。

 「ごらん。」

 その中には、小さな欠片のような、葉っぱが入っていた。僕たちも持っているこの樹の葉っぱだった。


 「こんな事って。あるんやなぁ。」

 狐につままれたような僕たちを気にすることなく

 「今から始まるんだよ。」

 と。それから、少女を巻いていたスカーフを外し、上衣を脱がせ始めた。


 「ちょっ。ちょっと待ってよ~。」

 慌てて止める。何を年頃の女の子の服を剥いでるんだよ。僕たちが人間じゃないからって、自重しろよ。

 僕が妄想とともに慌てふためいてパニックを起こしていると、

 「さすがにそれはアカンわ。」

 ホセも助け船を出してくれた。


 「えっ?」

 男性がキョトンとして手元に目を下ろす。

 「あっ。いやいや。そうじゃないって。違うよ。」

 慌てて少女にスカーフをかけた。

 

 「何が違うんや。」

 腕を組み白い目で見るホセ。僕もその横から、睨みつけた。


 「ごめん。そうだよね。何も説明しないのはダメだね。」

 勘違いされていることに気付き、顔を真っ赤にして俯き加減に答える。

 「これから、この傷を治せるかもしれないんだ。傷を見ずには治せないだろう?それに、僕は医学の知識もあるから。。傷だけを治したら何もしないから。。下心はないから。。安心して。」


 「口数が多くなるんは怪しいでぇ。」

 ホセは今度はいたずらっぽく言った。

 「もう。どうしたら信用してくれるんだい?」

 真っ赤な顔の男性が少女の身体を見ないようにして困り果てて言う。だが、その手はしっかりと傷口を押さえ出血しないようにしていた。

 

 「もう、大丈夫です。僕の誤解かもしれません。あなたが誠実そうなのは、わかりましたけど。。。こんな何にもない所で、一体どうやって、傷を治すのか教えてもらわないと。それまではそのスカーフは外させません。」


 「ありがとう。そうだね。順番に話をしていこうか。」

 「まずは、この樹のことからかな。」

 「いや。まずは自己紹介から、やな。」


 「そうだったね。僕はジョージと言います。ここからもう少し離れた、王都に住んでいるんだ。今日ここへは、大熊ビッグベアの討伐依頼があって来たんだ。だけど、情報が間違っていてね。まさか牙熊ファングベアがいるとは。きっとこの子も牙熊ファングベアの被害者だね。」


 大熊ビッグベアは熊よりは強いが、モンスターとしては大したことのないヤツだ。少し腕に覚えがあれば、倒せない事はない。だが牙熊ファングベアは一気に危険度が上がる。2ランクは高い。単独撃破は余程の者でないと難しい。基本はパーティーを組んで倒すモンスターだ。


 「それで、牙熊ファングベアはどうしたの?」

 僕はすかさず聞いた。そんなヤツがウロついている森なんて危険極まりない。今後の活動に関わってくる。

 「もちろん倒したよ。もう心配はいらないからね。」

 腰に差した剣に手を当て、大したことではないかのように、ジョージが答えた。


 「強いんですね。」

 「驚きや。見る目が変わったな。」

 二人で感嘆の声をもらした。


 「討伐依頼を受けるなら、牙熊ファングベアくらいは倒せないとね。」

 そう優しい笑顔でジョージは答えたが、なかなか難しいはずだ。討伐依頼を出して、すぐに動けるパーティーは少ないだろう。


 「それで、君たちは?」

 「そやったな。俺はサーカス出身のホセや。見たまんまのオウムやな。」

 「僕は。。。ブルートスライムです。名前はまだないです。」


 「へぇ。確かに血のような深紅色をしているもんね。角も2本あるし。尻尾も生えているし。初めて見るな。珍しい種類なんだね。だから言葉も話せるのかな?」

 

 いえ。確かに血だまりから生まれたのは珍しいでしょうが、尻尾はホセのいたずらですし、言葉話せるのも、元人間ですしね。

 すごいレアモンスターを見る目で興味津々に見つめてくるジョージに若干の後ろめたさを感じたが、何も全て話す必要もないんだし。と自分に言い聞かせ言葉を飲み込む。


 「スライムだからとかじゃなくて。その子のおかげかな。。。」

 軽く濁しておいた。とりあえず大きな解釈をすれば、嘘はついてないし。


 「でも、名前がないのは不便ではなかった?すぐに名前を付けるというのも、君の希望もあるだろうし、難しいよね。」

 少し思案して。

 「ホセ君は、なんて呼んでいたの?」

 「俺はそのまんま『スライム君』やな。」

 「『スライム君』が嫌でなければ、僕もそう呼ばせてもらってもいいかな?」

 常に優しい口調と笑顔を崩さず、初対面の僕にも丁寧に接してくれるジョージに、好感を持ちはじめていた。名前なんか特になんでもいい。

 「みんなが呼びやすければ、僕はなんでもいいよ。」


 「では、スライム君、ホセ君、次はこの樹について説明をしていこう。」 


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