第65話 ~コボルトのお願い~
「う。うぅん。」
コボルトの目が覚めそうだ。
「水を持ってきて。」
僕は近くの人にお願いする。
水が運ばれる。。。タライに入った水が。。。
「え?こういうときは、コップじゃん!タライでなにすんの?」
僕が怒ったので、運んできた者が困惑している。
何に使うのか分からなかったようだ。
(あはははは。アルー。素が出ちゃってるよー。面白いからいいけどさ。)
ジルから声が届く。
そうか。思わずね。。。失敗だな。
そしてコボルトが目を覚ました。
「大丈夫?」
僕が声を掛けると、コボルトはタライに目をやり、無心に水を飲んだ。
「ほらな。こういう時は水を欲するのだ。」
ドヤ顔でタライを持ってきた兵士に言う。
「えっ?誰かいるの?」
とコボルトがタライの周りを覗き込む。。。
ん?もしかして僕が見えてなかったのか?
「あれ?スライムじゃん。君が水をくれたの?ありがとう。」
めちゃめちゃ素直にお礼を言ってきたが。。。
その顔が見る見る青ざめていく。。。
(あははっは。アルー。面白すぎるよーーー。)
(コボルトでは、認識力が弱いかもしれんな。くくっ。)
脳内でジルとダルガが失笑している。
「あっ。あれっ?この感じ。。でもスライムだし。。え?どういう事。。。」
コボルトがなんとなく気付いたようだ。
「あの~。自己紹介が遅れましたが、魔王です。」
自分から言うのが恥ずかしすぎる。
魔物は本能で分かるとか。。。どこいったその能力!!
「うわ~~~~。」
コボルトは叫びながら、後ろに飛び退き、ひれ伏した。
ジャンピング土下座とは器用だな。
「すいません。すいません。」
なんか知らないが、謝り倒してくる。。そこまで謝ることでもないと思うが。
「良い。兵が手荒な真似をした。こちらが謝るべきだ。すまない。」
「え?えぇ?」
コボルトは”スライムが魔王”ということに驚いている上に、逆に謝られるという出来事に、理解不能の事態に陥っているようだ。
仕方ない。コボルトは知能も低めだったと思うから。
「そなたの話を聞きたいのだが。。。少し落ち着いた方が良いであろうな。」
あまりにもパニックに陥っているので、すぐに話も聞けそうにない。
「この者に食事と着替えの用意を。落ち着いたら、もう一度ここへ。無闇におびえさせるでないぞ。」
そして、今度は屈強な兵士ではなく、女官に伝える。
女性なら、少しは優しく面倒を見るだろう。
「皆も疲れたであろう。暫し休憩としよう。」
僕はそう告げると、隣の控えの間へ向かった。
「あ~。もうおかしくて、笑い堪えるのに必死やったで。」
ホセが床にのたうちまわって笑い転げる。
「うふっ。アルちゃん小さいから。タライの影になって、コボルトから見えなかったのね。」
静かだが、しっかりとシエイラも笑っている。
「コボルトなんて、ほっといても良いのにさ。傷なんかワザワザ治すから。魔物達がすっごい驚いた顔してたよ。。あはははは。」
ジルもお腹を抱える。
「くくっ。”今日は僕は貝になる”と言っておったのにな。しっかり行動しておるな。」
ダルガは、始まる前の僕の心を勝手に読み取っていた。
「まぁ。誰に対しても優しくて放っておけないのがアルですからね。」
フォローしてくれたかと思ったが、しっかりとジョージも笑っている。
「あ~~~もう。やっぱり僕に魔王なんて無理なんだよ~~~。」
僕はごろんと転がり、ふて腐れた。
「ま。僕たちもお茶でもして、少し落ち着こうか。」
ジルがゆっくり紅茶を楽しむ。
「けど、あのコボルト、可哀想ちゃう?この空いた時間、針のむしろやで~。落ち着くどころか、今頃、めっちゃ考え込んでるやろ~。」
ホセが果物を頬張りながら、笑っている。
そうかもしれないな。僕の意図を特に説明しなかったし。。。
可哀想だったかな。今更しょうがないけど。
コンコン
「コボルトが少し落ち着きましたが。いかがなさいますか?」
「分かった。すぐに参る。」
そして、脱ぎ捨てた衣装を再び着せられ、僕は玉座へと向かった。
そこにはすでにコボルトがひれ伏して待っていた。
「待たせたな。面を上げよ。」
僕の言葉に、コボルトが怯えながら顔を上げる。
「先ほどは。。。ホントにすみませんでした。」
今にも泣き出しそうな顔をしている。
「もう良いと言ったであろう?堅苦しいのは好きではない。気にするな。」
そう言っても、コボルトの緊張は解けない。。
う~ん。仕方ないな。これでは話が聞けない。
「では、こうしよう。そなたが気にしないよう、余が変わるとしよう。」
「・・・・・・。」
コボルトはキョトンとしている。
「だからさ。君の話を聞きたいんだって。何があったの?」
これなら、普段の僕でいけるな。
僕もラク。コボルトも緊張がほぐれる。一石二鳥だ。
「・・・・・え?」
コボルトは混乱している。
そりゃそうか。急に”魔王”がフレンドリーになったから。
「魔王様は、緊張するそなたの為に、合わせてくれたのだ。そう固まらず話をするがよい。」
ジョージがフォローしてくれる。
「そっそうでしたか。ありがとうございます。」
ようやく意味を飲み込めたようで、コボルトは少し落ち着く。
「それでさ。わざわざ危険を冒してまで、ここまで来た理由を知りたいんだけど。。。いいかな?」
膝の上で握っていた手を更に握り込み、一つ息を整えるとコボルトが顔上げる。
「はい。その為に魔王様にお会いしにきたのですから。」
覚悟を決めて、コボルトは話を始めた。
---事の発端は度重なる不作から始まった。
コボルト達は知能も低く、身体も小さい。他の魔獣の標的になることも少なくない。
その為、彼らが住む場所は他の者達が敬遠するような、不毛な地に行き着く事が多い。
このコボルトの集落もそんな場所だった。
木といえば葉も付けず腰の高さほどまでしか育たぬような不毛な大地。
狩りにするような小物もそういない。
時々蜥蜴などがいる程度だ。
虫や草を採り何とか日々を過ごす。
だが、魔界では、魔王に供物を捧げねば、その地に住まうことすら許されない。
僅かばかりの農作物や、蜥蜴などの小動物の乾物などは、自分たちで食することなく、領主に納めていたらしい。
それでも、人間界に行くよりは、魔界の方が安全なのでは。。。と手を取り合って頑張ってきた。
しかし、そこへ水が干上がるという事態が起きる。
1年目は雨が極端に少なくなった。当然、農作物も収穫量が落ちる。
2年目は雨が降らない。。。井戸の水を汲み、畑にまくが、当然足りない。
領主は2年は待ってくれたが、3年目はない。と言われていた。
そして3年目。危惧していた事態になる。井戸の水も干上がったのだ。
飲み水さえままならない。他の土地を探すにも、肥沃な土地には、強いモンスターがいる。
日帰りで行ける井戸は全て干上がっていた。
往復3日をかけて、水を運ぶ生活が始まった。
当然、栄養状態・衛生状態など悪くなる。
水を運ぶにも野宿が必要となり、複数人で出掛けても、運悪くモンスターに出会えば、死ぬ者が出てくる。
100名を超えていた集落は、井戸が干上がって、わずか3ヶ月で80名程まで減っていた。
そこへ、更に追い打ちを掛けるように、バッファローの群れに襲われたのだという。
畑は荒らされ、家は壊された。
集落の皆は、昔モンスターが巣として掘った穴に隠れ潜む。
逃げるにも、バッファローたちは、その付近を離れないのだという。
バッファローから逃げることも叶わない。
助かったとしても領主から許されることはない。
穴の中で死を待つのみ。。。と、集落の皆は諦めたという。---
「どうせ、死ぬんだったら。魔王様に直談判してからでも遅くないかと思って、僕は村を出てきました。バッファローの群れに会えば死ぬし、魔王城に辿り着いたって、魔王様に会えるわけないんですけど。兵隊さんに殺されるかもしれないけど。何もしないよりはいいかなって。。。」
コボルトは涙を流しながら、話を終えた。
(うわー。これちょっと。酷くない?ダルガさん。どんな納税課してんの?冷酷非情っすか?)
ちょっと冷たくオリハルコンの剣を見やる。
(いや。ワシ知らないし。コボルトから供物とか求めてないぞ?大した物が得られぬ位は誰でも分かる事じゃ。。。おおかた領主とやらが、勝手にしたことであろう?)
ダルガも呆れている。
(うーん。それじゃ。聞いちゃったしな、何もしないと後味悪いし。ちょっと納税に関してはてこ入れを。あとバッファローは討伐対象ってことで。。。やっても良いですかね?)
ダルガにお伺いを立てる。
(アルの初仕事じゃな。好きにやってみるがよい。)
良し。ではダルガの許可も取ったことだし。
「それじゃ、時間なさそうなんで。早速バッファローの討伐に行きます。集落の位置、分かんないんで、ナビよろしくね。」
僕はコボルトに軽く告げると、玉座を降りる。
「え?魔王様。ちょっとお待ち下さい。謁見の者達は。。。」
側近達が慌てている。
「えー?話聞いてたよね?すぐ行かないとコボルト死んじゃうんですけど。。。お客さんは今日は泊まって貰ったら?できるだけ早く帰ってくるからさ。じゃ。よろしく。」
戸惑いを隠せない側近は放っておく。たぶんどうにか出来るほど偉い人だろうから。
「ねぇ。ジル。連れてってもらえるかな?」
「もちろんだよ。」
すでにジルが楽しそうだ。
「どれくらいの人数で行くべき?」
「バッファローだろ?僕たちだけで十分だよね?ホセはどうする?」
「俺はパスに決まってるやろ。ひ弱なオウムは足手まといや。美味いもん食って待ってるわ。」
「じゃ、僕と、ジョージとダルガさん、それにコボルト君と。ジル大丈夫?」
「せっかくだからさ。竜で行こうよ。」
「いいね~。」
僕たちは遠足気分で会話する。
コボルトは幸せなことに意味が分かっていないようだ。
ジルの姿を見るまではそっとしておこう。
「じゃ、シエイラさん。あとは適当にお願いします。」
「分かったわ。アルちゃん。あなたも気をつけてね。行ってらっしゃい。」
なんか。。。僕はついでだな。。。
”あなた”のとこだけすっごく甘く聞こえたんだが。。。
夫婦だしな。。。すっごく嬉しそうに見送ってくるな。
あれはダルガに対して手を振ってるんだろうな。。。
若干、モヤモヤするが、気にせず行こう。。。
中庭に出ると、ジルが古代竜の姿となる。
「ギャーーーーー!!!!」
という叫び声とともに、白目を剥いてコボルトは気絶した。
「あはははは。ナビどうするの?」
「とりあえず、上空へ上がろうよ。」
「オッケー。」
今日は人数に合わせて、小振りな古代竜となっている。
「うわ~。凄いよ。さすがジルだね。。。」
優雅に羽ばたくジルからの眺めは最高だった。
「本当だね。魔界の景色も素晴らしい。」
薄暗い日の光の来ない世界。王城の周囲は真っ白に白銀に輝く世界。
そこを包むかのように、色のない、グレーの世界が水平線まで続く。
眼下に広がる雄大な自然を楽しむ。
王城の白銀の世界の境界線をなぞるように、ジルは旋回をする。
気絶したコボルトをジョージが介抱していると、ようやく目を覚ました。
そして、上空にいることが分かると。。。
「は。ははは。」
乾いた笑いと共に、また気絶する。
めんどくせぇ~~~~。
「アル。大丈夫。今一瞬だけど、方角は分かったから。」
ジルがコボルトの思考の読み取りを成功させたようだ。
「そろそろ起こしてもらっても良いかな?集落の詳細までは分からないから。」
ジルに言われ、コボルトに声を掛ける。
「ねぇ。起きて。おきてってば。」
僕がペチペチと頬を叩く。
「う。う~~~ん。」
ようやくコボルトが目を覚ます。
「もうすぐだよ?詳しい場所を教えて?」
目を覚ましたコボルトは驚きを隠せないでいた。
「僕5日もかかったのに。。。」
「え?じゃあ。新魔王への挨拶に来たんじゃないの?」
「えぇ。魔王様が交代したのは知らなかったんです。大きな魔人だと聞いてましたから。ほんとびっくりしました。」
そうか。あの時の反応はそういうことだったのか。。
「あっ。あの山の間を通り抜けたとこです。」
コボルトが指さす。
「オッケー。」
ジルが、隙間を縫って飛ぶ。狭い岩の間を通り抜けるとそこには。。。
「あれ。。。バッファローじゃなくね?」
思わず口に出る。
「あぁ。ホントだ。あの数。。。大丈夫だろうか。。。」
ジョージの声が曇る。
そう。眼下に広がるバッファローの大群は。。。
バッファローの3倍はあるかという体躯の”牛鬼”の大群だったのだ。
その数はざっとみるだけで、1000頭はいる。
凶暴・獰猛・残忍・エサは人。。。牛の頭に蜘蛛のような6本足。毒を吐き、鬼火を操る。
それが1000頭だ。。。
倒すだけなら、ジルの本気の一撃で問題ないだろうが。。。。
コボルトの集落を助けるという目的がある。
集落の場所すら見えないんだが。。。。
闘う前から、頭が痛くなってきた。




