第40話 ~迷宮管理人~
マロウさんの話を聞き終えた僕たちは、重く長い沈黙が続いていた。
「ところで、坊ちゃん。その傷跡の龍はまだ、完成していないようですが、どのようにして傷になったのですか?」
マロウさんが沈黙を破る。
「これはね。アルの力が暴走して、焼け付く程の熱を出した事があったんだ。その時にアルを抱き上げて火傷したんだ。2つの火傷が広がりくっつくように龍となった。手のひらの火傷はまだ、治らないけどね。」
「そうでしたか。それはアルさんが黄宝王玉を手に入れた後ですか?」
「いや?その前だよ。それとこの傷が関係あるのか?」
「うむ。難しい問題ですな。私は、黄宝王玉の力によって、『龍の民』が誘発したのかと思ったのですが、違うようですな。。。世界樹の力でもなさそうですし。母君から、継承したのやもしれませんな。。。」
「僕は母の死に目には立ち会えなかった。生まれた時にも痣はなかったようだし。。。」
「そうですか。龍も完成していないようですし、火傷も深いとはいえ、治りが遅いですな。それと、スライムが焼け付く熱を出すのも不可解。その温度で生きていられるスライムはおりますまい。少し様子を見るのが無難かもしれませんな。」
「そうだね。僕・アル・カルアが揃っていても何も起きていないしね。」
「それに関しましては、1つだけ。カルアが世界樹を離れていることが奇跡でございます。いくら、宝王玉の助力を得たとしても、世界樹を封鎖し、外に出られるなど、世界樹の歴史上、今まで一度も起きたことはないのでございます。」
「え?でも、カルアはさ、普通に確信を持った感じで、できるって言ったよ?」
僕はカルアを見る。
「そういえば。。。私、なんかそれが当たり前にできると感じたから。。。世界樹からの感覚って、ふと湧き出ることがあるでしょ?だから、今回もそんな感じなのかなって。。。そういえば不思議よね?」
カルア自身が首を傾げている。
「今後、何かが起きるやもしれません。カルアは世界樹に戻るのが良かろう。あまり留守にするのも心配じゃ。坊ちゃんとアルさんは、今後注意深くご自身を観察なさり、少しでも違和感を持った場合には、お互いに相談し合うことですな。」
「うん。そうするよ。ありがとう。マロウさん。」
僕はマロウさんの助言にお礼を言った。
「アルさん。少し散歩でもしませんか?知性を持ったスライムとは中々に興味深いですからな。。。3階層から、迷宮が広がっております。二人で散策しながらお話でもいかがかな?」
「いや。迷宮なんですよね?ちょっと僕には無理じゃないかと。散歩気分で入るところじゃない気が。。。」
「ははっ。ご心配には及びません。3階層は迷宮入り口。大したモンスターはおりません。アルさんにかかっている世界樹の加護があれば、寄りつくモノはいないでしょう。」
「では、僕たちは2階に降りて待っているよ。何かあれば、すぐに駆け付けられるだろう?心配しないで、行っておいで。」
ジョージが僕を撫でる。
「うん・・・」
あまり気乗りがしないが、マロウさんに付いていくことにした。
まずは機密保管庫の地下2階に降りる。1階降りただけで、禍々しい空気に変わる。。。
「なんや。ここ。。。」
「うん。ちょっと。アレだよね?」
初めて入る僕とホセは、ビクビクしながら、周囲を観察する。なんだか壁一面の本がこちらを見ているようで、気持ち悪い。
「ふふっ。嫌な感じだろう?僕もちょっと苦手だよ。」
「私もちょっと。負のオーラが漂っているようで。。。」
「何言ってんの?このビリビリ感がいいんじゃん!いかにも何かありそうって感じでさ!」
カルアだけが楽しそうだ。さすが、世界樹になるだけのことはあるな。
「では、アルさん。行きますよ?」
僕は無言で頷く。
マロウさんは両手を前に突き出し、扉を開くように何もない空間を押す。
すると、透明の扉がゆっくりと開いていく。。。不思議な光景だ。
奥には、緑色の魔法の光に照らし出された、地下への階段があった。
僕はマロウさんに促されるまま、階段を下りる。後ろで扉は音もなく閉まっていた。
地下3階層に到着すると、何もない、ただ一面フロアが広がるだけの空間だった。
「マロウさん。迷宮じゃないの?」
僕は迷宮の名にふさわしい、迷路があるのかと思っていた。なんだか拍子抜けの気分だった。
「アルさんは、どんな迷宮を想像しておられたのかな?ここはまだ最初の階。いわば入口です。何も無くてがっかりでしたかな?ですが、冒険者は明かりも無く、このだだっ広い空間の中から、床に小さな穴が開くだけの階段を見つけなくてはならないのです。意外に苦労すると思いますよ?」
そう言われて気付く。確かに明かりがない。燭台を掛ける壁すら無いのだから、当然ではあるが。。。
僕の視界は、マロウさんの幻影が緑の光を纏っているために周囲を確認することができていたのだ。
先程の言葉を証明するかのように、マロウさんがひと際明るく光を放つ。。。
その光で見た光景に僕は言葉を失う。
ただ一面、見渡す限り何もない。当然、階段など見えるはずもなく。。。
「これ、どうやって地下の階段を探すの?」
「運が良ければ、すぐに見つかりますよ?」
大したことではないかのように、平然とマロウさんは答える。
目印も何もないのだ。マッピングすらできない。僕たちが降りて来た階段は、暗闇に溶け込み少し離れたら、その場所すら分からないだろう。
モンスターの気配はしないので、安全と言えば安全なのだろうが。。。いきなり攻略に不安を感じる迷宮だ。
「さて、せっかくの散歩ですので、他の階も見て回りますか?」
「マロウさんは、階段の場所、分かるんですか?」
当たり前の事だが、不安なので確認しておく。
「まぁ、一応、この迷宮の管理人ですのでね。見て回れる部分は把握しておりますよ。この辺りは人間時代に何度も入りましたしね。目を瞑っていても分かります。」
おぉ~。っと思わず声に出る。他の階も見て回りたいが、用件を先に済まそう。
「とりあえず、時間の関係もあると思うんで、話をメインで。散歩はオプションって事でお願いしたいんですが。。。」
「そうですか。ではそのようにいたしましょう。」
僕たちは何もない空間をゆっくりと歩き始める。
「では、早速ですが、お話を進めさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「あっ。はい。よろしくお願いします。」
二人にならなくてはいけない話とは一体なんだろう。と少し身構える。
「アルさんの本来の姿は?」
「え?」
突然の事に頭が追い付かない。どこまでバレているのか。どこまで話すべきなのか。。。
「元々は人間だったのではありませんか?『元々』というのはおかしいでしょうか?まだ、繋がりがあるようなので。」
「僕は、あの~。その~。」
言葉が続けられない。
「ふむ。何か言い淀むような訳でも?まぁ、得体のしれない私に秘密を打ち明けるのを躊躇するのが、一番の理由ではありましょうが。。。私は樹木精霊。ここより動くことはありません。これから先、多少の力になれることもあるでしょう。よろしければ、胸の内をお聞かせください。」
「信用してないわけではないんです。でも。。。」
「では、こうしましょう。あなたが最初に図書館へ来た時の事を覚えていますか?あなたが、心で伝えようとしたことを私は読み取ることができる。あなたの本来の姿を思い浮かべてはどうでしょう?それを見て、その話題を続けるべきか判断いたしましょう。」
僕の気持ちは関係ないのか。。。だが、味方に付いてくれるならば、これほど心強い人はいないだろう。この先ここなら、情報も力も得ることが出来る。
「誰にも話していないんだ。。。。」
「大丈夫。私は誰にも話しませんよ?」
よし。ここは心を決めよう。そして僕は本来の姿『サクラ』を思い浮かべる。
すると、『サクラ』の幻影が目の前に浮かび上がる。目を開けて立っている姿を久しぶりに見る。なんだか、スライムの身体に馴染んで、目の前の『サクラ』が遠い過去のように感じた。
「あぁ。アルさんは女性でしたか。。。だが、今は、スライムの”雄”といったところですね~。これは、躊躇する気持ちが分かります。」
「う~ん。これは。。。今の状態を詳しく教えて欲しい所ですが。。。女性に事細かにお聞きするのは失礼でしょうねぇ。私のこの姿も樹木精霊から譲り受けたもの。あなたの姿を見せていただいたので、私も、世界樹になる前の本来の姿になりましょうかね。お互いの姿形だけでも、隠さずに。。。」
そう言って、マロウさんの身体から、光が消えていく。そして再び光り始めると、小柄なおじいさんの身体が、徐々に大きくなり、皺の刻まれた皮膚は艶を帯びる。引き締まった筋肉に、厚い胸板。短髪の赤い髪はトサカのように立ち上がり、日に焼けた褐色の肌に白い歯が見える。
そして。。。。カッコイイ。。。
ジョージが上品なイケメンだとすると、マロウさんはワイルドなイケメンである。
「ふっふっふっ。驚いたかい?ま、人間の姿で長かったのは、賢者の身体だけどな。あれも貰い物だったからなぁ。これがホントの姿だな。」
話し方もワイルドになっている。
「なんか。雰囲気まで変わるんですねぇ。」
「そりゃあな。これで、ジジイの話し方は合わないだろ。。。」
(もっともだ。そのワイルドさでさっきの喋り方だと気持ちが悪いな。)
「俺の生まれは漁師町だったからな。言葉遣いもあんまり綺麗じゃないな。さっきの方が良けりゃ、戻すが、どうする?」
「その姿でいくんなら、そのままでオッケーです。」
「いやぁ。話の分かるヤツで良かったよ~。」
(最早、別人なんですが。。。)
「で、話の続きなんだけど、その女の子の身体はどうしたんだ?それが消えてスライムになったのか?」
(う~ん。もう隠すのも面倒だな。。。)
そう思い、全てを話すことにした。
「そうか。。。そんな事になってたのか。。。不思議だな。。。ところで、本体の女の子の身体は、坊ちゃんの所なんだろ?大丈夫なのか?」
「あぁ。やっぱりマロウさんにも分かります?一抹の不安が拭えませんね。」
「だよなぁ。可愛いもんな。俺も樹木精霊の爺の姿じゃなけりゃ、彼女にしたいもんな。」
「あっ。もうこれ以上ややこしいのは面倒なんで。おじいさんのままで余生をお楽しみください。」
「なんだよ。つれないな。ま、俺のこの姿は、迷宮限定だから。安心しなよ。」
そういいつつ、『サクラ』の幻影の肩を組む。
「あぁ。だからそういうの、いらないっす!」
「アッハッハッハ。ま、人間の姿に戻れたら、迷宮でデートでもしようや。」
「まぁ。戻れるか分かんないですけどね。”世界樹の精”の問題もあるし。」
「だな。あとの問題点としては、アルの身体から発してる”闇”の力なんだが。。。何を持ってるんだ?」
それまで分かりますか。。。魔王から渡された『魔宝玉』の事だよなぁ。魔王の加護がかかってるらしいし。。。
(こうなったら、それも言っとくか。)
魔王との遣り取りも漏れなく伝えてみた。
「ちょっと待て。。。お前はどうしたら、この短期間に、そんなに問題ごとを抱えられるんだ?”聖”と”魔”の加護って。。。身体おかしくなりそうだな。」
「あ~~~~~。そういうことか!!!」
突然、繋がった。
「なんだ?急に。」
「こないだ、魔王に会ってから、僕、7日くらい眠り込んでたらしいんですよぉ。何しても起きなかったって。それで、世界樹に連れて行かれて、カルアに起こされたんですよぉ。そういうことだったのかぁ。」
「あースッキリした。」
「いや。逆にこっちはモヤモヤするよ。」
マロウが眉間に皺を寄せる。
「え?なんで?」
「お前、魔王どうすんだよ?何も起こらないはずないだろ。」
「ま、何とかなるんじゃないですかねぇ?」
「能天気にもほどがあるな。。。」
緑色の魔法の明かりの中に、スッキリした僕と、頭を抱えるマロウが浮かび上がっていた。




