第4話 ~修行しよう~
しばらく枝の上で景色を楽しみ…
そして問題は発生する。
(どうすんの?これ…)
「ホセく~ん。ちょっと困ったことに気付いたんですが。」
引き攣った笑顔でホセを呼ぶ。
「んん?なんや?どうせ降りられないとか言うんちゃうか?」
「えっ?なんで分かるの。」
「やっぱりな。」
「だいだい、初めて高いところ登るやつは、帰りの事なんて考えてへんやろ。降りよう思うて足元見ると、大概、怖なるもんや。」
「俺の背中に来い。一緒やったら怖ないで。」
なんと頼もしいヤツ。助かった~。ではお言葉に甘えて。
ホセの背中に乗る。暖かくてふかふかで。なんという安心感。
ホセが枝から優雅に羽ばたく。安定した飛行で樹をぐるりと一周した。
恐怖感が薄れ、景色を見る余裕ができた。
「どや。大丈夫か?」
「ありがとう。もう大丈夫そうだ。」
「そうか…」
ホセが一際低い声で。ニヤリと不吉な笑みを浮かべて言った。
ん?
急激な浮遊感。
「ーーーーーーーーーーー!!!!!!」
きゅっ、急降下しやがったーーーーー!!!
「ちょ、ちょっと…ホ、ホ、ホセくーーん?」
「なんや。下に行かんと降りられへんやろ?」
悪い笑顔で言わないで。
「こ、これは。ないんじゃないかな?」
そう言ってる間にも地面が近づいている。
「うわーーーーーーーー!!!!」
目を閉じたい。が、あまりの恐怖で目を閉じることさえできない…
地面に衝突した…と思った瞬間。またも身体が浮き上がる感覚が。
「今度はスパイラルやーー!!!!」
ホセの嬉々とした声とともに平衡感覚が失われる。
今、どうなってる?空と地面がぐるぐると回る。
ドリルのように回転しながら、樹の枝の隙間を潜り抜け…
しばらくして、もうホセにしがみつく力も失せる頃。ようやく地面に降り立った。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
心からの安堵で倒れ込む。
「どうやった?俺の飛行技術は?楽しんでもらえたか?」
ドヤ顔でホセが胸を反らす。
「もういっちょ行くか?」
いたずらっぽい笑顔でホセが言う。
驚愕のホセの発言に一瞬顔を上げたが。
「いや、もう、無理、です。」
パタリ。意識が落ちた。
そよ風が気持ちいい…柑橘類のいい香りがする…
「目ぇ覚めたか?」
ホセの優しい声がして、ゆっくり目を開ける。
「すまんかったな。悪ふざけがすぎたわぁ。」
ホセが落ち葉で僕を仰ぎながらかるーい謝罪をする。
ん?何がだ?
「あーーーーっっ!!思い出した!!お前ひどいよぉ。」
「まぁまぁ。そう言わんと。優雅な飛行は満足できたんやろ?」
「まあ。そう。だね。」
確かに、ホセの無茶ぶり以外は良かったな。
「高所恐怖症ってわけやなさそうや。慣れれば、二人でどこでも行けそうやな。」
そうか。危ない森を歩いて行かなくても、空からの道が広がってるな。
中々名案かもしれない。
そんな訳で、現在飛行特訓中である。
叫び声を上げようが、誰も助けに来るはずもなく…疲れるだけと気付いてからは、無言でやり過ごしている。
小休止を取るために見晴らしのいい枝に座った。
「なぁホセ。気になってたんだけど。」
「昨日の話しの続き…ずっと僕に付き合ってくれてるけどさ。ジョセフィーヌちゃんの事はいいのか?」
「あぁ。ずっと考えてる。」
サーカスを飛び出しはいいが、二人でどう行動をすべきなのだろうか…か弱い女性を護りきれるだろうか…
柄にもなく、ホセは真剣に悩んでいた。
「ホセ様。私はあなたを信じています。ですから、思うままに。どのような結果になろうとも後悔など致しません。それが私が決めた道ですから。」
たった数日過ごしただけなのに…まっさらに信じてくれるジョセフィーヌちゃんの気持ちが嬉しくもあり、責任の重さを感じる。
「大丈夫や。しばらくこの辺りで生活して、ほとぼりが冷めたらサーカスに戻ろう。うちのサーカス団もじきに次の町へ行くから。」
「皆様とまたご一緒できるのですね。楽しみですわ。」
ひと際元気に美しい声でジョセフィーヌが答える。
そんな気丈にふるまう彼女の姿が、ホセに責任の重さをより痛感させた。
小さな公園の誰もいない遊具の手すりに2羽で並び、ホセはこれ以上彼女を不安にさせないように他愛のない会話を続けていた。
「おい、オウムがいたぞ。」
囁くような小さな声が聞こえたかと思うと、数人の人間が公園に近づいてくる。
身体が大きく派手な色をしているホセだけしか見えていないようだ。
「ジョセフィーヌちゃん。逃げる準備を。」
ホセは周囲を警戒しつつ、ジョセフィーヌに声をかけ、人間の出方を窺った。しかし、そんなことに慣れているはずもなく、ヒュッという音がしたかと思うと、ホセの肩口に何かが掠めた。
(っっ!!しまった。吹き矢や。)
「ジョセフィーヌちゃん。いくで。」
2羽は慌てて、その場を飛び立つ。
「当たったぞ。逃がすな。生け捕りにしろ。」
叫ぶ声を後ろに聞き、ホセは自分の行動の甘さを後悔しながら、ジョセフィーヌを森の方向へと誘導した。
「ごめん。俺が浅はかやったかもしれん。」
必死に飛ぶジョセフィーヌを人間の追手から、庇う様にホセは乱飛行していた。
「だ。大丈夫です。いけるとこまで。がんばりましょう。」
ジョセフィーヌの息が上がっている。あと数分、飛べるだろうか…。せめて森に入れば隠れ場所はいくらでもある。それまで、なんとか持ちこたえてくれ。
ホセは祈る気持ちで羽ばたきを強めた。
(なんとか、ジョセフィーヌちゃんだけでも森へ。)
ホセはジョセフィーヌが吹き矢の的にならないように上下左右に飛行を続けていた。体力を消耗する。しかし好きな女性を守りきるため必死だった。
それが裏目に出たのだろう。今は意識して上下左右に飛行しているわけではない。飛行を続けるのが精一杯で、自然と飛行が乱れる。しかし、この程度で体力に限界がくるのがおかしかった。
(あの吹き矢…。何が塗ってあったんだ。)
強い頭痛とともに視野が狭くなってくる。
「もういい。打ち取っても構わない。」
あの貴族の声が遠くに聞こえた。その後に続く犬の鳴き声。
(バカ貴族が。狩りに変更かよ。)
「ジョセフィーヌちゃん。死ぬ気で森まで飛ぶんやっ。何があっても後ろを振り返ったらあかんでっっ。」
「私、ホセ様と一緒じゃなきゃ…。」
「かっこええこと見せるだけや。すぐに追いつくから。安心しててや。」
そう言って、ホセはスピードを落としてUターンをする。
その姿を横目で見たジョセフィーヌは、涙を堪え一呼吸整え。
「絶対迎えに来てくださいね。」
ホセに向かって大きく叫ぶと、覚悟を決めて森へとより強く羽ばたいた。
ジョセフィーヌが森の入口へ着いた頃、随分と右に離れた方角から銃声が聞こえた…。
「まぁ。こんな感じやったな。俺のカッコよさは3割増しやけどな。」
冗談っぽくホセが言った。
(ホセのやつ…軽い感じで締めくくったけど…)
「なぁ。ホセ。探しに行こう。」
「うーん。お前は知らんかもしれへんのやけどな。鳥っていう動物は、飛ぶために身体を極限まで軽くするように進化してきたんや。だから、飲食は1回の量は少なくて、回数を食べるんや。1日食べる事ができへんだけで、死ぬかもわからん…俺が目覚めて5日って言うたよな。お嬢様育ちのジョセフィーヌちゃんやからな。」
ホセが言葉を止めた。それ以上言わなくてもその先は俺でも理解できた。絶望的だ。
「俺はあきらめの悪い男や。ジョセフィーヌちゃんのための食料や水を持って探しに行こう思ってたんやけどな。ここには持って行く物もあらへんかった。」
(ホセの朝の行動はそういうことだったんだ。食い意地はってるとか思って悪かった…。)
「なぁホセ。水なら少し集めてあるよ。ひと舐めで僕たち生きてるんだから、もしかしたら、すごい栄養満点な水なのかもしれないし。2人で行けば、森の危険も探しやすさも違ってくるよ。」
「おまえホンマにええやつや~~~。」
バシバシと叩きながら喜んでくれた。
それから、小さな木の枝をホセが器用にかじりピックにしてくれた。僕専用武器だ。
敵に遭遇した場合は、逃げる。が鉄則だが、万が一逃げ切れない時のために、ピックの練習をする。ホセが僕を逆さに掴み、敵の代わりに的にした草を、ピックで刺すように攻撃する。今度はホセの尻尾に捕まり、ピックで切り裂き攻撃。
何度も練習をして安定して草を刺したり切り裂いたりできるようになった。虫もいないので、実践はできなかったけれど、逃げる前提だし、万が一の時にはピックすら使えないかもしれない。気休め程度の実力しかないのは仕方ないのだ。
「日暮れまでもう少しあるし、ちょっと練習がてら、そこら辺でも出てみるか。」
ちょっとした武器を持ったことでちょっとの自信。すぐそこに行くくらいなら、獣やモンスターに遭遇する確率も低いかなー。なんて。散歩程度に提案してみた。
「そやな。いきなりは危険やしな。ちょっと出てみるか。」
ホセが少し考えて答えた。
寝床に戻り、一応準備をする。あの枯れない落ち葉を適当な大きさに切り、くるくると巻く。さらに草を巻き付け即席のピック用の鞘を作った。さらに草を編み込みハーネスを作って、ホセに着けてもらう。
ホセの背中に飛び乗り、ピックを掲げ…もう気分は騎士だ。
「おぉ。なんや、カッコだけでも気分がちゃうな。いける気ぃがしてきたわ。」
ホセも翼を広げてポーズを決める。まだ、地上なんですがね。気分とポーズだけは一流だ。
「水も用意せんとな。」
「あぁ。水はもう持ったよ。命綱だからな。奪い取られないように隠し持ったよ。」
「さすがやな。」ホセが感心したように言う。
(ごめん。ホセ。)
まさか頬袋に貯めてる。なんて言えない。ドン引きされるわ。
「さぁ、そこら辺だけだし、準備はこれくらいでいいだろう。出発しますか。」
「ほな、しっかり捕まってるんやで。いざ冒険へ。」
『しゅっぱーーーーつ!!!!』
2人は大空へと飛び立った。




