第34話 ~世界樹になった者~
カルアが樹へと戻り、僕は世界樹の枝に一人残された。
遠くに街の明かりを見ながら冷たい夜風にあたる。。。
樹上は空虚感に襲われた僕に、静かな時間を与えてくれた。
カルアと世界樹。。改めて重圧がのし掛かる。
そして、今まで、自分がスライムに生まれ変わった事に対して、見て見ぬフリをしてきたという事を、実感した。
瀕死の重傷を負い、死ぬでなく。生きるでなく。身体は魂を失い空の器となり、心はスライムとなる。
そんな状態が、普通であるはずがなかった。。。
『なんとかなる。』などと言って、真実を見ようとも探そうともしていなかったのだと。。。
--世界樹--それは確かに存在するが確かな存在は分からない伝説の樹。
そこに介在するものがいるなど。。。
それを維持するためには、世代交代は須要であるなど。
そしてそれが自分に降りかかる問題になるなど。
考えが及ぶ訳がなかった。。。
世界樹を失う訳にはいかない。
けれども自分が世界樹になるなど想像もできない。
だが、問題が至緊至要であることだけは理解できた。
頭の中は一杯なのに。心はひどく虚ろで。。。どこか他人事のように実感が沸かない。
答えなど出るはずもなく、時間だけが過ぎていった。
暫く樹上にいたが、時間経過とともに、不安感が襲ってきた。。。
僕はこれからどうしたらいいんだろう。。。どうなるんだろう。。。
トボトボと樹を降りる。降りた先にジョージが眠っていた。
一人になりたくなくて、ジョージの腕の中に潜り込む。
ジョージが無意識に抱きしめてくれる。
いつもサクラに寝ぼけて抱きつくのは許せなかったが、今の僕にはその腕が温かく、安心感を与えてくれて。。。僕はぬくもりを探すようにジョージの腕に身体を預けていた。
眠れないと思っていたが、いつの間にか寝ていたようだ。。。
「おはよう。アル。」
ジョージが優しく僕を見つめ、頭を撫でる。。。
「おはよう。ジョージ。」
目が覚めると同時に昨晩のカルアとの遣り取りが僕の心に流れ込んできた。
「元気がないね。君から僕の所に来るなんて、怖い夢でも見たのかい?」
夢?そう全てが夢であったら良かったのに。。。
「ううん。なんでもない。。。」
言葉が続かない。説明のしようがないんだから。
「そうか。何かあれば、遠慮無く言ってくれていいんだよ。アル。僕はいつでも君の味方だからね?」
いつものジョージのキザな台詞も、今の僕には心に染み渡るようで嬉しかった。
「ありがとう。ジョージ。」
どこかからか、良い匂いがしてきた。
「僕たちも手伝いに行こうか?」
ジョージが立ち上がる。
キャッキャッと声がする。世界樹の幹を半周した辺りで、リリィと妖精がフィールドレンジで何かを作っていた。
「あら?ジョージ様。おはようございます。」
「おっはよー。よく眠れた?」
なぜか女子二人、テンションが高い。
「僕たちも手伝おうか?」と言うジョージに
「もうできますから。そちらでお待ちになっていてください。」とテーブルを勧める。
「ほな、お言葉に甘えて。」
バサッバサッといつの間にかホセが隣に来た。
「そうだね。二人とも楽しそうだし、お任せしようか?」
そう言ってジョージが席に着く。
「お待たせー。」
カルアが食事を運んでくる。実際にはカルアの魔法で、皿が宙を飛んで運ばれてくる。
テーブルにはフレッシュフルーツがたっぷりとのった目にも鮮やかなパンケーキが並んだ。
「え?これどうしたの?」
ジョージが目を丸くする。
「かわいいでしょ?作り始めたら、ついつい盛り上がっちゃって。」
妖精がパタパタとパンケーキの上を飛び回りながらはしゃぐ。
「作るって。。。」
ジョージの言葉が詰まる。
「どうかしたの?ジョージ。パンケーキ嫌いなの?」
僕はジョージの言っている意味が分からず聞いてみる。
「今回は長く滞在する予定は無かったし、人数も少ないからね。これほどの材料は持ってきていないはずだよ。ましてフレッシュフルーツなんてね。そうだろ?リリィ。」
「えぇと・・・」
リリィが返答に困っているようだ。
「私が提案したんだよ?戦闘糧食じゃ味気ないでしょ?」
そして説明が始まった。
何も無い場所へ出かけるのだからと、数日分の食料を用意するのは当然であったが、当初予定は日帰り。その為、当日分の食料は中間食も含めて準備されていた。
万が一の、2日目以降は1日目の残りと戦闘糧食を組み合わせていくことになっていた。
メインの食材や戦闘糧食は、賢者であるリリィが空間圧縮にて持つ。非常事態用としての戦闘糧食は当然ジョージも持っていた。
それを聞き、カルアは愕然とする。昨日のお茶もカレーも本当に美味しかった。。。
(せっかく食べることができるって分かったのに、戦闘糧食なんてあり得ない!!)と。
そこで、リリィのバッグから食料を全部出し、吟味する。
目を付けたのが、ドライフルーツだった。
「いいもの、持ってるじゃん!」
その言葉と同時に魔法が繰り出される。
ドライフルーツが土の中に入ったかと思うと、空中から水が降り注ぐ。地中のドライフルーツが芽吹き、みるみる成長する。あっという間に実をつけ、収穫し、そのまま枯れていった。
賢者であるリリィですら、見たことも聞いたこともない現象で、袖手傍観するだけであった。
収穫程度なら手伝えたのだろうが、起きている現象をみているだけでその時は精一杯だった。
「それは、それは、言葉では言い表せない程、素晴らしい魔法でして。。。」
リリィが思い出して、うっとりしている。
「食べたいってだけで、材料調達から始めるとは。アホやな。」
「ドライフルーツでも美味しいのにね。」
「そんな力もあるのか。。。」
「え~。文句があるなら食べなきゃいいでしょ?」
ふて腐れた妖精が一番大きいストロベリーに齧り付こうとした。
「あ~。文句なんていってへん。俺はフルーツ大好きやねん。それは俺が狙ってたヤツや~!」
カルアとホセが下らない争いを始めた事をきっかけに、食事が始まった。
「とても美味しいよ。収穫時期も産地も異なるフルーツをこれだけ旬の時期以上に美味しくするとは。。すごい魔法だね。」
ジョージが感嘆の声をもらす。
「すごいでしょ?やればできる子なのよ?ま、世界樹の力なんだけどぉ。」
それは、時間を操る能力なのだという。
「時間支配まではできないんだけど。サクラちゃんの命を繋ぎとめたのも、この力の一種よ。成長を早めたり、遅くしたりできるの。虫もつかないし、完熟した一番おいしいとこで、収穫できるわ。」
「だが、ここの場所には特定の植生しかないが。。。」
「もちろんよ。だから、空間魔法と、時間魔法。それに世界樹の雫。それから、さらに美味しくするためにちょっぴり世界樹の力でお手伝いしてね。」
(食べるために、そこまでするとは。食い意地の張り具合がもの凄いな。。。)
(ちょっと、失礼ね。あんたみたいに、死にかけのスライムで”世界樹の実”を食べるよりよっぽどマシなんですけど)
(勝手に人の心に入ってくるなって。てか、やっぱ僕、死にかけてたの?スライムに生まれ変わってるのに?)
(そうよ。あの時、なぜスライムとして誕生したのか。それは私にも分からないけど、あの時、スライムの身体が生まれたてで定着しきってなかったから。死ぬか生きるかの狭間だったわ。定着してなければ、当然そのまま死んでたでしょうね。)
また、とんでも発言をしてくる。僕にとって重要な問題である一つの謎が解けたが、カルアにとっては、大したことないんだろうな。そのうちスライムの謎も解けるといいな。。
「ところで、昨日の続き、聞いてもええか?洞窟に入ってからやな。」
「そうよね。・・・」
---洞窟で光の粒に見入っていると、声が聞こえたの。
「世界樹に認められし者よ。汝を受け入れようぞ。」って。
意味分かんないでしょ?だから、無視してたんだけど、しつこくって。
もう、面倒になってね。すぐに交代するわけでもなさそうだから、嫌だったら逃げちゃえばいいか。って大して考えもせずに、二つ返事で引き受けてしまったの。
私に与えられた時間は3年だった。3年間のうちで、世界中で自分の好きな場所を見つけて、そこに根を生やすの。
私は、世界の海を渡ったとはいえ、人任せだったから。力も知識も経験も。全てが足りない状態だった。
だから私に”世界樹の精”は3年のうちに世界を回る力を与えてくれたわ。
今の私は世界樹の衰えとともに、力が小さくなっているけど、1000年毎に交代していれば、それなりに強力な力を持っているのよ。
私は、商いでまわった世界とは違う世界を見るために、旅に出たわ。
そうそう。奴隷であった私だけど、商人さん達の記憶から、私はいなくなってた。それも世界樹の力らしいわ。私が旅に出やすいように。って。
いくつかの国を回って、黄の国に入ったわ。まだ、世界樹となることに迷っていたし。家族に会いたくて。。。
でも、家族に私の記憶はなかったわ。。。
あの時に気付くべきだったのね。奴隷の記憶が消されているように。家族からも、全ての人からも。私の記憶が消されたことに。
たぶん、”世界樹の精”は私の迷いを見透かしていたのよ。だから、未練を断ち切るように、私の存在を消してしまったのね。
でも、それで、決心がついたわ。考えもしないで返事をした私も悪かった。
どうせ、今逃げたって、私を知る人はいない。1000年後に解放されたって、私を知る人はいない。
どちらも同じ状況なら、悲しさが募る今を生きるより1000年後を選ぼう。ってね。
それからの私の旅は、世界樹になるために。とはっきりとした目的を持って進めたの。
マロウさんともこの旅で出会ったの。とても助けてもらったわ。
期限までは少し時間があったけれど、私は”世界樹の場所”をここに決めたわ。緑豊かなこの場所が気に入ったの。
心に決めた時、”世界樹の精”からの声が聞こえてきて。
「ここにするのか?旅は続けるか?」って。
「もう十分よ。」
そう答えた瞬間、私の心と身体が離れた感覚がしたの。
私の心から溢れ出た光で周りが包まれたころ。
抜け殻となった私の身体が立ち上がり、私に向かって深くお辞儀をして、去っていったわ。
あの洞窟の”世界樹の精”だったんだと思うわ。
私はただその光景を見ていることしかできなかった。
魂から溢れ出た光は何日も光り続けていたわ。
眼下では小さな芽が出て、成長をし、大きな枝を広げ。。。
緑がほとんど無い砂漠で育った私の願望だったのでしょうね。
洞窟で見た世界樹とは似ても似つかない、この大きな樹となったわ。
私の”世界樹”が出来上がると、光は収まったわ。
あなた達が安全圏と呼んでいるのは、私の光に包まれていた部分よ。
そこから世界樹としての静かな生活が始まったの---
カルアは静かな笑顔で話を区切った。




