~追想 5~
さらに1週間が過ぎた。
ジョージたちは再三に渡り降伏するよう促していたのだが、カーク侯爵側は、無罪を主張していた。
「カーク侯爵が、バルコニーに出てきました!!指揮官を出すように言っておりますが、いかがいたしますか。」
見張りからの報告に、すぐさまジョージたち王立軍は寄宿舎前に立ち並ぶ。
「おぉっ。これはこれはジョージ王子。」
バルコニーには左右に執事を従えたカークの姿。もちろん横柄な態度はいつも通り。
とても王立軍を前に籠城している立場の人間とは思えないほどに、肌つやもよく、余裕な態度。
ジョージたちは口を閉じ、侯爵の出方を窺う。
「何故、私が王立軍に囲まれておるのか。。不思議ですのう。」
カークは居並ぶ軍勢を見渡し大袈裟に肩をすくめてみせる。
その様子に、王立軍の面々はピクリと頬を動かしたが、そこは精鋭たち。無表情を保つ。
「何か勘違いされておるやもしれぬが。。全ては”オヤシロサマ”の為ですぞ?我らこの地の者達は、雨が少なく苦労をしてきた。雨神様である”オヤシロサマ”がお喜びになれば、この地には雨が降る。王宮からのキツイ徴税を守る為に、犠牲を払うことに、領民たちも涙を飲んでおるのですぞ?我らは犯罪者ではなく、被害者であるのですぞ。」
大袈裟な身振り手振りは止まらない。
「それが、帳簿の改竄や闘技賭博とどんな関係があるんだ?」
腕を組み睨み付けるようにカーク侯爵の言葉を聞いていた連隊長が口を開いた。
「それこそが、”オヤシロサマ”への供物であろう?領民への私からの償いであろう?」
訳の分からない言い分に、軍の皆の目が鋭くなった。
「おお怖い。被害者に向かって睨み付けるとは。血も涙もないとはこのことですな。。あの牙熊は”オヤシロサマ”の遣い獣。生き餌を与えなくては”オヤシロサマ”の怒りを買う。帳簿に手を加えて少しでも徴税を逃れなければ、領民たちが餓えてしまう。我が領地は二重苦に喘いでおったが、それでもなんとか自分たちで切り抜けようと領民共々手を携え必死に頑張ってきたのだ。。そうであるな?」
自分を抱えるように身震いの真似をしながら、カークは両脇に控える執事に顔を向ければ、執事たちも大袈裟に悲しげな表情を浮かべて大きすぎる頷きを返す。
「呆れた言い訳だな。”オヤシロサマ”とかいうお前たちが立ち入り禁止区域としている洞窟を調べたが、神などどこにもいなかったぞ?神殿すらない。この敷地へと繋がる抜け道があっただけだ。」
「領民への聞き取りでは、徴税よりも重い課税がなされていたと報告が上がっているぞ。」
「賭博で儲けた金品は、お前の懐に入っていたとの裏付けも取れている。」
ダイキやミーツは苦々しく口を開く。
「なんとっ。”オヤシロサマ”の洞窟に足を踏み入れたと?あの場所は聖域。不可侵領域ですぞ?神がその目に映るなどありえるわけ無いであろう?そんなことは子供でも分かる。軍の皆様は考えが浅いのですかな?あの神聖なる場所に土足で踏みいったとなれば。。”オヤシロサマ”のお怒りはいかばかりか。。どんな祟りが起きるのか。。恐ろしや。。」
カーク侯爵がまたも大袈裟に頭を抱えた時だった。
ブワリと冷たい風がジョージたちの周りに吹いた。
冷たい。というよりブリザードの様。。氷点下の冷たさが兵士たちを覆う。
王立軍の者たちがザワついた。
「みんな落ち着いて。魔法だから。氷雪魔法と風の魔法を組み合わせただけよ。」
リリィが天幕から顔を少しだけ出して解説する。
もちろん、ジョージが隠れるように手で示せば、それだけを伝えてまた隠れる。
一応、”天幕から出ない”という約束は守っている様子。
だが、賢者の言葉は、兵士を落ち着かせるには十分だった。
しかし。。
「ぅ。。。。ぅあぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
シンと、元同僚の護衛官が腹を押さえて蹲ったかと思うと、のたうち回り始めた。
「どうしたっ?」
ジョージが声を掛けるが、聞こえないのか、聞こえているが返事できないのか、苦しみの叫びを上げ続ける。
「ほら見たことか。。”オヤシロサマ”の祟りじゃっ!!」
興奮したようにカークはバルコニーの手すりから身体を乗り出し、苦しみに悶える二人を指差した。
「ぁぁっ!!ぐがぁぁぁぁっっっ!!!」
護衛官が断末魔と思える程の声を上げ仰け反ったかと思うと、その腹が引き裂かれるようにして何かが飛び出した。
ビチョ。グチョ。
彼の内臓を突き破って血や体液にまみれて、何かが蠢く。。
「ぅえっ。。げえぇぇえぇ。」
今度はシンが胸をかきむしったかと思うと、血とともに何かを吐き戻した。
二人の身体から出た”何か”を目を凝らして見ると。。
拳を二つ繋げたよりも一回り大きい体躯。
幼虫のようであるが、は虫類のようなゴツゴツとした皮膚。
無数の毒々しいオレンジの疣に覆われて、目もオレンジ色に怪しく光る。
大顎は鋭くのこぎりの様な無数の細かい歯が付いていた。
腹を突き破られた元護衛官は既に事切れていることが明らか。
シンは大きすぎるその蟲を吐き出して、消化器官や内臓を損傷したのか、口から血を流し意識は失っているものの、僅かに息をしていた。
ジョージは急ぎシンへと駆け寄り、吐いた血が気道を塞がぬよう、身体を横向きに寝かせると、彼の状況を確認する。
「おぉおぉ。気の毒に。。それこそが”オヤシロサマ”の祟りっ!!おぞましい蟲が身体に巣くうなど。。恐ろしやぁ。」
口走る内容とは裏腹に、カークの声色は嘲笑うかの様だった。
ジョージの手は僅かに震えていた。
回復魔法を使ったのにもかかわらずシンの口から溢れる血が止まることがない。。それは最早魔法を受けつけないほどに死が迫っている事を知らせていた。
ジョージの震え。。それが怒りなのか。。悲しみなのか。。恐怖なのか。。感情を悟られぬようにした顔からは読み取ることはできない。
「シン。俺のせいだ。無茶な任務で辛い思いをさせたな。。謝っても許される事じゃないが。。」
「おぉおぉ。残念ですのう。優秀なジョージ王子でも、その者は助けることができんのじゃなぁ。」
大きな声で蔑むカーク侯爵の声に、ジョージは奥歯を噛み込みながらも、振り返ることはせず、シンを労るように見つめ続けていた。
「俺は諦めが悪いんだ。。もう少し頑張れよ。」
深呼吸をしたジョージは首に掛けたチェーンを引っ張り出す。そこには軍人としてのドッグタグと共に、ロケットが付いていた。
中を開ければ、写真などは無く、変わりに葉の欠片が入っている。
「せめて命を繋いでくれ。」
葉を取り出したジョージは祈りを込めるようにその欠片を額に付け目を閉じた。
すると僅かに光を纏ったように見えたそれをシンの胸へと近づけると。。
僅かだった光が強くなり、胸から口元までが覆われると、静かに収まっていった。ジョージの手元には葉の欠片がまだ少し残った。
溢れ出ていた血は止まり、土気色だった顔には血の気が戻る。
「・・・ぅん。。」
眩しそうに眉を寄せたシンは、ゆっくりと目を開けた。
『ぉおおおおおおっっ!!!』
兵士たちからは歓声が上がり、シンは状況を飲み込めず、回りをキョロキョロと見渡していた。
ジョージはゆらりと立ち上がる。
グシャっ。グチャッ。
徐に2匹の蟲を踏みつぶして、俯いていた顔を上げたジョージの目は、恐ろしいほどに冷たく鋭く、カーク侯爵を捉えていた。
「おい。カーク。いい加減にしろよ。人の命をなんだと思ってるんだ?」
これまでに聞いたことがないほどに、ジョージの声は低く重かった。
「大切な物であると理解しておるぞ?だが全ては”オヤシロサマ”の思し召し。。私ごときが、手品でもあるまいし、こんな離れた場所から蟲まで操れるワケが無かろう?言いがかりはよしてくれまいか?」
対してカーク侯爵は未だ余裕を崩さない。
「お前はバカか?証拠の数々、裏商人との闇取引の多さ。全ては金が結んだ縁だ。切れるのも早い。お前のことを売る奴も多いぞ?しかも、これが何かを俺が知らんとでも思ってる馬鹿さ加減には反吐が出るな。」
ジョージは潰した蟲の残骸を蹴り飛ばして、剣の柄に手を掛けると、ツカツカと隊の先頭へと歩み出た。
「何を言っているのか、身に覚えがないわっ。そんなことでは、まだ”オヤシロサマ”の祟りは続きそうじゃな。」
カークがニヤリと嗤い、額に手を当て首を横に振ると、雲行きが怪しくなった。
そして、雨が。。。
バシッ。ザシュっ。
「ぐあぁっ。」
「目がぁぁっ。」
次々に兵士たちが叫び始めた。
雨かと思った粒は、石だった。鏃にでもできそうな、鋭利な石つぶてが国立軍に向かって降ってくるのだ。
「石だっ!!上を見るなっ!!兜のない者は怪我人と共に一旦後退しろっ!!」
ジョージの声に、兵たちはすぐに対処し、陣形を整える。
「リリィ。撤退しろっ。」
「いやよ。魔法戦だもの。この魔法を使ってる術者と対峙するなら、私がいないとっ。」
天幕から顔を出したリリィは、初めての戦場に涙目になっていた。
「ヴォルガ様にこの戦況をお伝えするんだ。大魔道士クラスの術者がいるとなれば。。俺らにもしもの事があれば、王都が危ない!!」
「・・・分かった。絶対お父様に伝えるから。ジョージも負けないって約束してよ。。」
「もちろんだ。」
リリィは天幕へと運ばれた重傷者を回りに置き、手を広げると、足下に魔法陣が浮かび上がった。
「そんな大がかりな扉を作るつもりか?お前の魔法力じゃ。。」
「お祖父様みたいな”大賢者”を目指してるの。ジョージの手助けをしたいの。その為に辛い修行だって頑張ってきたの。」
リリィが左右に開いていた腕を上下にする。すると地に浮かび上がっていた魔法陣がまるで分割するように頭上にも広がり。。。腕を閉じていくと魔法陣も上下に閉じるように動き。。。彼女らは転移していった。
あまりの美しい魔法にジョージは目を奪われたが、次の瞬間には戦闘モードの顔へと戻す。
「敵はカーク侯爵!!命を弄ぶヤツに情けは要らぬ!!生死は問わぬ!!捕らえよっっっ!!」
『おうっっっ!!!』
ジョージの言葉に鬨の声が上がった。
それを皮切りに、事前の打ち合わせ通りに、一気に兵が寄宿舎へと攻撃を開始した。
「連隊長。兵の指揮を頼みます。ダイキ・ミーツ、俺は魔術者を探す。ここまでの術を使えるとなると、攻撃内容によっては、形勢を逆転されかねない。」
「どこの誰かも分からんのだぞ?」
「だが、この中じゃ、魔法に対抗できるのは俺くらいだろう?リリィを帰したから、ヴォルガ様に状況が伝わるはずだ。それまで持ち堪えれば。。」
ジョージは剣に炎を纏わせ、魔法剣とする。
「確かに。。ジョージ中佐の魔法力が長けているのは確かですが。。仮にも王族。前線に出すわけには。」
「連隊長。気にしないでください。俺に王位継承権が無いのはご存じでしょう?しかも一度は死んだはずの命。今さら俺がもう一度死んだところで、驚く者もいないですよ。」
「そういう問題じゃ無いだろう!!いつもいつもてめえを犠牲にするその根性が気にいらねぇっつう話しなんだよっ!!」
ダイキが声を荒げてジョージの胸倉を掴んだ。
「いつもだと分かってんなら諦めろよ。こんな無駄話してる間に戦局が傾いたらどうすんだよっ!!さっさと持ち場に行けよっ!!」
ジョージもダイキにつられるかのようにして、その胸倉を押し返し言葉を荒げた。
「・・・チッ。。ガキどもが。いい加減にしろよ。俺がジョージに付いて行く。俺のテクじゃ満足できんか?」
ミーツはニヤリと余裕たっぷりに指を鳴らしながら皆を見れば、
「先輩。。」とジョージ。
「じいさん。。」とダイキ。
「ミーツ殿。。」と連隊長。
皆、ミーツの人間離れした身体能力を知っているだけに、それ以上反論の言葉は出なかった。
「絶対にカークを捕らえ、負の連鎖を止めよう。」
ジョージの一言に、皆は頷き、それぞれの戦場へと散っていった。
「陣形を崩すな!!右翼を補強せよ!!」
寄宿舎前の庭では、連隊長率いる歩兵第13連隊が屋外戦をしていた。
武器弾薬を豊富に持っている敵側の兵力は侮れず、数に勝る国立軍も手を焼く。
「抜け道は全て閉鎖した!!隠し部屋も隈無く探せ!!」
ダイキ率いる少数精鋭部隊は寄宿舎内へと突入した。
まるで最終決戦の場となることを予測していたかのような寄宿舎の造り。
複雑に入り組んだ狭い廊下に、数の多い扉や階段。
そこかしこから、湧き出るように執事やメイドが出てくるのだが、その一人一人の戦闘力も侮れない。
剣を主な武器に持つ国立軍に対し、敵側はダガーなどの小型武器。狭い通路での接近戦を明らかに想定した装備。
細い通路で長剣を持つダイキたちは、動きが制限され、苦戦を強いられることとなった。
「ジョージ。。本当にこっちで間違いないのか?」
寄宿舎とは反対の林へ向かうジョージに、ミーツが顔を顰める。
「俺のカンがそう言ってますんで。」
「おいおい。カンじゃ困るんだがな。」
「ま、カーク侯爵のサインを読み取って、大がかりな魔法を操作して、それを見つからぬよう姿を隠せる場所。ということも考えると、俺のカンに間違いはないかと。ね?」
さっきまでの怒りの表情とは打って変わって、ニカッと笑うジョージに、ミーツは僅かに安堵する。
「ま、何でもいいがな。。自分を犠牲にするのをやめろってとこは、俺もダイキに賛成だからな?」
「分かってますって。誰かが死ぬのなら、俺で良いとは思ってますが、むざむざ死にに行こうなんてことはこれっぽちも思ってませんから。」
ジョージは人差し指と親指で僅かな隙間を作って見せた。
軽口を叩くジョージだったが、身体がビリビリとするような。。ゾワリと毛が逆立つような。。なんとも言えない感覚が身体を襲っていた。
まるで本能で感じ取っている。というのが相応しいような感覚。
あの地下の檻で血のシャワーを浴びたとき、カークへの憎悪が身体を支配し、獣のようにヤツを”獲物”と認識した。体中の感覚が痛いほどに研ぎ澄まされ、牙熊と対峙するときには、まるで自分の身体ではないと思うほど、能力の全てを出せた。
あの時から、ずっと嫌な感覚が抜けきれない。ずっと心が闇に落ちているよう。
心を鎮めようとしても、上手く行かず、攻撃的な感情に支配されていた。
それでも、なんとか自分を御していたのだ。。
それなのに。。護衛官とシンが魔嬰虫を吐き出したとき。。プツンと何かが切れた様な気がして、怒りに身体が震えた。。
あの時もしもシンまでもが死んでいたならば、怒りの感情のままに、カーク侯爵を惨殺していたように思う。
(シンが生きていてくれて助かった。)
闇に飲まれるワケにはいかない。。
林へ向かえば、身体のざわつきが強くなる。確実に魔術者に近付いている。
それは”カン”ではなくもはや”確信”だった。
「ミーツ先輩。。そろそろです。」
歩みを緩め察知されぬように気配を絶ちきる。
ジョージは手サインで敵の気配が頭上からしていることをミーツへと伝える。
二人が魔術者を探していると。。
ゾワリ。とまたジョージの身体が逆毛立ち、気配のする方を見た瞬間。
ドォォッッオオオン。
一気に辺りが熱に包まれた。
音が落ちた方角は確実に寄宿舎方面。後ろを振り返れば、木立の間から、その方角がオレンジ色に染まっている。
音の大きさと、熱の量。そしてオレンジに染まる空。。
特大の炎が落ちたことは明白であった。
「不味いぞ。ジョージ。。炎対策は十分じゃない。。あんなのを喰らったら。。」
ミーツはその後の言葉が恐ろしくて続かなかった。
「先輩。。こっちもマズイです。。まさか魔術者が。。」
ジョージも言葉が続かなかった。
木立を見上げるジョージとミーツの目に入ったのは。。。
「・・・マリィ。。」
後ろから聞き慣れた声がした。
「・・・ヴォルガ様。。」
ジョージは振り返るまでもなく、その声の主の名を呟いた。
「ジョージ様。娘が迷惑を掛けた。」
ヴォルガは歩み寄りながら謝罪をした。
「・・・・。リリィは無事でしたか?大がかりな魔法扉を開いてましたから。」
一瞬、ジョージは戸惑った。ヴォルガの言う”娘”という単語。。リリィは先程帰した。目の前にはその妹の”マリィ”。明らかに敵に転じているのだ。どちらの事を言っているのかさえ分からなかったために、言葉を濁した。
「あぁ。もちろん無事だ。怪我人たちも収容している。。それにしても、私もあの人数をリリィが連れ帰る事ができるとは思いもしなかった。」
ヴォルガはジョージの質問に、的確に答えながらも、その指先に魔法力が集まっていくのが分かる。薄ぼんやりとだが光が集まり始めていたのだ。
「マリィを捕らえ次第、本隊に合流しますから、ジョージ様とミーツは前線へお戻り下さい。あの炎では分が悪い。」
ヴォルガはマリィを見据えたまま。。。
「ですが、この場を放ってもおけませんっ。」
身を乗り出すジョージの肩をミーツが掴み、
「ジョージ。ヴォルガの言う通りだ。俺らはいない方がいい。。マリィの意識はぶっ飛んでる。あのままマリィの意識が元に戻らない時は。」
「あぁ。それなりの処置が必要でしょう。」
ミーツは首を振り、ヴォルガは表情こそ変えなかったが、その瞳の奥には強い決意を感じた。
ジョージもその意味を知っていた。
緑の国の軍では、敵の手に落ちた場合の事が決められていた。精神や意識を奪われ、取り戻す可能性が難しいと判断された場合の”処置”とは。。可能な限り”消す”ことが求められるのだ。。
ヴォルガは年端もいかない自分の娘に対し、覚悟を決めたということなのだろうと想像は付いた。。
それは、ゆくゆくは王族として国を支えていく立場のジョージには、規律を守る事がいかに重要であるかは分かり切ったこと。厳しくとも冷たくとも行わなくてはならないことと頭では理解していたのだが、目の前の現実を割り切れないのも事実だった。
そんな葛藤の中、
「マリィっっ!!目を覚ましなさいっ!!!」
王都に戻っていたはずのリリィの声がすると、水鉄砲の様な水流が、マリィの顔を直撃した。
『・・・・・!!!』
ジョージとミーツは驚きに目を見開く。
それでも樹上にいるマリィの目は、寄宿舎方面を捉えたまま身じろぎもしない。顔がずぶ濡れであるのに、それすらも気付いていない様子。
明らかにおかしいのが見て取れた。
「・・・リリィよ。。どうやって戻ってきた?」
驚いていたのはヴォルガも同じだったようだ。
「どうして置いていったのよ!!」
とリリィは憤慨している。
「あれほどの魔法を使い、魔力を使い切ったお前は、疲れ果てて眠ったのだ。それが何故こうも短時間に魔力が回復する?」
「そんなこと知らないわよ!!でもどうしても戻らなくちゃって思ったから。」
「おい、親子げんかはそこまでだ。。マリィがやばいぞ。」
ミーツが二人を止めた。
目の前のマリィの手は魔法の光を湛え始めていたのだ。
「マリィを止めなくちゃ。」
「そんなことは分かっている。だが、私がマリィを止めるのをお前が見るべきではない。城へ帰るんだっ。」
そう言うと、ヴォルガは拘束魔法をマリィへと放った。
絡みつく拘束魔法の術に、マリィがようやく顔を顰めたが、やはりそれは周囲の状況へ目を向けるものではなく、動きを制限されたことに対して本能的に嫌悪を示しているだけのようだった。
「私がマリィを目覚めさせるから。。殺さないでっ!!」
まるでボールを投げるように振りかぶったリリィの手をヴォルガは掴み、
「止めなさい。お前には無理だ。」
「手を離してよっ。マリィは。。」
「先程から、覚醒魔法をマリィに使っているが、まるで反応が無いのだ。。お前が軍の規律をなぜ知っているのかは後で問うが、知っているのならばそれが身内だとしても変えられぬことくらい、分かるだろう?」
厳しく諫めるヴォルガの言葉に、リリィの目は今にもこぼれ落ちんばかりに涙が溜まってゆく。
「ヴォルガ様。。俺もこの状況を脱する手段があるのならば、マリィを助けたい。」
ジョージの言葉にヴォルガは首を横に振る。
「私とて、娘を手にかけるなど。。ですが、掛けられた術が悪い。。たぶん1回や2回ではなく、幾たびにも渡って幾重にも術をかけています。。そしてマリィの潜在する力を限界を超えて引き出している。。この子は魔法使いの資質があった。魔力もそれなりに多く、無理矢理に引き出された魔力は既に本人の手におえない。。目が覚めたとして、暴走する魔力と、限界を超えて力を使った反動を、本人は制御できずに、結局命を落とすでしょう。」
あまりにも冷静に分析結果を話すヴォルガ。。優秀な賢者ゆえに過酷な状況が分かってしまうのだ。。その心中は察してあまりあった。
それを聞いていたジョージは、腕を組み、僅かな時間、思案する素振りを見せ、
「ヴォルガ様。。昔、機密保管庫で読んだ文献で。。能力に見合った種類の宝王玉は、暴走した魔力を押さえるとか。精神を安定させるだとかが書かれていました。。王家の宝物庫にある宝王玉を取りにいけば、マリィの状況は改善されるのでは。。」
ジョージは自分の記憶に自信がないのか、躊躇いがちにけれども希望を込めているように話した。
「えぇ。確かに。可能性はありますが。。そもそも王家の宝物を勝手に持ち出せませんし、取りに行く時間すらない。王陛下に許可をもらい、宝物庫を開ける手続きを踏むだけで、数日かかりますから。」
「そこは、僕が王族の権限をいかんなく発揮しますよ。。もちろん秘密裏に。ですけど。。鍵の場所も知ってますし、勝手に侵入しますから、バレなければ、そもそも問題にもなりませんし。」
「それはマズイでしょう。。。」
「現実的じゃねぇよ。ヴォルガがここを離れるわけにはいかんし、リリィにもう一度、魔法扉なんて大魔法を使わせるわけにゃいかんだろうしな。」
ヴォルガもジョージもミーツも。。。無理であろう答えを探す。
そんな3人の遣り取りを見て、
「ねぇ。宝王玉があれば、マリィは助かるの?」
とリリィが言った。
「あぁ。確実では無いが、可能性はある話しだ。だが、お前にもう一度、移動魔法を使わせるわけにはいかない。お前の魔力では先程も使ったばかりで、無理をして座標がずれかねない。。そうなれば、どこに着くかも分からんのだ。ジョージ様を連れ行くのに失敗は許されんのだ。」
冷たくヴォルガは言い放つ。
「そうじゃ無くって。。これ。。。前に来たときに拾ったの。。本物か分からないけど。。お祖父様に後で見ていただこうと思ってたんだけど。。」
とリリィはウエストポーチから、赤い玉を出した。
『・・・これは。。』
リリィの手に乗せられた赤い玉を覗き込む3人が息を呑んだ。。
「ねぇ。本物?前にジョージに見せてもらった宝王玉よりずっと小さいけれど。。朱宝王玉のシルエットは鷹でしょう?この中に見えるのは、鷹っぽくない?」
リリィは手のひらにのる玉を指差す。
そして、ヴォルガは徐にそれを取ると、日の光に翳した。。光を浴びて赤く透き通る美しさは、宝石とは比べものにならない。。光の質が違った。
「・・・本物だ。。」
ジョージの呟きに、ヴォルガは力強く頷きを返し、ミーツは驚きに固まっていた。
「それじゃあ。。」
リリィの顔はパッと綻んだ。
「ジョージ様。。本来ならば宝王玉発見は。。」
「本来ならば。だろう?ここには僕たちしかいない。しかも緊急事態だ。王室付き魔法使い候補の一大事であり、王子の僕が良いと判断した。・・・使おう!!」
ジョージが口角を上げれば、
「よーし。それでこそジョージだ。」
ミーツが嬉しそうにジョージの肩を抱く。
「何がそれでこそ俺なんですか。。先輩の中の俺って。。」
苦笑しながらも、ジョージも嬉しそうだった。
そして、ヴォルガの術が始まる。
大賢者とも称される彼の本気の術を、ジョージもリリィも見たことは無く、じっとその姿に見入る。
ヴォルガは右手にオーブを乗せ、上から覆い被せるように左の手のひらを乗せた。
彼が目を瞑り集中を始めると、ボワーっと朱宝王玉から滲むようなオーラが出始め、それはヴォルガの魔法の力と混ざり合ってゆく。
上に乗せた左手を握り込みゆっくりと右腕の上を肩あたりまで滑らせていくと。。
「まるで弓矢だ。。」
思わず見とれたジョージが呟いた。
だが、確かにそうなのだ。。
ヴォルガの左手の拳と、右手の平に乗せた朱宝王玉を繋ぐように術の魔力が光を帯び、そしてオーブが鏃のようで。。ヴォルガの腕に、一本の矢がつがえられているかに見えた。
「・・・成功してくれ。。」
祈りを込めて、ヴォルガはそれをマリィへと放った。それは本当に弓矢の様に真っ直ぐとマリィの元へと飛び、身体の中心に吸い込まれていった。。
「・・・ぅあ。。」
拘束魔法により、動きを封じ込められていたマリィは身じろぐことさえもできず、どこか遠くを見ているのか焦点の合わない虚ろな目のまま、うめいたような息が漏れる。
そしてゆっくりと目が閉じられると。。。
拘束魔法の縛りが徐々に緩まり、力なくだらんとしたマリィの身体は崩れ落ちて。。
「・・・よっと。。」
樹の下で待ち受けていたジョージがその身体をキャッチした。
ジョージの腕の中で、まだ子供のマリィは、額に汗を浮かばせてはいるものの、いつも通りの寝息を立てていた。
「とりあえず力の方は大丈夫そうですね。。」
ジョージは安堵のため息をつく。
「えぇ。後は目覚めるかどうか。。ですね。。」
ヴォルガも安心したのか、ふぅっと大きく息を吐いていた。
「おっと。。忘れてたけど。。マリィが放った炎。。隊がやばくないか?」
ミーツの一言に場が凍り付く。。
「あの攻撃なら、本隊の頭上で爆発しただけよ。まぁ、全部は防ぎ切れなかったけど。。直撃はしてないから。」
「ちょっと待て。どういう事だ?」
なんでもないかの様に報告するリリィにジョージが固まる。
「どういうことって。。こっちの座標点は天幕につけてたから、戻ったのは天幕で。。そしたら、特大の炎魔法が来たから。。防御したのよ。。」
「あれを止めるって。。どんだけだよ。」
ミーツも驚きを隠せないでいた。
「とにかく、急ぎ本陣に合流しましょう。。」
ヴォルガはマリィを抱き抱えると、寄宿舎へと走り出し、ジョージ、ミーツ、リリィもその後を追った。
天幕へと到着すると、そこは多くの怪我人が収容され、衛生兵たちが慌ただしく動き回っていた。
「リリィ。ここでマリィを見ておけ。簡素ではあるが、封印の術も施してある。目覚め、万が一精神が戻らぬでも、力を爆発させることはできぬはずだ。。」
「分かりましたお父様。。怪我をした皆さんを手当して待っています。」
「うむ。頼んだぞ。」
短い遣り取りだけを済ませ、ヴォルガは天幕を後にした。
その間、ジョージは戦況報告を聞き。。
「油断できない状況のようです。。」
「私も参戦いたします。」
「行こうぜ。」
ジョージ・ヴォルガ・ミーツは、目を見交わして一つ頷くと、戦場へと走り出したのだった。
次回ですが、日時はまだ決定しておりません。
年度末の関係で仕事が慌ただしいので、すこし間が開くかも知れないです。ごめんなさい。。




