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『大きな世界の樹の下で』  作者: 星乃湶
=第2部=
229/322

~新たな出会い~


「ふふっ。ねぇ。シグナル。。どうかしら?」

 リリィは出来上がったばかりの品を満足げに眺めながら、机に向かう夫を呼ぶ。

「・・ん。。今そちらに行く。」

 シグナルは、自室に持ち帰った書簡を処理する手を止めて立ち上がり、リリィの元へと歩み寄った。


 彼はソファーに座るリリィの横に腰掛けると自然に腰を抱き寄せ、出来上がったばかりの品を一つ手に取る。

「君は何をやらせても器用にこなすな。。これならば、あの子達もきっと喜ぶだろう。。早速届けさせるように手配しよう。」

 シグナルがそういうと、リリィは彼の顔色を窺うように遠慮がちに口を開いた。


「・・・あのね。。ワガママを言うようなんだけど。。」

 リリィが言葉を詰まらせたが、シグナルは予想にしていたように一つ頷いて、

「自分で持って行きたいのか?」

「えぇ。分かった?」

「きっとそういうのだろうと思っていた。。ちゃんと手筈も整えておいた。」

 シグナルの読みの深さが有り難かったものの、”手筈”とは一体何なのだろうと、リリィは首を傾げるばかりだった。



 そして、1時間後。。


「リリィってさ、何でもできるねぇ。」

 隣にはニコニコ顔のアル。。

 けれどその姿は、最近覚えた幼い龍人(ドラゴニュート)の姿。

「シグナルが”手筈”って言ってたのが、まさかアルの事だったなんて。。失礼にもほどがあるわよね。。」

 リリィは苦笑していた。自分の主君にリリィの護衛を頼んだのだ。

 まぁ、アルも遊びに出掛けたいだろうし、リリィと出掛ければ、安心。一石二鳥と踏んだと思われる。



 というのも。。。


 リリィは、落星の後処理で城下に行った際、子供を助けるために、崩れた家屋の下敷きになった。

 足が埋もれ潰れ。。。それをアルの能力で再生したのだ。。

 定着までは暫しかかるため、絶対安静で、ベッドから動けない数日の間、助けた子供の近況を聞いていた。


 自分が庇い助けた子供は、死んだ父親の形見であるボールを取りにいくために、リリィと共に家屋に入り被害にあった。

 その子は、クリケットの少年チームに入っていた。弱小チームで勝利とは縁遠い。

 あまりにも弱いため、公式試合にも出場できず、常に練習試合のみ。

 それでもチームはめげずに頑張っていたのだ。


 そして、王都の復興途中ではあるが、子供達の予定を変えるのは可哀想だと、予定されていた練習試合を行うこととなったと、リリィは報告を受けていた。


 せめて、勝てないまでも良い試合になれば。と、リリィはチームのみんなに必勝祈願の御守りを作っていたのだ。



「私。。お裁縫ってあんまり得意じゃないのよね。。特に”刺繍”。。貴族の娘だと、絶対授業に入ってるんだけど。。いつも合格点ギリギリだったの。。」

 肩をすくめて苦笑いのリリィ。

「でもさ。。僕から見たら。。すっごい上手だと思うけどなぁ。。そういやサクラにも、先生がついてる。。あのおばさん。。怖いんだよね。。”サクラ様、針は直角にお刺し下さい。”って、銀縁眼鏡のフレームを押し上げながら、ジロって見てきてさ。。溜息でもつこうものなら、”女性の嗜みでございますっ。”って。。」

 僕はモノマネをしながら、キツイ顔の先生を思い出す。


「ふふっ。。マイヤーさんのモノマネ上手ね。。ちなみに私も苦手よ。。いかにも上流階級のマダムって感じ。。挨拶は”ごきげんよう”ですものね。。私もTPOで使わないことはないけど。。私って軍人寄りだから、遊撃隊のみんなみたいに、「ちーっす。」って言葉聞いてたほうが、心地良いわ。」

 リリィから聞いたこともない、”ちーっす”の単語に、思わず笑ってしまう。


「でも、リリィがそんな砕けた言葉使ってるのは見たことないよ?」

「当たり前じゃない。。最低限は守ってるわよ。。でも、私がマイヤーさんみたいな”ざーます”の言葉を使うのも見たことないでしょ?」

「ははっ。確かに。」

 

「でもさ。。”嗜み”って言われてもなぁ。。普通の王妃様なら、やることなくて一日ヒマだから、趣味になりそうな物を手当たり次第、授業するのかもだけどさ。。僕は、スライムにもなれるから、結構忙しいんだよ。。」

 という僕に対して、

「主に、仕事じゃなくて、遊びだけどね。」

 とリリィに笑われた。

「ははっ。確かに。」

 と僕は頭を掻く。




 そうして、僕とリリィは城下に向かう。

 行き交う人々は、僕たちの進む道をさぁっーと開けていく。。


「ねぇ。。アル。。ちょっと恥ずかしいんだけど?」

 リリィから当然のクレーム。

「だけどさ。。シグナルが心配するから。。」

 僕も困惑。。


 だって。。

 僕たち”白虎”に乗ってるから。。


「陛下。従者を連れ行かず、二人だけの行動。そして、歩きの移動など。。もってのほかです。。」

 僕の行程案は即座に却下され、


 シグナルの行程案を示された。

「護衛が無いなど言語道断。そして、リリィはいつ産気づいてもおかしくない状況。それをどちらもクリアできるのは、この方法しかありません。白虎様にも既に了承を頂いております!」

 

 と。。。

 目立つじゃん!という僕とリリィの言葉はスルーされた。

 そして、臨月の身体には乗り物は厳禁なのだが、そこは白虎。当然”揺れ”など感じさせることなどない。

 のだが。。

「あいつ。俺が”神獣”って本当に分かってるであろうか?言葉も態度も丁寧ではある。。しかし。。かなりの”圧”を感じたんだが。。」

「あっ。やっぱりですか。。心配性なだけなんで。」

「あぁ。それは感じ取っているし、お前を乗せるのはこの上ない喜びであるので問題ないのであるが。。あいつはその辺も計算であろう?俺が断ることが無いと踏んでおる。。」

 白虎は過保護なシグナルに呆れただけのようだった。



 すれ違う人からの視線は気になったが、概ね快適に城下へと到着した。

「リリィ様~~。」

 リリィと約束をしていた少年は、白虎に一瞬ギョっとしたが、手を振り警戒しながらも走り寄ってきた。

「お待たせ。」

 リリィは白虎から降りて、少年と話し始めた。



「うわーっ。こいつって、王妃様が乗ってたホワイトタイガー?」

「近付いても大丈夫?」

 少年のチームメイト達は、遠巻きに僕と白虎を囲む。


「ふむ。サクラが乗っていたのは、俺で間違いない。お前達が近付いたところで、獲って喰うような事もない。」

 白虎が細めた目で子供達を見る。

「とっ虎が喋った~!!」

「かっけぇ~~!!」

 驚きながらも羨望の眼差しとなった子供達は、僕に答えを求めるように、視線を投げてくる。


「近付いて大丈夫だよ?・・・うーん。。少しくらいなら触っても大丈夫?・・・うん。大丈夫みたい。」

 僕は瞬時に白虎と思念を繋いで、触れる事も了解を得た。


 そうなれば、子供達はあっという間に緊張を解く。。

 同じ年代の見た目の僕がいたのも良かったようだ。。

 そういえば、白虎に注意を受け、見た目を龍人(ドラゴニュート)から、さらに人間に寄せていた。

 練習の時間がなくて、完全な人間にまでは、近づけさせれなかったが、尻尾と鱗は服に隠れる位までには変化できた。


「ねぇねぇ。君ってさ。。何族?」

 一人の少年が、僕を見て唐突に質問してきた。その言葉にリリィが慌てて振り向く。


「え?何が?」

 僕も警戒をする。鱗も隠れているはずだ。。

蜥蜴族(リザードマン)?にしては色が白いよね。。もしかして白蛇族?は珍し過ぎるか。。」

 グイグイくる少年にどう対処したものかと僕が困っていると、他の子供達も興味を抱いてしまった。


「なんだよ。お前、人間じゃねぇの?」

「でもさ、見た目人間じゃん。ハーフ?」

 と僕に質問を投げかけてくる。


「ねぇ。君たち、どうしてそう思ったの?気になるの?」

 リリィは僕の手を取ると、しっかりと握る。

「だってぇ。鱗が見えたし。。リリィ様が連れてるから。。もしかして、こないだ見たあのすっごい強いドラゴンの勇者の仲間なのかな。って思ってさ。」

 最初に気付いた少年が僕の足首辺りを指差して説明した。


 たぶん、白虎から降りる際にでも、ちらりと見えてしまったのだろう。。

 迂闊だった。。


「君たちは、あの時の黒い竜人は怖くなかったの?」

 リリィは笑顔を絶やさずに子供達に聞いている。

「もちろんだよ!!!すっごい格好良かったよな?」

「うんうん。。まさに勇者って感じだったな!!」

「俺もあんな強くなりてぇ。。」

「あの持ってた剣もすごかったよな!!」

 子供達はジョージの竜人姿を熱く語る。


「だからさ。もしかして、こいつもその仲間とかなのかなって思ったんだよ。。もしあのドラゴンみたいに強かったらなって。」

 子供達は顔を見合わせる。

 その様子がどことなく寂しげで。。


「なんで、僕が強いといいの?僕が人間じゃなかったら、仲間外れにするでしょ?」

 僕は疎外されてきた魔物とのハーフ達の話しを思い出しながら、子供達に問うた。


「まぁな。。こないだまではそう思ってた。。獣人のヤツとか。。怖かったしさ。。”近付くな”って大人も言ってたし。。」

「でもな。。ビット地区から手伝いに来てくれた獣人の兄ちゃんたち、良いヤツだったよな。」

「おう。。魔王軍の兵隊さんたちも、優しかったよな。。」

「そうそう。。母ちゃんも、いい人もいるんだなって言ってた。」

 子供達は口々に、自分たちの見解が間違いだったのかもと言いだし、


「そんで、急に投手が来れなくなってさ。。ただでさえ負けるのに。。これじゃ、試合にもならないよな。」

「だよな。。せっかくリリィ様が”御守り”作ってくれたのにさ。。」

「いいとこゼロで終わるよな。。」

 と意気消沈。。


「もしも。。僕が。。龍人(ドラゴニュート)でも怖くないの?」

 僕は一か八か聞いてみる。

「えっ?マジで?」

龍人(ドラゴニュート)かよ。。」

「初めて見るぜ。。」

「なぁなぁ。純血?ハーフ?」

「こないだの勇者みたいに、空飛べるの?」

 子供達は一瞬にして興奮状態。。それも歓喜の。。


 

 そして、僕はユニフォームに身を包んだ。。

 残念ながら、クリケットの細かいルールが分からんが。。

「とにかく投げろ。。」

 というのと。

「万が一、龍人(ドラゴニュート)のハーフって分かったら、面倒くさそうだからさ、そこは隠せよ?」

 と長いソックスで足の鱗を隠すように言われた。


(ふふっ。龍人(ドラゴニュート)が人気あるなんてね?)

(うん。。僕が試合に出たって言ったら。。シグナルに呆れられそうだよね?)

(それはもちろんよね。。また”目立つことして”ってね。。でも、家だと、アルのユニフォーム姿が見れなかったってきっと残念がるのよ?)

 僕とリリィは思念で笑い合う。




「やったー!!!」

「初勝利だぁ!!」

 僕たちは勝った。。ギリギリだけど勝った。。

 と言うか、僕がルールをもっときちんと覚えていれば、圧勝できたのかもしれない。。

 けれど、接戦だったからこそ、盛り上がりもしたのだ。

 初心者の僕の失敗をみんながカバーしてくれた。

 アルだけに任せてはいられないと奮起もしてくれた。。


 何とも楽しい一日だった。。



 そして僕たちは相手チームも交えて昼食タイム。。

 さっきまで目の色変えて敵チームと闘っていたのが嘘のように、試合が終われば、みんなで仲がいい。


「なぁなぁ。アルぅ。。うちのチームに入れよ。」

 と言ってくれたかと思うと、

「そんな弱小チームじゃなくて。。俺らの方に来いよ。お前なら鍛えればリーグ戦でもスタメンだぜ。」

 と相手チームからもスカウトしてくれる。


「でもさ。。ルールも分かんないし。。家の人に聞かないと。。」

 と僕はやんわり断る。。毎日のように、ここに来て練習する時間はない。。


「ねぇ。。リリィ様からも、アルのお母さんに頼んでよぉ。。こんなに筋の良いヤツ、中々いないんだよ?」

「そうだよな。。うちのチームに来て欲しいけど。。敵だとしても、倒しがいがあるもんな。。このまま辞めるのはもったいないよ。」

 と両チームが誘ってくれる。


「そうねぇ。。アルの家はちょっと遠いのよ。。おうちのお仕事も手伝わなきゃいけないし。。」

 リリィは困っている僕をフォローするように、上手に断ってくれていた。


「ならさ、たまにでもいいから。。暇な時は顔出してよ!!」

「そうだな。。俺らのチームでも良いぜ?西地区の空き地で練習してるからよ!!」

 子供達は真剣に僕を見てくれる。

「・・・それくらいなら。。遊びに行けるかも。。その時は、友達連れっててもいい?人間じゃないけど、良いヤツらなんだ。。」

 僕は、セナとソルアのことも混ぜておく。。遊ぶには面白いかもしれない。。


「あぁ。もちろん!!」

「楽しみにしてるぜ!!」

 とみんなが本当に嬉しそうにしてくれたのが、僕にも嬉しかった。



「さてと。。そろそろ帰りましょうか?」

 リリィはバスケットを持って立ち上がろうとして。。。


「・・・あっ。。」

 少しよろめき、僕は慌ててリリィの身体を受け止めた。

「大丈夫?」

「えぇ。。でも。。」

 リリィが顔を顰めて、僕に緊張感が走る。。


(もしかして。。)

(えぇ。。陣痛かも。。それにしては。。。強すぎるかも。。)

 思念で返してくれるリリィの呼吸は、端から見れば、普通かも知れないが。。

 僕には意図的に整えているのが伝わってきた。


(ローラ。。聞こえる?)

(あら。。どうしたの?)

 僕はすぐにローラに繋いだ。。医師の判断を仰ぎたい。


(リリィの陣痛が始まったかも知れないんだけど。。今、城下町なんだ。。しかもなんか痛みが強いんだって。。)

(場所はどこ?あまり動かさない方が良いかもしれないわ?)

(あのね。。。リリィが怪我した場所。。覚えてる?あの近くなんだけど。。)

(分かるわ。。あの場所なら、座標点を持ってるわよ?)

(ホント?なら、今から来れる?)

(もちろんよ。。)

 僕はローラと思念を切って、白虎を呼び寄せる。


「白虎。。リリィを運ぶ。。あんまり動かしちゃダメみたいだから、慎重にな?」

「あぁ。話しは聞いていた。。もう一回りだけ身体を大きくしてもいいか?」

「もちろんだよ。」

 リリィを寝かせて運ぶため、白虎の能力を使うことを許す。。

 周りの子供達の視線が痛いが。。。

 白虎の能力に「かっけぇ」「流石、王族の虎だぜ。。」と概ね感激しているようなので、放っておく。。


「ごめん。みんな。。急用だから、帰るね?また絶対遊びに来るから!!」

「おう。待ってるぞ!!」

 子供達は、リリィが王室付賢者であることから、急な話の展開にも、動揺することもなく見送ってくれた。



「リリィ。大丈夫?」

「うん。まだ平気。。」

 僕はリリィの腰をさすりながら、白虎と進む。。程なくして、ローラと待ち合わせた現場に到着した。


「待ってたわ。。」

 ローラの言葉通り、小さなテントが貼られていた。

 崩壊した家屋は撤去され、更地になっていたところに、ローラは緊急性があった場合の事を考え、テントを張っていてくれたのだ。


「ローラ。。助かる。。」

 僕はリリィを丁寧に降ろしながら、御礼を言う。

「当たり前でしょ。。」

 彼女は優しくリリィに手を貸して、中へと誘導した。


「・・・不味いわね。。逆子よ?それも、双子ちゃんの位置が悪いわ。。」

 手早く診察を終えたローラが、僕とリリィを見る。

「どうすべき?」

 リリィは乱れかけている呼吸をコントロールしながら、でも至極冷静。


「そうね。。やはり、ここから、王城まで運ぶのは心配よね。。できれば。。ここで。。」

「ここで。。の後は?」

 言葉を濁すローラに対して、医師の心得があるリリィは予想ができているのであろう。。その先を促す。


「お腹を切開すべきと判断するわ。。このままでは子供が窒息する可能性もあるから。。」

 とへその緒が巻き付いている可能性があることを伝える。

 しかも、最初に生まれてくる子が逆子。。二番目の位置にいる子が窒息の可能性。。


「時間がないわね。。すぐにお願いできる?」

 リリィに迷う様子は一切無い。。

「でもさ。。でもさ。。僕たちだけしかいないよ?誰か呼ぶ?」

 僕ひとりがアワアワとしてしまう。


「もう。。アル。。あなたが動揺してどうするのよ。。」

 リリィがそっと僕の背中をさすってくれた。

「それよりも問題なのは。。妊婦用の麻酔を持ってこなかったの。。」

 ローラが肩を落とす。


「それくらい大丈夫よ。。足が潰れたのに比べたら、どうって事無いわ。。」

 笑うリリィには躊躇いは一切ない。


「なら、俺が手を貸してやるよ。。」

 僕の中から、聖剣アンスウェラーが顔を出す。


「手を貸すってどういうこと?」

 僕はもちろん、リリィのローラも目を丸くする。


「俺が、その姉ちゃんの扱いやすい刃物の形になって、リリィの腹を切ればいいんだろ?俺の切れ味は知ってのとおり。。切れ味がいいってことは、痛みも少ないぜ?・・・俺に切られた奴らを思い出してみろよ。」

 の言葉で、思い返してみれば。。。確かに。。真っ二つにされて苦痛の表情というよりも。。身体が切られた驚きを浮かべるヤツらの方が多かったな。。


 フムフムと頷く僕を見て、

「アルも納得してくれたなら、すぐにお願い。時間が勿体ないわ。」

 リリィはローラを促す。。

「でも。。それって”剣”でしょう?私が使いたいのは”メス”なのよ。。持てないわ。。」

 至極もっともな答えがローラの口から溢れる。


 だが。。。

「これでいいんだろ?」

 と出てきたアンスウェラーは”メス”に変化している。。聞けば、ローラの思念を読み取り、”メス”に変化したのだそう。。



 そうして。。


「・・・・んん。。。」

 リリィの額に汗が滲む。

「大丈夫?」

 僕は汗を拭う係。。他にやることがない。。


「えぇ。覚悟してたよりかは、痛みはないわ。。不思議。。」

 リリィは笑顔を見せる。

「こっちも。。とても素晴らしいわ。。これなら、双子ちゃんでも、時間は最低限で済むわ。。リリィちゃん。。がんばって。。」

 ローラは真剣な目をメスから離さずに、けれども優しい口調でリリィを励ます。



 程なくして。。。

 元気な産声と共に、双子は僕の手に抱かれた。。

 リリィに抱かせてあげたいが、切り開いたお腹の処置がある。。


「かわいいわ。。」

 リリィは僕の腕の中の双子を感激に潤みながら見つめていた。


 双子はどちらも人間の見た目。。

 僅かに体色が赤黒い気がする男の子はヴァンパイアなのかもしれない。オーラが強いのだ。。

 女の子はオーラも感じ取れないほど弱いので、人間だと思われる。。


 でもどちらでもいい。。リリィの幸せそうな表情を見れば、僕にはそれだけで十分だ。




 しばらくリリィの様子を見て、問題ないとローラが判断し、僕たちは王城へと帰る。。


 というか。。。

 すっかり連絡を入れるのを忘れていた。。

「マズイ。。非常にマズイ。。」僕はもの凄く大切な連絡をシグナルに入れなかったことに焦る。

「せっかくなら、シグナルを驚かせましょう?」ローラは悪ノリを見せる。

「ふふっ。。そうね。。どんな顔するかしら。」リリィも余裕の態度。。


(ねぇ。シグナル。。遅くなってしまってごめんなさい。。正面の玄関まで迎えに来てくれないかしら?)

 とリリィに連絡を入れさせた。。

 シグナルは、なぜ普段の”通用口”ではなく、”正面玄関”なのかを気にしていた。

 正面玄関は、ジョージ達王族が使うものだから。。

 サクラなら使うが、スライムの僕だと使わないし。。


 それにはもちろん僕とジョージの秘匿通信が関わっており。。




 シグナルは、リリィの帰りが遅いことを気にしていた。。

「試合が長引いているのだろうか。それとも昼食で盛り上がっているのか。一言連絡をくれれば。。」

 書類に目を通しているが、予定時刻を過ぎた辺りから、全く内容が入ってこない。。

 諦めて、紅茶を入れた。。

 既に3杯目。。。飲み終えようとしたところで、思念が繋がる。


(ねぇ。シグナル。。遅くなってしまってごめんなさい。。正面の玄関まで迎えに来てくれないかしら?)

(ん?正面はジョージの許可が無くば使えん。。どれくらいで戻る?ジョージに聞いてくる。)

 最愛の妻からの通信に、シグナルは首を傾げながらも答えた。


(大丈夫。。アルが連絡してくれて。。疲れてるなら、回り道して通用口を使うより、一番近い正面玄関を使えばいいって言ってくれたの。)

(ふむ。。アル陛下がお疲れならばな。。分かった。。すぐにそちらに行く。)

 シグナルはジャケットを手に取り、玄関へと足早に向かった。。



「くっくく。。あれ、絶対勘違いしてるって。」

「そうよね。。まさか奥さんが出産で疲れてるなんて微塵も思って無いわよ?」

 僕とローラは、二人の思念を盗み聞いて、クスクスと笑う。

「ふふっ。。アルの事となると、つい甘くなるのよ。。面白いわよね。」

 リリィもクスクスと声を上げる。。


 双子は僕とローラの腕の中に一人ずつ。。僕たちの会話にも動じることもなく、すやすやと寝息を立てている。。



 王城の正面玄関前には、シグナルが佇む。その横にはジョージ。。


「クリケットの試合は、あの子達が勝ったそうだよ?」

 ジョージは、王城の門の先を見ながら、報告する。

「そうか。。リリィもさぞ喜んだことだろうな。。」

 シグナルも、門の先から目を離さず答える。


「そういえば、ピンチヒッターで、アルが試合に出たそうだよ。」

「何っ?陛下がっ?大丈夫だったのだろうか?」

 慌てるシグナルにジョージは笑う。

「大丈夫だから、帰ってくるんだろう?」

「そうだが。。だから勝てたのか。。だからお疲れなのだな。。」

 顎に手を添え、見当違いな結論のシグナルに、

「お疲れなのはリリィだと思うけどね?」

 とジョージが微笑む。


「ほら、帰ってきたみたいだよ?」

 アルの件で目を逸らしていたシグナルに、ジョージが教える。

 とても小さく門に差し掛かる白虎の姿があった。。


「・・・ん?何故ローラが一緒なのだ?陛下が試合で怪我でもされたのか?」

 目を凝らすシグナルの肩に、ジョージが手を置く。。

「僕の予想では、あそこに瞬間移動するべきだよ?」

「何?それほどのお怪我を?」

 目を見開いて、ジョージを見るシグナルの頭を、

「違う違う。よく見て。」

 と正面に向け直す。


「あっ。。。あっ。。。」

 ジョージに言われて目を向け直したシグナルからは、最早言葉が出てこなかった。


「ね?瞬間移動するべきでしょ?」

「あ。あぁ。。失礼する。。」

 それだけを言い残し、シグナルは転移した。



「・・・・リリィ!!!」

「ただいま戻りました。」

 これでもかというほど目を見開いたシグナルに、リリィは穏やかな笑みを返していた。


「おめでとう!!シグナル。」

 僕は腕の中の小さな宝物をシグナルの前に出す。

 彼は信じがたいといった表情で、おずおずと受け取った。。


「まさか。。。」

 息を乱し、僅かに震える手で、初めて我が子を抱く。。

「もう。。そんなんじゃ、こっちの子が渡せないわよ?」

 ローラはからかい混じりな声だったが、優しく丁寧に、もう一人の子をシグナルに抱かせた。。


「シグナル。。私も抱っこしてないの。。部屋まで大事に連れて行ってね?」

「あぁ。。もちろんだ。。」

 シグナルは普段の冷静沈着とはかけ離れ、呼吸を乱しどうして良いのかさえも分からない様子。


 正面玄関に着けば。。。


 その両側には整然と皆が並ぶ。。

「リリィ。。シグナル。。おめでとう。」

 ジョージの言葉に、集まった官吏達からも小さな声で言葉がかけられ、小さな拍手が起こる。

 遠慮がちな小さな音。。けれどそれは生まれたての赤ん坊を気遣ってのこと。。

 なぜか僕がじーんと来てしまった。


「・・・うぅ。。」

 思わず感激しすぎて。。。涙を堪えようとして。。。嗚咽が出てしまった。。

「アルが感極まってどうする?」

 ジョージが優しく少年姿の僕を抱き上げて、泣き顔を胸に隠してくれた。


「アルがいてくれたから、無事に生まれてこれたの。。ずっと傍にいてくれたの。。アルが一番心配してくれてたのよ。。だから、緊張の糸が切れたんだと思うわ。」

 リリィは白虎の背中から、僕の背中をさすってくれる。


「そうだったか。。リリィ。。疲れただろう?このまま今日は特別室に。。女官を数名付けるから。。何かあれば呼ぶんだぞ?」

 ジョージのてきぱきとした指示に、リリィが慌ててしまう。

 特別室と言えば、国賓が来た際に使う寝所だ。。。とてもリリィが使うような部屋ではない。


「何を言ってるの?自分の部屋で十分よ?シグナルもいるし。。」

 リリィが言い終わらないうちに、ジョージは首を振る。

「ローラから事情を聞いている。。シグナルも状況を聞けば納得する。。賢者として特別室を使うことを躊躇うならば、国王として命ずる。。もしくは魔王軍司令官を今夜は国賓として招く。。それならば良いだろう?」

 ジョージは断れないように、あえて事務的に言った。。そこはリリィ。。ジョージの優しさなのだと伝わったのだろう。。


「ありがとうございます。。それでは。。お言葉に甘えさせていただきます。」

 いつもなら、頑なに拒むリリィにシグナルに不安が芽生えたのだろう。。

「リリィ。。どういう事だ?」

「シグナル?私も一緒にいるから。。詳しくはそこで説明するわね?それよりも、リリィと赤ちゃんを休ませてあげましょう?」

「あ。。あぁ。。そうだな。。」

 シグナルはリリィと腕の中の双子を交互に見て、ローラの言葉に従った。。



 それから、特別室に移動したシグナルが、出産の状況を知らされて驚愕したのはいうまでもない。。

 麻酔も無い状況で、さらに”メス”が聖剣アンスウェラーだったなど。。。

 緊急を要する事態だっただけに、自分が立ち会えれば、痛みを消す術を使えたと悔しそうにしていたそうだ。。


 だが、”魔法”は使わない方が良いと言ったのはシグナル。。とローラに突っ込まれ絶句し。。

 そうかと思えば、一時も双子を離そうとせず、”ベッドに寝かせてあげて!”リリィに叱られ。。

 赤ん坊が泣き出せば、オロオロとして。。泣き止めば相貌を崩し。。


 冷静沈着の鬼教官のあまりの変貌ぶりに、リリィとローラは目を見交わして苦笑し。。

「これほどの幸せを味わったことが無いのだ。。仕方ないだろう。」と開き直り。。


 双子の赤ん坊は。。それを知ってか知らずか。。

 前世の記憶は失っているはずにもかかわらず。。

「ん。。」「にゃ。」

 と目を合わせて幸せそうに頷き合った気がした。。

 

 


 ようやく無事にリリィとシグナルの所にも、幸せが増えた。。。



 これから先、僕とジョージと。。。リリィとシグナルと。。

 ジョシュアとアリアと。。。新たな双子と。。

 未来に向けて、新たな物語が紡がれるのだろう。。


えーと。。いつものことながら、医学的な事は分かりません。。

双子ちゃんの状況はあくまでも医学の発達してないファンタジーな世界なので。。

と思ってください。。。

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