第22話 ~英雄の手帳~
マロウさんが出してくれた本を見る。
かなり古いもののようで、革の表紙はすり切れ、4隅の角は破れ、紙は撓撓になっていたり、日に焼けて変色もしている。
表紙に何か書いてあるが、表題も名前も読むことはできない。
ジョージがそっと表紙をめくる。
---この手帳も7冊目となった。私は巡り会うことができるのだろうか---
---緑の国は美しい。港から入ってすぐに広がる森も水豊かな川も。力強い生命力に富んでいる。獣もモンスターもそして人間も。恵み豊かに生命を育むこの大地は、どこか『はじまりの国』に似ている---
---今日は牙熊に遭遇した。他の大陸と比べると体格も身体能力も高い。とても良く育っている。この大陸のもたらす恵みだろう。---
---この村はいい。文明レベルとしては、自然の恵みが豊かだからか、少し遅れてはいるが、人々は温かく、異国人に対しても嫌悪感を表さない。小さな村にもかかわらず、鍛冶屋の腕もいい。森と隣接し、日々、獣やモンスターの驚異に晒されているために、村人の武器を扱う能力も優れている。私の剣も新品の輝きを取り戻した---
---この国に来て63日が経過した。あれはまだ見つからない。本当にあるのだろうか---
掠れたり読めなくなっているページが多いが、読める部分を探しながらページを探して読んだ。
「これは、旅人の日記のようだね。何かを探してこの国に入ったようだ。」
「ずいぶん古そうだし、いつ頃の時代なんだろうね。」
僕とジョージは顔を見合わせる。世界樹の記録はまだ出てこない。
---今日はこの国の王に謁見した。この大陸に来て、何度か旅人や村をモンスターから助けたが、その中に王族のものがいたらしい。なにか褒美をくれるというが、興味がないので断った。ついでにこの王都の城壁が痛んでいることを伝えた。このままではモンスターに陥落されかねない。修復に対する技術を語ったところ、頼まれてしまったので、やることにした。旅の小休止だ---
---この国は獣やモンスターに対する戦いのために、武術に秀でている。しかし、魔法については発展しなかったようだ。賢者と呼ばれる者達は、他の大陸の駆け出し魔法使いのようだ。城壁修理の合間に少し指南する。---
---城壁の修復も目処がついた。が、やり始めれば気になる性分。城門も少し手伝うことにした。石垣を積めば、少しは強度が増すだろう。---
急にジョージが手を止める。
「どうかしたの?」
「いや。これは。だが。そんなことがあるはずが。。。」
ブツブツ独り言を呟く。
「ねぇ。ジョージ。何?気付いたことがあるなら、僕にも教えてよ。」
「あぁ。ごめん。この手記の内容が本物だとすると、城門の石垣はこの人が作るのを提案したということになるだろう?」
「そんな感じだよね?それがどうかしたの?」
「これが本物だとすると、これを書いたのは2000年以上前になる。しかも著者は。。。伝説の英雄アルフォンだ!」
「え?どういう事?」
「この国の城門は見たよね?石垣を積んでいる。。。石垣を備えた城壁・城門とも2000年に渡り、敵にもモンスターにも突破されたことはない。その技術を伝承し、作ったとされているのが、旅の途中に立ち寄った英雄アルフォンによるものなんだ。」
「つじつまは合うよね。。。」
「だが、2000年以上の前の手帳が残っていること自体。。。後生でその伝承を作り上げたのかもしれない。。。」
「でもさ、アルフォンっていったらあの人だよね?世界樹の葉を見つけた人。。」
「そうだよ。」
「それなら。僕もちょっとこれ、触っても良いかな?本物だと思うんだ。」
確証はないが、何かにひかれるように。。。
そういって僕は本に近づき触れようとした瞬間。。。
ぱらぱらぱら
風が吹いたように手帳のページが捲られる。そして何も書いていないページに行き着く。
「やっぱり。。。」
その空白のページだけがその当時の紙の美しさのままだった。オフホワイトのざらついた紙で、現代のものでないことが分かる。
その紙と僕が、共鳴するようにうっすらと光を纏っている。ジョージは気付いていないみたいだ。
だが、それこそが《世界樹の葉》を漉き込んだ証拠だ。僕の中の《世界樹の葉》と共鳴しているんだ。
僕は手帳に触れる。その瞬間、空白のページに文字が浮かび上がる。
---世界樹に選ばれし者よ。そなたの為に書き記そう。---
そう書き出されていた。
私の名はアルフォン。はじまりの国で生まれた。小さいが四季があり緑豊かな美しく穏やかな国だ。
幼少の頃より、武芸に秀で、モンスターが出れば、どこへでも赴き討伐した。15になる頃には、勇者と呼ばれるようになっていた。
軍や王家からも声をかけてもらったが、若く自由を求める私には荷が重かった。
17になり、世界への旅に出た。いつまでも井の中の蛙ではいられない。
『青の国』の止むことのない雨風には困ったが、水上を利用した家々は面白かった。
『白の国』の氷点下の寒さはきつい。どこまでも真っ白な世界が続いている。私にはどこからが地面でどこからが湖なのかも見分けがつかないのに、現地の人々が迷うことなく、湖面に穴を開けて魚釣りをする姿に感心した。
『黄の国』の砂漠は気温変動に身体が追いつかなかった。昼間の焼け付く暑さで思い出すのは、青の国の雨の事ばかりだった。
私はこの国で運命の出会いをすることとなった。生涯忘れることがない妻との出会いだ。
当時の私はまだ若く、魔法で水を作り出すにも、限界があり、雨雲を呼ぶほどの魔力もなかった。
小さな村を見つけると、僅かばかりの水を貰う。そんな生活が続く。
旅に出るときに自分で決めたルールはたったひとつ。必ずその国を一周すること。そのルールが守ることが出来ないかもしれない。と初めて思った国だった。
ある日、又角蜥蜴に遭遇する。大型で、私と同じくらいの体格をしていた。一人では到底勝てそうにもない相手だったが、私のすぐ後ろには、村があった。つい先ほど後にしてきたばかりだ。私がここで引けば、必ず村が襲われる。
何が何でも勝たなくては。その一心で剣を振るい、気付けば勝っていたようだ。だがしかし、その時には自分が深手を負い、息も絶え絶えとなってしまった。
目が覚めると、美しい娘が私を覗き込んでいた。10日も眠ってしまっていたようだ。その娘が看病してくれたらしい。私は一目惚れだった。彼女には家族はなく、小さなあばら屋で怪我が治るまで世話になった。
右膝の骨が折れており、歩けるようになるまで半年もかかった。だが、年頃の二人にとって、半年あれば恋に落ちるには十分だった。
当時、私が19。彼女は17だった。
旅に大層な理由があったわけでもない。かけがえのない宝を見つけた私には、旅を続ける理由が無くなってしまった。そして私たちは結婚した。
二年ほど経った頃、彼女の右手に小さな黒いシミができた。それは徐々に大きくなり、腕に広がり、体中を蝕んだ。砂漠特有の風土病らしく、それに罹患すれば助かることはないらしい。
私は、持っていた薬草や回復魔法、食事や医者。考えられることは全て試した。だが、運命の女神は微笑むことなく、たった一ヶ月後に彼女はこの世を去った。
心に空いた穴を塞ぐために、私は再び旅に出ることにした。死者さえも蘇らせることができるという、《世界樹》を求めて。。。
『赤の国』に渡り火山の洞窟の中まで探した。灼熱の国であったが、その頃には、もう、私の心は死んでいたのだろう。暑さを感じた覚えがない。
『黒の国』の常夜には心が落ち着いた。常に薄暗いその国は、私の心の暗い部分をごまかしてくれるような気がしたからだ。
『緑の国』ジャングルが広がり、獣やモンスターが多かった。だが、恵み豊かな国は、故郷を思い出させてくれた。
死者を蘇らせるため、禁忌をおかそうとしている私の暗い闇に、少しだけ懐かしさという気持ちを思い出させてくれた。
王都での城壁城門を強化し、また旅に出た。
ある森へ入った時の事だった。遭遇したのは黒龍だった。龍種の中でも魔法まで使いこなす厄介な敵だ。しかも私ごときが一人で相手に出来るモンスターではない。本物の勇者パーティーが出るようなモンスターだ。
死は常に覚悟していた。が、戦う理由もない。私は逃げに徹しようと剣も抜かずに、後ずさりをした瞬間、後ろから掴まれた。今、目の前にいた黒龍にだ。
私の身体には太い爪が深々と刺さり、大きな穴となっていた。私は吐血し、意識は深い闇へと吸い込まれていった。
黒龍は私に興味が無くなったのか、そのまま投げ捨てた。
次に目を覚ましたのは大きな樹の根元だった。
生きていることが不思議だった。しかも傷もない。夢だったのかとも考えたが、破れた服が夢ではないことを物語っている。
そうして不思議な感覚に捕らわれながら数日を過ごした。
そして、その樹が私が追い求めていた《世界樹》であると知ったのだ。
私は愛する人が待つ砂漠の『黄の国』へはすぐに戻らず、ここに滞在し、調査することとした。
これを読むことが出来る君は、《世界樹》の元へ行ったのだろう。この文章は《世界樹》の恩恵を授かったものにしか発動しない仕掛けをしてあった。
では、私が《世界樹》について調べた事を書き記そう。これが全てでは無いと思う。君だけが知り得たことがあるのならば、後世の為に加筆してくれ。
第一に、死者を蘇らす力・・・命絶えたすぐであれば良いかもしれない。が、そのまま生き返らせるので、私の妻のように白骨した場合には、蘇った本人が気の毒であろう。
第二に、傷を癒す力・・・・・これは、葉でも雫でも可能だ。葉は、傷が小さければ、使い切らなかった葉の力が、そのまま葉の欠片として残る。
雫は木の幹に付く朝露だろうが、葉に付く雫だろうが、雨が降って葉からしたたり落ちた雫であろうが、その力に差はないようだ。一度《世界樹》に触れれば、傷を癒す力を雫に宿らせることができるようだ。
だが、雨は降らない。私も長い期間いたが、雨は一度しか降らなかった。しかもほんの僅かだ。
葉についてだが、ちぎろうとしても無理。切ることも無理。手に入れようとしたら、落葉を待つのみしかない。落葉するのにも法則はないようだ。
役には立たない情報だろうが、樹には意志があるようだった。樹の根元で眠らなくてはならないが、ベッドなんてあるはずもない。そのかわり、木の根が自分の希望に添ったように変形してくれる。
樹にはテリトリーがあり、出入りしようとすると、《世界樹》の存在そのものを見えなくしてしまう。
そして、出入りする際には《世界樹》のアイテムを持って行くのがよい。重苦しく張られた結界も、アイテムが触れれば解錠する。
食事に関してもテリトリー内であれば、一滴の雫で空腹は満たされる。
見開きのページを読み切ると、ジョージと僕は一旦休憩を取ることにした。




