第21話 ~図書館~
名前が決まった。あっさりと決まった。それはもう簡単に決まった。
まぁでもいいか。。考えるのめんどくさいし。なかなか良い名前だし。
「今日から僕、『アル』かぁ。」
「え?嫌だった?」
「そんなこと無いよ。結構気に入ってるよ。」
「あぁ良かった。」
あ。。そういえば、隊員のみんなも名前考えてくれるって言ってたよな?不味い?
しかも『ジョージ抜きはやめよう』って言ってた。が、『ジョージしかいない時』は良かったのだろうか。。。
まぁ。決めてしまったものは仕方がない。。。かな?
料理はどれも美味しくて、二人で堪能した。
食後のコーヒーを飲んでいると、
「それで、なぜそんなに図書館へ行きたいんだい?」
「サクラのこととか。。。世界樹のこととか。。。調べたくて。王都の図書館なら、たくさんの本があるでしょ?」
ジョージには言えないが、ホントの所、
自分とサクラが元に戻る方法と、サクラの命のタイムリミットが知りたい。
なんらかの加護があるかもとは言っていたが、あくまでも、”かも”なのだ。眠ったままの状態で、人間の平均寿命まで全うできるとも考えにくい。
それから、《世界樹の葉》と《世界樹の雫》のことを、もっと詳しく知りたい。このままで元に戻れるとは思えない。。
そうなれば、スライムの身体で旅をすることになる。人間の身体よりもリスクが高い。。命綱であるアイテムの正確な効果・効能・使用方法を知るのは必須だ。
「そうか。。王立中央図書館であれば、蔵書も多い。国内外のものが揃ってる。それに僕なら、最奥の機密保管庫にも出入りできるけど?」
ジョージはドヤ顔で、さらっと重要事項を話してくれた。だが、
「ただ、僕は本が好きだったから、随分な量の図書を読んだよ。もちろん国家機密レベルの魔法やアイテム。そういった本もね。全部読んだわけではないけれど。。。サクラちゃんを助けてあげられるような内容とか、世界樹に関しては僕が以前に話した伝説程度しか分からないかもしれない。。」
残念そうにジョージが話す。
(でも。。なにか手がかりがあるかも。。)
僕たちは店を後にして、図書館へと向かった。
裏路地には、多くの店がひしめき合って並び、今、食事をしたにもかかわらず、ジョージは僕にいろいろと買ってくれ、二人で食べ歩きした。
僕は気になることを聞いてみた。
「ねぇ。ジョージ?これって、お城の方向に戻ってない?」
そう、かなり大回りして、気付けば城が近くなっている。
「そうだよ?国の施設だからね。王都中央の官庁街にあるよ?」
「それなら、お城からすぐだったじゃん。なんで、遠回りするのさ。」
「お昼ごはんとか食べ歩きとか。。楽しいよね~。」
あぁ。これは、悪気がないやつ。突っ込み入れてものれんに腕押しのやつだな。腹を立てるのはやめよう。
僕は、ジョージの性格をなんとなく掴みかけていた。いや。コレを習得しても大して役には立たないけど。
この王都は戦禍に直接巻き込まれた事がないため、町並みは煉瓦造りが多く、区画は街路樹の種類によって整理されている。
市民の住居区画は『緑の国』にふさわしく、ツタが絡まる家が立ち並ぶ。ツタの色はグリーン系だけでなく、レッド、オレンジ、イエローなどさまざまで、見る者を飽きさせない。
店舗区画は、看板などが掲げられ、賑やかな通りとなっている。
ジョージと来た裏路地はここにあった。
高級邸宅区画に入ると立ち並ぶ建物も敷地もその区画の名にふさわしく、ゆったりとした敷地に大きな邸宅が並ぶ。貴族や有力者、官僚などが住んでいた。
ここから先を隔てるように堀がある。橋は3カ所でその先に進むためには許可証が必要である。
そして城を取り囲むように官庁街がある。
そう。だからこそ、ジョージに突っ込みを入れたくもなるのだ。いちいち許可証を提示する堀を越える必要があったのか。。。
橋で許可証を提示する。
「はーい。名前は。。ジョウさんだね。入るのは図書館だけだね?日暮れまでには帰ってきてね。」
門番のおじさんが言う。
(ん?ジョウ?)
ジョージの持っていた許可証らしきものを覗き込む。。と一般人の住民カードだった。
確かにそれで、図書館へは行けるが。。。だいたい王子が庶民の身分証を持ってる理由が分からない。。偽造じゃん。。
「ジョージ?それ。。。」
「あ。これかい?こんなとこで、身分が分かったら、いろいろと面倒だからね。作ってもらったんだ。」
コッソリと。と小さく呟いたのを僕は聞き逃さなかった。やっぱ偽造なんだね。。王子様。なにやってんの。。。
図書館は5階建ての建物で、階数ごとに分類がなされている。
入り口で住民カードを提示し、中に入る。
「地上部分は一般の人が見ることができる本しかないからね。僕たちが進まなくてはいけないのは。。こっちだよ。」
ジョージは奥へと進む。天井まで続く本棚に囲まれた場所に、小さな古ぼけた机に一人のおじいさんがいた。鼻眼鏡をちょこんとのせ、分厚い本を広げ起きているのか眠っているのかも分からないほど、身じろぎもしない。
「マロウさん?」
ジョージが声をかけると、ちょこんと乗せた鼻眼鏡を直しながら、おじいさんが顔を上げる。
「あぁこれは、坊ちゃま。今日はどういった本をお探しですか?」
その問いにジョージは答えず、一際小さな短剣を取り出し、おじいさんの前に置く。
不思議なのは、その短剣の刃が緑色の宝石で出来ていることだった。
「はい。今日はそちらにご用ですね。」
そういうとおじいさんが掌を差し出す。深い皺のある掌に、何か入れ墨がしてあるようだ。
ジョージは何も言わずに短剣をおじいさんの掌に突き立てた。
「っっ・・・!!!」
突然のことで、僕は言葉すら出なかった。
だが、続きはここからだった。
短剣が突き立てられた手から、魔法陣が浮かび上がり淡い紫の光を放ち始めた。
それを見て、ジョージは短剣を仕舞う。
おじいさんはその掌を横の本棚に向けると。。。本棚が魔法扉になった。
本棚はそのままあり、そこに光る扉が浮き上がっているのだ。そのまま進めば、本棚にぶつかりそうで。。不思議な光景だ。
「さぁ、行こうか。」
ジョージの肩に乗る僕には拒否権などあるはずもない。
目の前に本棚が迫る。
(うわー。ぶつかるー!!)
と思った瞬間、身体が本棚をすり抜け、その奥の道が見えてきた。
細い廊下になっており、少し先に下り階段がある。廊下の壁には等間隔に燭台があり蝋燭が灯る。だが、その蝋燭の炎は緑色で、魔法による光であると分かる。
地下1階へ着いた。その床に着いた時、真っ暗だった部屋に次々と明かりが灯る。緑色の光に包まれた部屋の壁には本棚がぐるりと1周しており、天井までびっしりと本が詰まっている。
部屋の本棚は壁に沿った部分だけで、部屋はがらんとしている。床には魔法陣が描かれており、中央にポツンと机がある。
緑色の光の中に浮かび上がるその光景は、実に幻想的であった。。。
「。。。。。」
僕が目を丸くしてぽかんとしていると、
「アル?簡単に説明しておいた方がいいのかな?」
「うん。。。」
周囲を呆然と眺めながら、心ここにあらずで頷く。
「最初からの方が分かりやすいよね?マロウさんのことから。」
そう言って、話をしてくれた。
あのマロウというおじいさんは、機密保管庫の番人なのだそうだ。彼の身体がそのまま鍵となっており、ジョージの持っていた短剣。緑の宝石でできた『宝剣』を持つ者だけが入館を許される。
マロウの掌の魔法陣に刺すと魔法扉が開く仕組みなのだそうだ。
なので、実際には魔法陣が鍵穴で宝剣が鍵となり、マロウさんが傷つくことはないらしい。
また、魔法扉をくぐり抜けた先にある蝋燭の明かりは全てマロウさんの魔法によって保たれているそうだ。
そして、この地下1階部分は魔術書や伝記が納められている。魔法書の中には、本自体に魔法がかかっており、本を開いた瞬間に発動するものもあるらしく、それを防ぐため、中央の魔法陣上に置かれたデスクでのみ閲覧を許される。
部屋は地下2階もあるそうだ。そこから下は、軍事利用されれば、国家を揺るがすレベルの禁忌魔法などの書がある。また、魔法がかけられた本も、その魔法や呪いが死に至るものばかりの危険な書ばかりなのだそうだ。
ジョージは軍の司令官として入館したことがあるそうだが、使用する予定の本はないので、参考程度にしか滞在しなかったそうだ。
地下2階への扉は、さらに入館が制限され、滅多に人が入ることはない。
地下3階より下もあるらしいのだが、その危険性により、足を踏み入れるものはいない。ジョージも噂で下層階があることを聞いているのみだった。
噂では、その地下層階はさらに続き、最下層にたどり着いたものはいない。そして、階を降りるほどに手に入れられる情報は何にも代え難いほどのものらしい。
あるものが伝えるには、大魔導師をも凌ぐ魔力を手に入れたという。あるものが伝えるには、武芸を極める力を手に入れたという。あるものが伝えるには、全ての魔法を無詠唱にて使えるようになったという。あるものが伝えるには、世界中の知識を得たという。
ジョージが説明を終える。
「え?何?ここ、図書館なんだよね?下手な迷宮より凄い伝説が付いてるんですけど。。。」
「眉唾だよね~?地下3階に進んだ人も聞いたこと無いからね~。」
軽く笑っていなす。そんな話をしたジョージが信じて無いようだ。。。
「では、坊ちゃま。何からお出ししましょうか?」
部屋にマロウさんの声が響く。
「え?マロウさん?」
僕がキョロキョロしていると、
「マロウさんが来ている訳じゃないんだよ?彼はさっきの所から、僕たちの精神に語りかけてるんだよ。」
ジョージが説明してくれた。
「だからね。君が望んでいるものを彼に伝えてごらん?希望の本を探してくれるから。声に出してもいいし、心の中で彼に話しかけても大丈夫だからね。」
そう言って、ジョージが
「マロウさん。僕じゃなくて一緒に入ったスライムのアル君の探し物なんだ。彼の声を聞いてあげてくれるかい?」
「承知いたしました。アルさん。何をお探しですか?」
(えーと。どういったらいいのかな。。。サクラの事かな。。。それとも世界樹のことかな。。。)
僕が迷っていると、本棚から1冊の本が抜かれ、空中をゆらゆらと揺れながら、机の上にそっと乗った。
「世界樹のことでしたら、こちらはいかがでしょうか?」
マロウの声がした。
心で考えただけで、語りかけていないのに本が用意されたことを、僕は戸惑っていた。
「なんだか、心を見透かされたようで、ちょっと怖いような感じがしたかい?僕も最初はそうだったけどね。マロウなりの親切心だから。彼の好意を受け取ってくれないかい?」
そう言ってジョージは机に置かれた本を僕に差し出した。




