~記憶の欠片 2~
バタンっっ!!
リリィの部屋の扉が勢いよく開き、シグナルとアルが飛び込む。
「ジョージ!!リリィが倒れたと聞いたんだがっ!!」
慌てふためくシグナルの目には、ベッドに横になるリリィの姿。。
「シグナル。。今、眠ったところだ。。」
ベッドの縁に腰かけていたジョージが静かに立ち上がる。
「ねぇ。ジョージ。。大丈夫なの?」
僕はシグナルの肩からベッドに飛び降りて、リリィの顔を覗き込んだ。
穏やかな寝顔だが、どこか顔色が悪いようにも見えた。
「アル。。リリィは大丈夫ダロ。。あとはシグナルに任せるダロ。。」
ベッドの下からソルアの声。
僕はベッドから、下をのぞき込んで、ソルアの顔を見て、
「本当に大丈夫?」
「うん!」
なぜか元気そうに返事をするソルアの言葉からは心配する感じは読み取れない。
大した病気ではないようで、僕は少し安心して、ソルアの頭に乗る。
「じゃ。僕たちは帰るダロ。シグナル。あとは任せたダロ。」
すたすたと扉へ向かって歩くソルア。。その上に乗る僕に、そぅっとジョージからの思念。
(アル。。ソルアはなんと言ってるんだ?リリィは大丈夫なのだろうか?)
(え?ジョージは聞いてないの?・・・うん。でも、ソルアが何かを隠してる感じはしないから。。リリィは大丈夫だと思うけど。。)
僕たちは顔を見合わせ首を傾げたものの、ソルアの能力には絶対の信頼がある。不思議に思いつつも、改めて詮索することもなく部屋へと戻った。
「・・・ぅぅん。。」
リリィは額にヒヤリと冷たい感触を覚えて目を覚ました。
「あぁ。すまない。起こしてしまったか。。」
片手に乾きかけたタオルを持ったシグナルが心配そうに彼女の顔を見ていた。
「シグナル。。来てたの?・・・これ。。ありがとう。」
額に乗せられた冷たいタオルに触れながら微笑むリリィが、シグナルには何故かいつもよりも美しく見えた。
「少し熱があった。。吸血したのだが。。いっこうに下がる気配がないんだ。。」
リリィの手を握り、戸惑いの色を隠せないシグナルに、リリィが「ふふっ。」と笑い、彼は意味が分からずに困惑の表情を浮かべる。
「ねぇシグナル。起こして?あなたの腕の中に入れて?」
リリィは両手を広げてシグナルを待つ。
「・・・あぁ。」
彼は一瞬躊躇しながらも、ゆっくりと彼女の身体を気遣うように優しく抱き上げると、その膝の上に抱え込んだ。
リリィはシグナルの首に手を廻してその首に目を閉じて顔を埋める。
「シグナル。。。ありがとう。。」
小さく囁かれたその言葉に、シグナルがピクリと反応した。けれど何も言わない。。。
リリィの言葉の意味が通じて驚いているのか。。意味が分からなかったのか。。彼女にはどちらでも構わなかった。。まだ伝えることはあるから。
「シグナル。。吸血しても熱は下がらないわ。。しばらくはこのままなの。。」
その言葉に、シグナルは彼女の身体を引き離した。。
「・・・どういう事だ?・・・私の知らない病気か?」
目を見開くシグナルの顔には動揺が浮かぶ。
「もう。シグナルったら。。”ありがとう”って言ったでしょ?」
未だ戸惑うシグナルの手を握り、リリィは自分のお腹へと手を持って行った。
「双子ちゃんをありがとう。いいパパになってね?」
少し頬を赤らめてはにかんだリリィはシグナルを見つめた。
喜ぶかと思ったシグナルの表情は氷ついたかのような、いつものポーカーフェイスで彼女のお腹を見つめている。。
けれどもリリィのお腹に触れている手が僅かに震えていた。。
「・・・シグナル?聞こえてなかった?」
リリィの問いかけに、彼はゆっくりと目線を彼女に戻すのだが。。顔は強張ったまま。。
そんなシグナルを、リリィは何も言わずに見守りながら、彼の頬にそっと手を添えた。
「・・・リリィ。。本当なのだろうか?・・分かる時期にしては早すぎる。。」
強張る表情そのままに、まるで棒読みかのシグナル。
「シグナルはソルアに会わなかった?・・・ソルアがね?そっと教えてくれたの。。でも、”パパが一番に知るべきダロ!”って誰にも聞かれない思念でね。。そう言うところは気が利くわよね?私がシグナルに伝えるまでは、絶対に誰にも内緒にしておくからって言ってたわ。」
「そうか。。創造神が言うのであれば。。間違いないのか。。」
リリィのお腹に触れていた手が一瞬離れたかと思うと、彼女の手を強く握り直し、もう片方の手でリリィを引き寄せた。
シグナルは何も言わないが、抱きしめられたその温もりがリリィに幸せを伝えていた。
「ねぇねぇ。ソルアぁ。リリィは大丈夫なの?」
部屋に戻った僕は、開口一番、聞いてみる。
「ははっ。アル。。さっきはソルアを信じてると言ってただろう?もう終わったのか?」
ジョージは苦笑いで僕を見た。
「だってさぁ。気になるじゃん。まぁ、シグナルがいれば、軽い病気は治るけどさ。」
「僕、おやつ食べたいダロ!!おやつ食べたら、分かるダロ。」
ソルアは意に介さず、リュウセイにおやつを指示し始めた。
おやつを食べて、なぜリリィの病状が分かるのか意味が分からない。。
「まぁ、僕たちも少し落ち着こうか。」
ジョージもハクゼンに、午後の仕事についての指示を出すと、ソファーに腰掛け、「おいで。」と言われるままに、僕はその膝に乗る。
「うーん。何かひっかかるんだよなぁ。」
僕はなんとなく釈然とせず、むくれてしまう。。ソルアの態度からすると、何かを知っていそう。。大丈夫だからって、もったいぶる必要性が分からない。。
「アル?口。。」
ジョージは僕の尖った口を人差し指でプニプニと押してくる。僕は気持ちが表情に出てたと分かって、慌てて苦笑しながら、口を引っ込めた。
僕たちの前におやつセットが並ぶ頃。。
バサバサバサっ。
羽音と共にホセがやって来た。
「何しに来たんだよぉ。」
「おやつの時間みたいやな。さっきのフルーツも美味かったけど、こっちは別腹やぁ」
と当たり前の様に席に着く。
「・・・さっきのフルーツ?もしかして食堂にも来てたのか?」
ジョージがホセを見る。
「もちろんや。リリィが残したフルーツは全部食べといてやったで~。余らせたらもったいないからな。」
「抜け目ないな。」
僕はホセを見て呆れかえる。いつもこういう時の鼻が利くというか。。自分の好きな事は見逃さないというか。。まぁ古代竜神だもんな。。鼻くらい利くわな。。
だが、”神”の力をそんなことに使うなよ。と思わなくもない。
目の前には、美味しそうなフルーツゼリーが並び、僕とジョージ、ホセと子供達が腰掛け。。。
「なんでサタンまでいるんだよ。」
首を傾げる僕の声を無視して、サタンはリュウセイにデザートの追加を伝えている。
(そんなにゼリーが好きなのか?)
「・・・陛下。私の分ではありませんよ?」僕の心を読みながらも、涼しげなサタン。
「もうそろそろ来るころやな。」とホセも答え、その横では既にゼリーを頬張りながら頷くソルア。
僕とジョージは目を見合わせて、首を傾げたその時。
コンコン。
ドアのノックの音が響き、シグナルが入って来た。
「陛下。。少しお時間を頂戴してもよろしいでしょうか。。」
何かを思い詰めたような真剣な顔に、僕はたじろいでしまう。
「・・・リリィは大丈夫?」
僕は不安に駆られた。
「はい。。その事で。。。」
シグナルの低い声に、僕は「・・なにかな??」とさらに身構える。
「はい。。1年ほど休職させていただきたいのです。」
彼は静かに言葉を紡ぐと深々と頭を下げた。
『・・・え?』
その場にいた全員が驚きに目を見開く。
僕はそれにも驚く。。まるでこれから「誰が来て何が起きるのか分かってますよ。」的な雰囲気を醸し出して余裕の態度をカマしていた、サタン・ホセ・ソルアですら、目を丸くしていたのだから。。
「・・・あっ。あのさ。。そんなにリリィは深刻なの?」
意を決して僕は口を開く。1年の休職など穏やかではない。
「はい。。リリィの体調を考えますと。。もう少し頂きたいのですが。。あまりの無理はもうしあげられませんから。。現在のところ、魔王アル陛下、竜王ジル様という統治体制になってからは、魔界も安定しております。。非常事態の際はもちろん招集に応じますし。。自らの鍛錬も欠かさぬようにいたします。。だめでしょうか?」
「・・・・そんなにも?そんなにリリィの病気が悪かったなんて。。。」
僕は想像もしていなかった事態によろよろとよろめき、そんな僕の背中をジョージの手が支えてくれた。
「ならば、この国の王として聞くが。。リリィの復帰は望めないのだろうか?」
ジョージは淡々と言葉を繰り出す。僕と違って、生まれながらに王の素質を持つ者は違うなとは思うが。。もう少しリリィを心配して欲しいとも思った。
「そうですね。。体調が回復し。。環境が整い。。リリィが望むのであれば。。」
シグナルが考えながら話した所を見ると、リリィの意見はまだ聞いていないようだ。。しかし、”回復”という言葉で、僕は少し安心した。
「ちょっと待ってくれないか?陛下達が勘違いをなさっているのだろう?リリィ君は。。。」
サタンが言い終わる前に
バタンっっ!!!
勢いよく扉が開く。
「もうっ。シグナルっ。。また勝手にアルの所に行かないでっ!!」
青白い顔をしたリリィがそこにいた。
「リリィっ!!」
僕はその顔色にさらに不安が募る。。
僕の前にいたシグナルは矢のように飛び出し、リリィを抱きかかえた。
「リリィ。。歩いてはダメだ。。また倒れたらどうする?寝ているように言っただろう?」
シグナルは心配そうに、抱えたリリィの顔を覗きこみ、顔にかかった髪を梳く。。
「もうっ。過保護すぎでしょ?降ろして?自分で立てるから。」
「ダメだ。頼むから身体を大切にしてくれ。」
(・・・・あれ?)
僕はその二人の遣り取りに違和感を覚えた。。何か。。病気ってより。。あまーい惚気を見せられているような。。。チラッとジョージを見ると、彼は既に緊張を取り除いているようだ。ということは、病気。。じゃないのか?
こんな状況で、ようやく鈍い僕でも、なんとなく分かった。。それで、サタンとホセとソルアか。。
思いついた事を確認しなくては。。
「・・・あのさ。。リリィは重病じゃないの?」
僕は今しがたの予想が外れないように。と願いを込めて、恐る恐る二人を見る。
リリィは一瞬キョトンとしてから。。キッとシグナルを見つめる。
「・・・ちょっと。シグナル?どういう事?何を話したの?」
怖いほどの威圧でリリィが彼を見ると、シグナルが僕に対して休職を願い出たことを説明した。
「・・・・もうっ。。言葉足らずにも程があるわね。。それに。。結婚の話しのときもそうだったけど。。肝心な時に暴走するのはやめて?」
リリィは心底困ったような顔でシグナルを見ていた。
「そう。。なのか?・・・”暴走”とまでは行っていないと思うが。。話しは早いほうが良いと。。」
冷酷非情の鬼教官とまで言われるシグナルが、リリィの前ではたじたじとなっている。
「全く。。困った人ね。。ほら。。降ろしてくれないなら、アルとジョージの所に連れてって?」
リリィは顎で僕たちの方向を示し、シグナルも普通に従う。
(うん。。二人の力関係を垣間見たな。。あのシグナルが完全に尻に敷かれているとは。。)
僕は心の中でついツッコミを入れてしまった。
リリィは抱えられたまま。シグナルは僕たちの前に来ると膝をつく。
「リリィをおろせませんので、このような姿の非礼をお許しください。」
「アル。。ごめんなさいね?ジョージも。。ちゃんと話しをするわね。」
リリィは静かに子どもが出来たことを話し始めた。。僕とジョージは胸を撫でおろす。
ホセ・サタン・ソルアは二人を温かく見守って。
そうして、二人を心の底から、皆で祝福した。
そうなると、僕の最重要課題の問題が発生する。
二人に約束をしていた事。。。
「じゃあさ。シグナルの精神世界の中にいるちびシグナルと、モランの精神世界にいる女の子を連れてこなくちゃね。。。」
僕は嬉しさが止まらずににっこにこの笑顔で二人を見たのだが。。
「もう少し待つダロ。」
「そうやな。下準備が必要や。」
ソルアとホセの言葉に、僕は訳が分からず首を傾げ、その様子にサタンが答えをくれる。
「・・・陛下?二人の精神世界から、リリィ君の器まで、どういう経路で移し替えるおつもりですか?精神世界の魂には”核”がありませんので、そのまま出せば、霧散します。けれど、”核”を作ってしまえば、リリィ君の身体の中にすでにある”核”との融合が難しくなりますよ?ですので古代竜神様が仰られるように、”下準備”を考えましょう。」
サタンは丁寧に説明をしてくれた。
「・・・え?そうかな。。。僕のオーラで包み込んで。と思ってたんだけど。。無理かな?」
僕は思っていた事をそのまま口にした。
『・・・っえ?』
3人の驚きの表情に、僕の方が驚いてしまう。
「え?なに?ダメだったの?・・・普通はどうやるの?」
「・・・とんでもない事を考えつくな。」とホセ。
「・・・不思議ダロ。。」とソルア。
「・・・けれど。。見てみたいですね。。」とサタン。
「こんな感じで。。。こうやってさ。。これでは無理かな?」
僕はみんなの前で、手の代わりの羽根でオーラのバブルを作った。
僕自身の”魂の力”でコーティングしたバブルを少し突くと、虹色の艶を帯びながら、その場で緩く回転し、美しくきらめく。
「アル。。。綺麗だね。。どういう仕組みになってるの?」
ジョージはいつも通り、僕を優しく撫でながら、そのバブルを指先で触れる。
「えーとね。。ま、直感だから、理屈はなくてさ。。僕の”魂の力”でオーラを作るんだけど。。特殊結界みたいな感じかな。。使う力の量と質が高くて多いんだけど、移動して定着させるだけだから。。このままリリィの中にある”核”に融合できるよ?僕の力ごと融合させるから、生まれてくるまでは、加護みたいに守られるし。安心でしょ?」
僕はジョージを見上げ、微笑み、彼は「へぇ。すごいね。」と頷く。
「いや。”すごい”やあらへん。。こんなことを。。」
ホセは僕の作ったバブルを凝視し、
「僕でも出来ないダロ。。」
と創造神は興味深そうにバブルに触れ、
「流石は陛下。素晴らしい発想です。」
とサタンは優雅に納得する。
「ねぇ。みんなから見て、どうなの?この方法。。」
僕は3人の意見を窺うのだが。。
「そやな。。俺も創造神も初めて見る”術”やからな。。今すぐ返事は。。安全を確認するために少し時間を貰いたいわ。」
「うんうん。。ホセの言う通りダロ。多分大丈夫だけど、”たぶん”ダロ。。リリィの”核”もできたばっかりで、まだ魂が融合できるほどの大きさでもないし、少し待つダロ。。」
「そうですね。。バブルだけでは心許ないとも思いますからね。」
二人の命を生み出す”神”と、魂を触れることのできる”悪魔”の意見を聞いて、僕たちは、しばらく様子を見ることにした。
その夜。。。
シグナルの腕の中で、幸せに浸るリリィは幼い日の夢を見ていた。
大木の枝に括られたブランコを見上げていた。
(・・・お父様に連れられて行った初めての外国。。町はずれのブランコで女の子と会ったわね。)
7つの頃の遠い記憶が朧げに映し出される。
(しばらく二人でブランコに乗っておしゃべりして。。)
7歳のリリィと、3つか4つは上に見える女の子。。けれどすぐに仲良くなり、楽しい時間を過ごした記憶。。
その時は何も感じなかったが、今、その子を見ていると、何かは分からないが、どこか見覚えがあり、懐かしい気がした。
ひとしきり遊んで、ブランコを降りると、
「・・・・あなたに預けるわ。。必要となった時に使うのよ?。。。きっと役に立つ日が来るから。。」
少し年上の女の子が、リリィの手を握り、目を瞑る。僅かに光を帯びて、とても温かい。
けれど、温かさがリリィの手のひらを包む頃には、目の前の子が、自分と同じくらいに幼い姿になったように見える。
「・・・・お姉さん?・・・大丈夫?」
リリィは、肩で息をするその子に声を掛けた。
「・・・うん。大丈夫。。なくしちゃダメよ?」
そう言って、リリィから手を離すと、リリィの手のひらには、緑色の小さな石の欠片のようなものがのっていた。
「・・・分かったわ。絶対に無くさない。大切に持っておくわ。」
幼いリリィは両手でその欠片を大切に握りしめる。
「・・・うん。また会いましょうね?」
そう言って、手を振るその子と別れた。。
不思議な体験だった。
優秀な賢者の家柄に生まれたリリィは、幼いころから魔法が使えたし、父や祖父の並外れた能力も見て感じて来た。
けれど、その女の子の”力”。。。
(魔法があったかくて気持ちいいなんて初めて。。どうやるのかな?)
自分の魔力を掌に集めるものの、あの子が見せたものとは程遠い。
(私も頑張ったら、あんな不思議な魔法が使えるようになるかしら?)
幼いリリィは、綺麗な石の欠片をしっかりと握り、漠然とした目標を掲げた。
(・・・ふふっ。そうだわ。この時、初めて”賢者”になろうと思ったんだった。。)
夢の中でリリィは幼い自分を微笑ましく見守っていた。
「・・・・っ!!!」
リリィが飛び起きると、シグナルも慌てて起きあがる。
「どうした?リリィ。気分でも悪いのか?」
「ごめんなさい。起こしちゃった?」
「いや。。眠っていないから問題はないが。。どうした?」
心配するシグナルを余所に、リリィはガウンを手に取る。
「ちょっと、お父様の所に行ってくるわ。」
「・・・・は?真夜中だぞ?」
駈け出すリリィをシグナルが慌てて追う。
「走るな!!転んだらどうする。。」
「大丈夫よ。。昨日まで訓練だって参加してたのよ。」
王城内の片隅で謎の鬼ごっこが繰り広げられ。。
ドンドンドンッ
「お父様っ!!!リリィです!!!お父様っ!!」
「リリィ。帰ろう。真夜中だ。明朝、報告も兼ねて出直そう。」
シグナルはドアを叩くリリィの手を掴み、彼女のお腹を気遣うように手を添える。
「ダメっ。早く見つけたいの。。ううん。見つけないと。。」
リリィの言っている意味が分からずに、シグナルは困惑してしまう。
言い合う二人の前の扉が静かに開く。
ガチャ。。
「リリィ。どうしたのじゃ?」
顔を見せたのは祖父のウォルゼスだった。
「お祖父様。珍しいわね?」
「うむ。眠る前にチェスをしておったらな。遅くなったのでな。」
暖かく微笑むウォルゼスはリリィ達を中に促す。
部屋に入ると窓際のテーブルの前に腕組みをしたリリィの父ヴォルガの姿。
「ワシの攻めの一手に考えこんでしもうてな。暫くは動かんぞ?」
ウォルゼスは笑いながら、応接セットのソファーへと身体を沈めた。
「そうね。あれでは。。声を掛けても。。聞こえないわね。。」
リリィは深く溜息をついてソファーに腰掛け、シグナルへ父ヴォルガのチェス好きと集中すると人の声すらシャットアウトする癖があることを説明する。
「・・・そうなのか。。私もチェスは好きだ。。一度手合わせしていただきたいな。。」
シグナルはソファーへは腰掛けずに、静かにテーブルへと近づき、盤面を覗くのだが、ヴォルガはそれすらも気付かない様子。
「ヴォルガ様。」
シグナルは静かに盤面の一点を指差す。
「・・・父上。。口を挟まないで頂きたい。。・・ん?・そこは。。。」
シグナルの手をウォルゼスと勘違いしながらも、その一手に息を呑んだ様子。
「その手があったか。。父上にしては珍しい手を考えられましたな。」
そう言って、顔を上げたヴォルガは目を見開いた。
「・・・ん?シグナル君がなぜここに。。」
「とても良い局面をお邪魔したようで。」
シグナルはにっこりと笑い恭しく義父に頭を下げる。
「いや。構わない。手詰まりでね。君の一手はなかなかに興味深い。君がチェスまで詳しいとは知らなかったな。。せっかく来たんだ、一局どうかな?」
ヴォルガは向かいの席をシグナルに勧める。
「ちょっと待って。。私の用件が先よ!!」
リリィが慌ててそこに割って入り、テーブルにドンっと手をついた。
「・・・なんだ。リリィも来ていたのか?こんな夜更けにどうした?」
「全くもう。。さっきからいたわよ。私の用事で来たの!!チェスにのめり込むのも程々にして!!」
苛立つリリィの背中を「まぁまぁ。」とシグナルが撫でて宥める。
「こんな時間にか?それほど急を要する件か?」
「えぇ。」
リリィはヴォルガの向かいの椅子に腰を下ろした。
「それで?」
「お父様、私の宝箱知らない?子供の頃、私が大切にしていたでしょう?」
「そんなことで来たのか?」
ヴォルガは彼女の剣幕とはほど遠い内容の用件に目を丸くする。
「大切な物が入ってるの。。きっと使うのは今なのよ。。どうしても必要なの。。」
必死に訴えかけるリリィに、シグナルは違和感を覚え、口を開いた。
「なぁ。リリィ。。どういう事だ?あまりにも急な話しだ。。何かを思い出したのか?」
「シグナル。。。私。。私。。」
リリィは隣に立つシグナルの手をきゅっと握りその顔を見上げた。。
「大丈夫だ。。ここには私もヴォルガ様もウォルゼス様もいる。。ゆっくりでいい。君の思ったことを話してくれ。これでは言葉足らずで、君が重要に思っている事柄が伝わってこない。」
シグナルは繋いだ手はそのままに、少し屈み、空いた手で彼女の肩をさする。
「うん。」
リリィは小さく頷くと、何度か深呼吸をして息を整えた。
「・・・あのね。。さっき夢を見るまで、忘れてたの。。子供の頃にサクラと初めて会った日のこと。」
『・・・えっ???』
皆が驚く横で、リリィはゆっくりと語り始めた。
次回 2月5日10時。更新予定です。




