第12話 ~それぞれの覚悟~
--13日目--
目を開けると天井から薄くて美しいドレープの布が下がっている。身体をよじると、ふかふかとした感触。横を見ると黒髪の美しい少女が眠っている…サクラだ。
夢じゃなかったんだ。昨日の一連の出来事が思い出された。
いろいろと複雑な感情が入り交じる。
だが起き抜けの働かない頭で分かったのは、久しぶりのベッドだということ…。
その感触を確かめるように身体を埋め、ごろんと反対側に寝返りを打つと。。。。
「なんでいるんだよーーーーー!!」
叫びながら飛び起きた。
なぜならジョージが寝ていたから。。。昨日、寝る前には確かにソファーに行かせたはずだ。
「ぅうん。。。おはよう。スライム君。」
「おはよう。じゃないよジョージ。なんでここで寝てるんだよ!」
「僕のベッドだから?」
当たり前の事をあえて聞くなよ的な返答が帰ってきた。
「昨日、別々に寝ようって決めたよね?」
「僕のベッドが空いてるのに、わざわざソファーで寝なくても…。それに真ん中にはキミがいたんだから。。。怒ることなんて、何にもなかったよぉ。」
半分目を瞑り、頭をかきながら、小学生のような仕草で唇を尖らせていた。
ふん。。女子ならその仕草にギャップ萌えとかあるかもしれませんが。あいにく、僕はスライムなんでね。そんな事では騙されませんよ。
「ダメなものはダメです。以後、注意してください。」
小学生ジョージには、教師のように注意をしておいた。
だが、そこはジョージ、そんな簡単には終わらない。。。
「仕方ないなぁ。」とブツブツ言いながらジョージがシーツから抜け出ると。。。
「なんで裸なんだよーーー!!」
「暑かったから?」
先ほどの遣り取りがフラッシュバックする。
「ちゃんと下は履いてるよぉ。だいたい男の裸見たってなんでもないだろ?」
今度はベッドの縁に座ったジョージが両手を挙げて伸びをしながらめんどくさそうに呟く。
僕には重要なんですよ!元々、女子だ・か・ら!しかも、本体は意識がない無抵抗な状態なんですよ!
「無抵抗な女子に何してるんだよぉ。」ブツブツと言っていると、
「眠れる森の美少女には、王子様のキスが効くんだよ?」
僕の頭にポンと手を乗せ、ウインクと共に、とどめの一言。
「ぜーーーーーーーーったい、ダメだからね!!!」
出るはずのない湯気が頭から出ているようだった。
僕たちが取り留めのないやり取りを終えて、ベッドを出ようとしたとき…
「ジョージ様、大変です。灰狼が出ました!!」
息も切れ切れに隊員が駆け込んできた。
一瞬にしてジョージの表情は硬くなり、緊迫感が漂う。
「すぐに行く。食堂に皆を集めよ。」そう短く言うと、シャツを素早く羽織り、剣を手に取る。
寝室を出るジョージは振り返り
「ちょっと行ってくるね。」
と笑顔を見せた。だが、その眼は鋭く、状況の重さを物語る。
ホセを叩き起こし、僕たちも食堂へと向かう。
「灰狼が出たらしいんだ。」
「そりゃ。不味いやん。」
食堂までの僅かな時間で、ホセに伝える。
灰狼は単独でも牙熊に並ぶ戦闘力を持つ。が厄介なのは、基本的に数匹単位の群れで行動しているということ。
特に瞬発力に優れており、対峙してしまえば無傷では済まない。確認次第、逃げる事が鉄則のモンスターだ。
食堂に入ると、隊員が集まり、報告を行っていた。
「昨晩のパトロール隊は12名。それぞれ4名の3班に分かれ行動していました。。。」
パトロール隊員の話は続き、
5キロほど先の水辺に向かった1班が灰狼に気付いた。幸い向こうには気付かれておらず、教科書通り、慎重にその場を立ち去ろうとした。
が、運悪く、隊員達は風上にいた。相手は嗅覚の優れた灰狼。気付かれた時には距離は詰められ、そのまま戦闘状態に入る。
パトロール隊員は戦闘部隊ではないために、狼たちに翻弄され、全滅を覚悟した。
班長はベテラン騎士で年齢のために第一線を退いた猛者だった。衰えたとはいえ、灰狼に引けを取らない。
「この場を凌ぐ。全員、救援を呼びに走れ!!」
傷だらけの隊員たちは躊躇する。
「班長だけでは。。。」言葉を続けられない。一人では確実に死が待っている。
「3方向に分かれるんだ。1人でも辿り着くために。命令だ!散れ!!」
歴戦の猛者だったその人の気迫に押され、隊員は走り出す。
「必ず、必ず戻ります!!」
走り出す隊員を仕留めようとする爪を切り、首筋を狙ってきた牙を折り、狼たちの牙を爪を幾度となくその剣と身体で受ける。
終わりの見えない戦いが続く。。。
激しい戦闘と、出血から、息が上がる。
「あの頃の力があればな。。。」前線で戦ってきた若いころを思い出す。
突然、背中を叩かれたような衝撃が襲う。振り返るとひと際大きな個体がいた。その爪にはべっとりと血が付いている。
(あぁ。やられたのか。)痛みも感じず意識だけが薄らいでゆく。
(あいつらは無事に逃げられただろうか…。)歴戦の猛者の意識はそこで途絶えた。。
「私たちに合流した隊員は重傷でしたが、走り出した際に襲ってきた灰狼の攻撃をを班長が庇ってくれた事で逃げのびたそうです。群れは少なくとも5匹はいたと。。」
「確かそこから数キロ先に村があったな?村に被害が出る前に出かけよう。」
ジョージが立ち上がる。
「お待ちください。ジョージ様、問題はここからです。」
これ以上の問題とは何なんだ?灰狼だけでも大問題だと思うけど。。僕とホセは驚きと困惑で目を合わせる。
「まさか…。」
ジョージの声が曇る。
「はい。ボス個体の銀狼が含まれている模様。」
隊員の重く沈んだ声が、静かな食堂に響き渡った。。。
食堂にどよめきが広がる。
「銀狼とは。。。」
隊員たちが嘆息とともに呟いている。
銀狼は灰狼のボス個体で、その身体能力・戦闘力ともに桁違いとなる。中には魔法を操る個体も報告例があった。
また、統率個体がいることによって、群れはより強固となり、それが少数であっても、銀狼が確認された時点で、討伐には軍が出動することとなる。
「銀狼がいるのなら、なおさらだ。上位の者だけで討伐隊を編成せよ。10分後に出発する。」
そう言い終えると、ジョージは足早に自分のテントへと向かった。
テントで装備を整えているジョージに
「銀狼の討伐なんて無茶苦茶だよ。援軍を待つべきだよ。」
「そや、いくらジョージが強いかて、無傷では帰れるとは思われへん。」
ジョージは手を止め、僕たちに向き直り、
「そうだね。その通りだよ。本当に君たちは優しい子だ。でもね、狼たちは一度戦闘状態に入ってしまった。気が立っている狼たちは、いつも以上に危険なんだ。村まで数キロしか離れていないし、今ここで食い止めるべきだ。援軍を待つ余裕はないよ。」
そう言って、いつものように優しく僕たちの頭を撫でた。
ジョージの笑顔と手のひらが、いつもより温かく、最後の別れになるようで、嫌だった。。。
「何かあれば、ハクゼンに頼みなさい。力になってくれるからね。では、行ってくるよ。」
ジョージを隊長とした討伐部隊8名は、颯爽と馬に跨り、時間通りに出発していった。
あまりにも不自然に。。。
黙って見送ったが、その異様さに居ても立っても居られず、ハクゼンに尋ねる。
「ねぇ。どうしてジョージの制服だけが真っ白なの?」と
そう、集まった部隊は皆、カーキ色の制服で統一されていた。森の中での任務だ。目立つわけにはいかない。だがその中で、ジョージの制服だけが白いのだ。アースカラーの中だ。白さは際立つ。
「ジョージ様のお強さは、この中で抜きん出ております。5匹の灰狼ならば、単独撃破もできるでしょう。けれども、今回の討伐隊員達では灰狼の相手が精一杯でしょう。銀狼には勝てないかと思われます。敢えて目立ち、銀狼の目をご自分に向けるつもりなのでしょう。」
「それじゃあ、むざむざ殺されに行くようなものじゃん!!」
やりきれない気持ちで心がいっぱいになる。
「そういうお方なのです。何時もご自分よりも皆の安息を願っておられます。ジョージ様が戦いにお出になるようになってからは、『常に私の死を覚悟せよ。』と仰って出陣なさいます。誰よりも前線に。誰よりも危険な場所へ。でございます。そんなジョージ様だからこそ、皆、心からお仕えするのでございます。」
その場にいない主人に向かって、深々と頭を下げる。
ジョージの事を心から信じ、敬服し、そして覚悟を決めている。
ダメだ。。ハクゼンは、その深い忠誠心ゆえに、ジョージの命令を違えることをしないだろう。
だが僕は違う。むざむざ死にに行くような友人を放っておけるはずはない。戦闘力はゼロだが、こっちには『世界樹の葉』という超激レアアイテムがあるのだ。それも3枚も。。。
勝てないまでも、逃げのびるくらいはできるだろう。そう思って、
「なぁ。ホセ。。」と声をかける。
「行くんやろ?」ニヤリとホセが笑う。
「そうこなくっちゃ。」
悠久の友のように息が合った。
ハクゼンに見つかると絶対に引き留められてしまう。
二人でこっそりと装備を整える。装備といっても、ホセにはハーネス。僕はピックを携えるだけ。
「世界樹の葉の欠片は持ったか?あれが命綱や。」
「大丈夫だよ。」
自信たっぷりに答えた。
(欠片じゃなくて、完全体3枚もバッチリだよ。)と心の中で呟いた。
「よし。もう冒険やないな。。いざ戦場へ!!」
『しゅっぱーーーーつ!!』
たった2日前。同じ掛け声をかけた。
世界樹のテリトリーから出るだけでドキドキしたあの時が、はるか昔のように感じる。
モンスターと戦闘って。いきなり初心者が軍出動レベルのモンスターって。上空に上がり、ホセの背中で、冷静に考えると、我ながらアレだわ~。
「なんかよく考えたら、無謀だよね?」
「まぁ、よく考えんでも無謀やな。」
ホセの背中で反省する。無理矢理ホセを連れて来たかもしれない。後先考えず、ホセの命に対する責任を軽視していた。。。
「なんや?今さら反省と後悔の念か?」
「・・・。ホセに無理させたかなと思って。」
口ごもる。
「なんや。そんなことかいな。俺もお前も、世界樹が無かったら、とうに死んでる命や。パーっと行くとこまで行ったらええやん。これで無事やったら、儲けもんやで~~~。」
軽い感じに、重たい覚悟を口にする。僕なんかよりもずっと。。。死を感じていたんだ。。。
明るく振る舞いいつも兄のように引っ張ってくれるホセに感謝する。
「ホセ~~~。ありがとう。。。だいすきだーーーー。」
叫びながら、ホセに思いっきり抱きつく。
「そのセリフ。ジョセフィーヌちゃんからやったら、最高やったなぁ。」
「ええ。そりゃないよぉ。」
「ま、俺もお前のこと、嫌いやないでぇ。」
戦場へ向かうひと時の楽しい友とのやりとり・・・。
絶対に誰も失いたくない。絶対にみんなで生き残る。心に強く願った瞬間だった。
上空高く飛ぶ僕たちの視界に、討伐隊が見えてきた。




