第11話 ~サクラ~
今までの状況を改めて整理しよう。
まず、僕の本体の女の子が牙熊に襲われ瀕死の重傷を負った。
その血だまりの中から、何かの拍子に僕が生まれた。本体の魂かどうかは不明。
この辺りは記憶が定かでないし、仕方がない。
朦朧とする意識の中、這いずって逃げ、気が付いたら世界樹の下にいた。
どこからスライムだったのかも不明だな。息も絶え絶えに逃げた気がするんだが。
スライムになってたのなら死にかけながら逃げないし。死にかけだったら、途中でなんかの木の実も拾い食いできないしな。
まぁいいや。よくわかんないから、「不思議がいっぱい。」ってことで済ませておこう。
そして眠っていた時間は分からないが、目を覚ましたら怪我もなく元気一杯だった。
2日間は樹の周辺を探索して、たしか3日目に世界樹の葉を拾ったな。食べ物かと思って齧ってしまった。
ゴロゴロして樹の葉っぱや草を数えてみたり、くだらないことをしてたな。
4日目に雨が降って、一日中遊んだ。それはもう馬鹿みたいに夢中に遊んだ。おかげで世界樹の雫もどきの水を頬袋に貯蓄できた。
5日目に銃声がして、ホセを保護したんだっけな。それからはホセが目を覚ますまで、5日間は看病に明け暮れていた。
10日目にホセが起きて、そういえば、あいつも世界樹の葉を齧ってたな。
サーカスの話をしたり、僕がスライムと認識したのもこの頃だな。
スライムの身体能力を知るために落ちたり叩いたり。木登りもしてホセの意地悪な飛行訓練もしたっけな。
外に出るために武器の修行をして。思い切って外に出てみたものの境界線に阻まれ、出入りに苦労して…
12日目の今日、ようやく外に出て、瀕死の少女発見!!しかもそれが自分とか…。ジョージに出会って、少女の傷を治してもらったり、境界線の出入りの仕方を教えてもらったり。
ジョージには、結構お世話になってるな。お礼を言わないと。
いや。裸を見るわ、おでこにチューするわ。この件は帳消しでいいか。
僕の本体が目覚めないからとジョージのテントに来て。
ホセとジョセフィーヌちゃんが再会できたり、美人賢者さんに本体の診断をしてもらったり、ジョージの危険なイケメンスキルを垣間見たり。色々あって。。。
で、現在に至る。っと。ホセが目覚めてからのこの3日間…。心身ともにかなりハードだったな。
そういえば、12日間の間に、初めの齧った1枚を除いて、僕は世界樹の葉をあと3枚拾っている。伝説の話を参考にすると必要な人の所に必要な時にだけ落ちるって聞いたけど、情報、間違ってたな。
でも数日に一回落ち葉が降るってことは、案外、普通の木と変わらないんじゃない?
とりあえずは超激レアアイテムみたいだし、みんなにも言いそびれちゃったから、3枚は大事にしまっておこう。
んん??あれ??振り返ってみたけど。。。
加護受けるポイントってあったっけ?
だいたい、本体が加護を受けてるなら、まず、牙熊に襲われないよな~。ていうことは、牙熊が守護者?いやいや。もしそうだとしたら、ジョージが倒した時点で加護は消えるな…。
はてさて。また謎だな。僕が戻る方法なんて、さらに分かんないし…。
考えても答えは出ないな。。。ま、いいか。。。いつも通りなんとかなるさ。
と、ひとり脳内会議を終え、思考停止&放棄をして、現実世界に戻ってきた。
ジョージはそれを見透かしていたかのように、聞いてくる。
「それで、君の考えは纏まったかい?」
エスパーか!と突っ込みを入れようとして、さらなる突っ込みどころを発見する。
なぜ、その子の隣で寝ている!そして腕枕!
「ジョージさん、何してるんすかぁ。」
「ん?何って、僕のベッドで横になって寛いでいるだけだよ?おかしいかい?」
何がいけないのかすら気付いていない。
「百歩譲って、寛ぐのは仕方ないにしても、腕枕はダメだー!!!」
全力で止めた。そりゃもう全力さ。僕の本体の純潔は守られるのだろうか。一抹の不安が。。。泣きたくなってきた。
ジョージは「やれやれ。」とベッドの端に腰掛けなおして、
「それで、君の意見はどうかな?」
何事もなかったかのように、ケロッとして聞いてきた。
僕も半分諦めて、
「いや。加護とか全然思い当たる節がないかな。何かあるとしたら、僕とホセが世界樹の葉を食べたことと、その子にも共通するっていったら、3人で飲んだ世界樹の雫もどき、あれ、ジョージが来る前に、その子の口に入れたよ。それくらいじゃないかな。」
「えっ?世界樹の葉を食べたの?」
「うん。だってそんな珍しいものとは思ってないしさ。いい匂いがするから、食べれるかなぁ。と思って。」
「でも、君たちが食べたからって、彼女に加護がいくとは思えないし、僕たちが飲んだのも、加護があるなら、彼女だけでなく僕たちにも加護が与えられるはずだよね。。。手がかりはなしか。。。前途は多難そうだね。」
「話は変わるけど、スライム君。君の名前がないのは、仕方がないとしても、彼女は人間だから、名前があるだろう?このままでは、呼びにくいし、彼女の名前を教えてはくれないかな?」
一瞬ためらう。この国の出身ではないのが分かってしまうかもしれない。でも確かに僕も呼びにくいし、異国者だからといって、差し迫って困ることが起きるわけでもなさそうだから。。。
「この子の名前はね。『サクラ』っていうんだ。」
「サクラ。かぁ。いい名前だね。確か東にある≪はじまりの国≫には桜という名前のとても美しい花を咲かせる木があるそうだよ?彼女の可憐さにぴったりだね。」
「ジョージ様、彼女のこの美しい黒髪と、黒髪でありながら透き通るような白い肌は、はじまりの国の者の特徴に合いますよ。もしかしたら、彼女はそこの出身かもしれませんね。」
意外にも異国人に対しての忌避感などはないようだ。
「そうか、東からだと、どんなに最短距離で来ようとも3つの海は通らなくてはならない。過酷な旅を乗り越えてきたのなら、どこかで何かの加護を受けていたとしても不思議ではないね。」
「もし、そうだとするならば、ますます、魅力的だ。早く目を覚ましてはくれないかな?」
そう言ってまたジョージはサクラの髪を掬い撫で、流れる仕草でおでこにキスをした。
「だーかーらー。スキンシップはいらないってばーーーー。」
僕は今日一番の叫び声を上げたのだった。
僕たちはソファーへと戻ってきた。
なんか疲れた。もうホント疲れた。無駄なイケメンのせいで…。ホセの隣のクッションに埋もれるように体を投げ出す。
「大丈夫か?」
ホセが心配してくれる。
「あぁ。まぁ。ね。。。ジョセフィーヌちゃんは?」
「お茶を飲んで、眠ってもうた。安心したみたいやで。」
ホセの腕の中で美しい小鳥が眠っている。
「夜も遅くなってしまったけど、君たちはご飯はどうする?」
そうだ、日暮れにここに到着してから、ゴタゴタしてすっかり忘れていた。
どちらでも良かったけれど、どこからか、美味しそうな匂いがしてきた。
二人で顔を見合わせ。
『ご迷惑でなければいただきます!』
「そうこなくっちゃ。大勢で食べたほうが美味しいからね。」
僕たちはテントを移動することにした。ハクゼンさんが付いていてくれるというので、サクラの横にジョセフィーヌを寝かせて出かけることにした。
数張り先にある青い装飾のテントに着く。
「ここは食堂だよ。部屋でも良かったけど、女性が眠っているのに僕たちだけ食事をするっていうのもね。」
そう言いながら、ジョージが入り口を開けてくれる。
中に入ると時間が遅いせいか、広いテーブルにまばらに数人が食事をしていた。
ジョージの姿を見ると全員が一斉に立ち上がり、敬礼をする。
「そのまま。気にしないで。食事を楽しんで。」
ジョージが軽く手で合図をすると、遠慮がちに皆が腰掛けた。
ジョージは厨房を覗き、注文をしているようだ。
人数は少ないが総立ちの敬礼を見て、ホセが目を丸くする。
「なぁ、スライム君。ジョージって何者?」
「うん。僕の推測だけど、かなりいい家柄の人だと思うよ。貴族とかさ。」
うっかりしたことを言ってしまった。ホセにとって貴族はトラウマだ。
「貴族やと?」
そう言うが早いか、ホセはジョージの前に飛び出していって、、
「お前、貴族なんか?」
ビシッと指を差す。(羽根だけど)
ジョージは突然のことに驚きながら、
「えっ?僕は貴族ではないよ?というかホセ君、急にどうしたの?」
「えっ?違うんか?悪い。貴族かもって聞いて頭に血が上ってしまったわ。」
そんなやり取りから、料理が出てくるまでの間にホセとジョセフィーヌの経緯を話すこととなった。
「そんなことがあったのか。それは貴族に対して嫌悪するよね。ホセ君の話の中に出てくる特徴と、ジョセフィーヌちゃんの足輪の紋章からすると、その貴族はたぶん『スミス伯爵』だろうね。彼は常に新しいもの自慢しているみたいだし。いい噂も聞かないしね。厄介な相手に睨まれてしまったんだね。」
「まぁ、僕と伯爵は特に親しくもないし、うちに来ることはないから、ジョセフィーヌちゃんとホセ君は、うちにいたら安心だよ。それから、サクラちゃんもうちで面倒を見させてくれないかな?いつ目覚めるか分からないわけだし。。。」
そこまで言うと、僕のジト目に気付いたのか、
「心配しないで、彼女の身の回りは全てリリィに任せるから。僕は触らないよ。それなら安心でしょ?」
慌てて言い繕う。
それでも…。本体と離れるのも気になるし、だからといって元に戻るために情報が欲しい。その為にはあちこち行きたいし。
「今すぐに答えられないよ。。。」
「それもそうだよね。答えは急がないよ。どうやらスライム君もホセ君も宿無しだろう?うちに滞在しながら、今後のことをゆっくり考えたらいいよ。」
僕とホセが思い悩み出した時、タイミング良く食事が運ばれてきた。
「お待たせいたしました。お客さまのお好みが分かりませんでしたので、肉・魚・サラダ・果物など種類を多くするようにお作りいたしました。」
「お好みの物がございましたら、追加でお作りいたしますので、何なりとお申し付け下さい。」
背の高い帽子をかぶった調理人が一つずつ丁寧に説明をして配膳してくれた。
量よりも品数を作ってくれたという言葉通り、4人には広すぎるはずのテーブルがいっぱいになる小鉢が並んだ。
「では、いただくとしよう。」
ジョージが胸の前で手を組み目を閉じる。リリィもそれにならう。
僕たちは手もないし頭だけ下げておいた。
見たこともない料理の数々に気後れして、僕とホセは無難にサラダやフルーツから手を付けていく。
フルーツ一つとっても、飾り切りやジュレで見た目も美しく彩られている。
サラダも数種類あり、色とりどりの野菜が入っている。ドレッシングだけでも数種類用意されていた。
「俺は鳥やからなぁ。肉はちょっと遠慮しとくわ。」
「僕は。。。どうなのかな?」
好奇心が勝った。はじめは恐る恐る口にしていたが、途中からは、一口ずつ、いろいろな物を食べていく。意外にもスライムの身体でも、堪能できる。食べられないものは特に無かった。
きっとスライムは雑食なんだな。食いしん坊の僕にとってはありがたい。
ふと、ジョージを見る。食事を取る姿も優雅だ。あれで貴族じゃないなんて信じられない。
「ねぇ。ジョージ。ほんとに貴族じゃないの?」
一応遠慮がちに聞いてみた。
「あぁ。本当に違うよ。ここの生活を見て貴族と思ったのかな? 僕の仕事の主体は軍だから。討伐依頼が来たらこうして遠征もするしね。このテントにいる人数を動かす位はできる立場だけどね。」
ウインクをして答えてくれた。
今の答えでウインク必要だったかな。。。スライムにもイケメンスキルを使用してくる。無駄すぎる。。
しばらくして、
「では、私は食事が終わりましたら、サクラさんをお風呂に入れて参ります。スライムさんやホセさんもお風呂に入れるのでしたら、ご一緒にいかがですか?」
リリィに誘われた。
もちろん僕は女湯でサクラと一緒でかまわない。むしろ見慣れてるし。自分の身体だったからさ。でもホセはオウムといえど男子なんですよぉ。誘わないでほしい。
「僕は誘ってくれないのかな?さみしいな。。。」
「えっ?この国、混浴じゃないですよね?ジョージ男だよね?なんで普通に女湯に行こうとしてんの?」
もう、突っ込みが僕の仕事になりつつある。
「スライム君はサクラちゃんの保護者みたいだね。」
小さく肩を震わせて、ジョージが笑っていた。
こうして食事を終え、お風呂にも入り、(もちろん純粋なる性別ごとの湯殿を使ったのは言うまでもないが。。。)長い一日を終えたのだった。




