第10話 ~テントの中で~
扉を開けると。
「お帰りなさいませ。ジョージ様」
と品のいい年配の男性が深々と頭を下げる。
「ただいま、ハクゼン。」
「リリィを呼んでくれるかな?」
「はっ、ただいま。」
一礼をしてハクゼンという名の男性が出ていく。
僕たちは慣れない場所にキョロキョロと辺りを見回していた。
一時的滞在の為のテントであるにも関わらず、応接セット、デスク、簡易キッチン、奥はカーテンで仕切られ、その先は見えない。限りあるスペースに巧く配置され、上品にまとめられた調度品が並ぶ。
「あぁ。ごめんごめん。先に紹介しないとね。ジョセフィーヌちゃんはこっちだよ。」
そう言って、ジョージが奥に進む。カーテンを開けると、天蓋付きのベッドがあり、そのサイドテーブルの横に鳥籠が吊り下げられていた。
「ジョセフィーヌちゃん?」
ホセが恐る恐る声をかける。
止まり木にも止まれず、ぐったりと床に座っていた黄色いカナリヤが、ゆっくりと振り返る。
その顔はきょとんとして、現実をすぐには飲み込むことができないようだった。
「ホセ、さま?… ホセ様ですの?」
「そや。俺や。やっと…やっと会えた。。。」
鳥かごの横でむせび泣くホセの横に、少女をベッドに寝かせてきたジョージが立つ。
「かごを開けよう。」
ジョージは扉を開け、衰弱して床に座るジョセフィーヌをそっと手で包む。
サイドテーブルに座るホセも抱え上げ、ベッドの上に優しく二人を下ろした。
ホセはジョセフィーヌを羽根でそっと包み込み、
「一人にして悪かった…。怖い思いさせて悪かった…。守りきれずに悪かった…。謝っても許されることやあらへんけど、ホンマにホンマにごめんな。。。」
ジョセフィーヌはゆっくり首を横に振りながら
「謝らないでください。こうしてまた会えたのですから。。」
涙で言葉が詰まり、ジョセフィーヌはホセの胸に顔をうずめた。ホセも再会を噛みしめるように抱きしめた。
そんな二人を僕は幸せな気分で見守り、ふとジョージを見上げると目が合った。僕たちは頷きあい、ベッドルームをそっと出た。
ジョージは僕を抱え上げ、ソファに座ると、僕を膝の上に乗せた。
「ホセとジョセフィーヌちゃん、再会できて、良かったねー。自分の事じゃないけど、すごく幸せな気分になったよー。」
「スライム君は優しい子だね。僕も君たちに会えて本当に良かったと思っているよ。」
そう言って、ジョージはまた僕の頭を撫でていた。
「リリィです。お呼びでしょうか?」
入り口からキビキビとした女性の声が聞こえた。
「どうぞ。入って。」
「はっ。失礼します。」
入ってきたのは、少しカールている長い金髪をポニーテールにしたスレンダーな美人さんだった。
腰には細剣を携え、左側のみの胸当てをしていた。剣士のようだ。
「ご用件は?」
「ごめんね。お願いしたいことはあるんだけど。。。」
ジョージはベッドルームをチラッと見て、
「今、取り込み中だから、落ち着くまで、その辺で寛いで、もう少し待っててくれるかな?」
一瞬、リリィという人の表情が訝しむように変わったのを僕は見逃さなかった。
だって、ジョージ、ベッドルーム見て、取り込み中って。言葉を考えないとね。
でもそこは、見た目通りできる女性なのだろう。一瞬で切り替わり。
「では、お茶でも入れましょう。そちらのかわいらしいお客さまは、何を召し上がりますか?」
と聞いてくれた。
えっ?どうしよう。生まれてこの方、水しか飲んでない。スライムの食事事情って知らないんですけど。。。
とりあえず、分からないけど、リリィさんの好意も無碍にはできないので、
「ジョージさんと同じでいいです。」
と無難に答えておいた。
「かしこまりました。」
リリィさんがお茶の準備にとりかかる。
まぁ、どうせコーヒーとか紅茶とかそんなとこだろう。と思っていたのだが。。
「お待たせいたしました。」
と身のこなしも優雅に出してくれたティーカップには。。。
透き通る薄紫色のお茶。そして中には、紫の美しい花が。まるで水中花だ。
「フェアリエールティーでございます。」
「ちょうど飲みたかったんだ。良く分かったね。ありがとうリリィ。」
横に立つリリィを下から見上げ、爽やか笑顔でジョージがお礼を言うと
「いつもお疲れの際は、お召し上がりになってらしたので。」
リリィは、か細い声で返答する。
「よく覚えていてくれたね。嬉しいよ。」
彼女の顔をじっと見て、ジョージは少し首を傾けいつものキラキラスマイル。
リリィは顔を赤らめて俯き加減に
「失礼します。」
と後ろへ下がっていった。
凛々しい女性騎士を一瞬にして乙女に変えた。なんというイケメンスキル。女の扱いはジョージは無敵だな。無意識であろうところが厄介だ。やはり、僕の本体の為には、ある意味要注意人物だ。
さて、では聞いたことも見たこともない、オシャレすぎる見た目のお茶を頂くとしよう。机にぽよんと飛び移る。というか、僕は飲めるのだろうか。まぁ細かいことはいいか。物は試し。いってみよう。
ふぅ~ふぅ~。ペロッ。ふぅふぅ~。ズズッ。
「何これー。すっごい美味しいんですけどぉ。」
思わずテンションが上がる。花の甘い味と芳醇な香り、液体自体はさらっとしてなく、こっくりした舌触り。それでいて酸味もある爽やかな喉ごし。後味はすっきりと清涼感が口の中に広がる。
「気に入ってもらえたみたいで嬉しいよ。美味しいだけじゃなくて、疲れを取ってくれる効果もあるんだよ。」
ジョージが長い足を組み優雅にティーカップを傾けながら、解説してくれた。
僕はスライムとしても味が分かることに安心と驚きと満足感で、お茶を愉しむ。
この分だと、食事もいけるんじゃないだろうか。人間時代『食べ歩き』が趣味だった。夢が広がる。
ティータイムに浸っていると、奥からホセが出てきた。ジョセフィーヌちゃんはやはり弱っているようで、ホセが抱きかかえている。
「君たちも飲むかい?」
ジョージがホセに聞く。ホセからの返答が出る前に、リリィがティーカップをそっと出す。
「カナリアさんにはこちらをどうぞ。」
と出した茶器には、蜂蜜が添えられていた。
「おおきに。でも鳥が弱った時に蜂蜜が良いって、よう知ってるな。」
ホセが驚いている。
鳥が言葉を話していることは気にもせず、「喜んでいただけて光栄です。」と凛としたリリィが、ドレスを着た女性が会釈替わりにやるように軽く膝を曲げ、小首を傾げた柔らかな笑顔で返す。凛々しさからのその女性らしい笑顔は反則です。ギャップでかわいさ5割増しだった。
「そうだ。リリィ。レモンはあるかい?」
「はい。もちろん。」
用意していたかのように、くし切りしたレモンがテーブルに置かれる。
ジョセフィーヌ用のお茶に蜂蜜を入れていたジョージがレモンを手に取り、
「見ててごらん。」
とレモンを絞る。
レモンの雫が落ちた瞬間、薄紫色のお茶が、ピンク色へと変化する。
「まぁ。素敵。」
歌声のような美しい声がジョセフィーヌの口から零れる。
「美しい女性には美しいものがぴったりだろう?ホセ君」
ジョージがいたずらっぽい笑顔でホセの肩をつつく。
「気が利くやないか。ジョージはん。」
ホセもいたずら笑顔をジョージに返す。
良かった。いつものホセだ。
「そのお茶は回復効果もあるから、ゆっくり楽しんでてね。」
「さぁ僕たちは彼女の様子を見に行こう。」
ジョージに促され、僕とリリィはベッドルームへ向かう。
改めて見ると豪華なベッドだ。テントの中に天蓋付きって。。。しかもダブルベッド。カバーやクッションにはテントと同じ模様が刺繍してある。
そこではたと気付いた。模様が統一されていることに。そっとジョージの剣を見る。そこにも同じ模様のレリーフが。。。
同じ模様を使うことが許されるのは、その紋章を持つ主か、使用が許可された重臣のみ。
だが、全ての小物に至るまで使うとなると主人級。そしてこのテント。ジョージはかなりの家柄の人間だ。。。王都に住んでいるといっていたし、貴族かそれに準じるような豪族か。。
どちらにせよ、スライムごときが仲良くできるお方ではないな。。。急にジョージが遠い存在に感じる。
ベッドに着くとジョージは自然な仕草で少女の傍らに腰を掛け長い脚を組む。そして少女の髪を掬い撫でながら、
「この子を見てほしいんだ。森で保護したんだが…。」
言葉を濁し、リリィを見る。
リリィは黙って少女の状態確認を始めた。細く長い指先を頬に添え、顔と頭部を観察し、ジョージが着せた上着を脱がせ、胸を隠した布を外す。そこは女性。ジョージには見えないようにうまく隠しながら胸部腹部と確認を終える。続いて手足を指先まで丁寧に確認をすると。。。
「見たところ、体には異常はありませんね。怪我は治療なされたご様子。ジョージ様のご心配事は、彼女の意識が戻らない点でしょうか?」
「さすがだね。君に頼んで正解だ。」
「え?えぇ~。なんで分かるの?傷も消えてるのに、治療したって。どうして分かるの?」
思わず心の叫びが声に出てしまった。
「ふふっ。落ち着いてスライム君。彼女はああ見えて優秀な賢者なんだよ。もちろん剣の腕も一流だけどね。ほら、レイピアを見てごらん?」
言われるがままに、僕はレイピアに目を移す。柄の先に賢者が持つ緑色の宝玉が輝いていた。しかもサイズも大きく、よく見れば中に妖精のシルエットが浮かぶ。
まさかあれは。。。初めて見るが。。。かなりランクの高い賢者しか使いこなせない上に、世界中でも数えるほどしか存在が確認されていない≪翠宝王玉≫か?
「あっ。あれって。あれって。」
言葉にならない。。。
「やっぱり君は分かるんだね?言葉も話せるし、ただのスライムでは無いと思っていたけど、ここまで博識だとはね。君の友人である彼女には、是が非でも目を覚ましてもらいたいな。」
そう話すジョージの手は、慈しむようにずっと少女の頭を撫でている。
やめてくれ。それ僕だからさ。眠ってるからって、そんなに触らないで。。なんか悪寒がするよ。。なんだか、ジョージのイケメンスキルが発動するとゾワゾワとする。これは一種の拒絶反応かな。人間だったら蕁麻疹出てるな。
「ジョージ様、話を戻してもよろしいでしょうか?」
「ああ。そうだったね。」とジョージはリリィに向き直る。
「彼女はかなりの重傷だったのでしょうか?特殊アイテムと回復魔法の痕跡が見受けられますね。身体の方は間違いなく治癒しており、問題ありません。しかし。。。」
そこで一旦言葉を区切った。
「私も初めて見る状態なので、はっきりとしたことは言えないのですが。。。彼女には何かの加護がかかっているようです。ですので、このまま眠り続けても死の危険はないでしょう。それなのに、魂が抜け落ちているというか。。。何かが足りていないのです。。。目を覚まさない理由はそこにあると思うのですが。。。はっきりとは分からないのです。。。お役に立てず申し訳ございません。」
申し訳なさそうにリリィが項垂れる。
「君のせいではないよ。ここまで分かっただけでも大した情報だよ。ありがとう。」
落ちこむリリィに優しく声をかける。
僕はリリィの話を聞いて考える。。。加護なんていつ受けたんだろう?しかも誰から?
抜け落ちた魂ってのは、僕だよね。そこは大丈夫。分かってるから。戻る方法が分からないだけ。
まぁ、死ぬ危険がなさそうっていうのが救いだ。解決の為の時間はあるに越したことはない。だからといって、おばあちゃんになるまでは待てないけど。
さて、どうしたものか。。。




