母親
体は本当に大丈夫そうだ。あの高さから落ちたのによく無事だったとあらためて思う。
「あっ!!」
屋根が抜けた瞬間スローモーションになった。バリッと音が鳴り体が屋根を抜けた時からは一瞬だった。下を向いた。地面が迫ってくるのがハッキリと見えた。足からついたような気がする。体に衝撃が走った。しりもち、手がついた。数秒そこから動く事ができなかった。地面に座り天井を見た時、落ちた高さを実感した。体が急に震えだした。横を見た時、以前使っていた業務用の机、鉄の棚、工具などが並んでいた。
(ああー、ここに落ちたら危なかった…)
自分は一歩間違えれば、大怪我 いや死んでいたかもと思うとぞっとする。助かったんだ。
バイト終わりに約束していた食事はキャンセルした。みんなが心配してくれたが、家は近いので一人で帰る事にした。帰り道に今日の出来事が巡った。運がよかった、いや不幸中の幸いかもしれない。もし大怪我をしたら人生が変わっていたかもしれない。もし死んだら両親は悲しんだだろう。色々、直面する現実がおしよせた。そして自分にはまだ未練があっただろう。そこが一番大きかった。また、会社に迷惑をかけた事や、心配をかけてしまった事に申し訳ない気持ちになった。特に自分が無事だった事に涙を流した大木に対し特別な思いがあった。大木の涙を見た時、自分も一筋の涙が流れた。高校一年からの付き合いだが、いつの間に親友とよべる仲になっていたことに気づかされた。人生はいつ終わるかなど予想ができないものだ。
その日家に帰り両親に話した。母はすぐに上條に近づき両肩をつかみ
「大丈夫?今、痛いところない?」
とかなり心配した。しかし、たいした怪我がないと分かると安心して
「よかったー」
と力が抜けたようにもとの場所に戻った。
「優もお父さんといっしょで運がいいのよ」っと言ってくれた。
明日はその父親が定期検診の予約を入れていると教えてくれた。
大木はベッドに横になったまま天井を見つめていた。天窓から光が入り部屋が明るくなってきた。もう蝉が鳴いている。8時過ぎだろうか。まだ夏休み中なので時計を見ても焦ることなどない。
(怖かった…)
まだ昨日の記憶に体が反応する。両親と会話した。話は聞いてくれたが、
「怪我しなくてよかったねー、危ない仕事はしないでねー」
とあまり関心がない。友達が死んだかもしれなかったのに、共感されず寂しい思いが滲んだ。自分が落ちた立場だったらもっと違う反応だったのだろうか。事故など予期せぬ事が身近で起こりうる事を知った。いつ自分にふりかかってもおかしくはない。職種についても真剣に考えないといけないと痛感した。もう忘れようと大木は言い聞かした。
あと数日後には学校だ。客観的に見て無駄な日々を過ごしていないだろうか。夏休みをふりかえってみるが、受験勉強をしたとは到底いえない。今、自分には何が必要なのか、大学に行けば達成感を得ることができるのだろうか。分からない。なかなかベッドから起き上がる事ができなかった。しかし、まず決まっている事は大学受験だ。クラスメートが「受験で合格したり落ちたりするけど、決まった学校が正解の道やって」と聞いたのを思い出した。大学も合格すればそれが僕にとって正解な道なんだろうと、自分なりの結論がでたような気がした。ベッドから立ち上がり一階におりた。両親、兄はいない。テーブルに朝ごはんがキレイに並べてあった。