夏休み
「しっかり持っといてやー」
大木は伸ばした脚立をしっかり両手で押さえながらうなずいた。
制服ではなく、上下紺色の作業着を着た上條がペンキ用のはけと塗料の入った缶を持ってはしごを登っていった。二階建ての家ぐらいの高さがあるだろうか。大木は上條を下から見上げた。上條ははしごにもたれながら、倉庫の側面にクリーム色のペンキを塗り始めた。
(よくあんな高いところで作業できるなー)
高所恐怖症の大木は下にいるのに足が震える感覚があった。
夏休みに入り数日経った時、アルバイト先で倉庫側面のペンキ塗りをする事になった。学校が休みの上條は朝から出社してしますよと主任に言った。高所の作業もあるのでサポートが必要になった。従業員は個々の持ち場があり確保できなかった。主任に学校の友達をこの時だけ働いてもらえかなと上條にお願いした。そこで上條は大木に電話をした。その倉庫は人の出入りがほとんどなく物置になっている状態である。倉庫内は一階だけなので天井がかなり高い。今回塗る側面は会社の外側で、道路を歩く通行人が見える箇所なので出入口と窓はなく壁だけだった。反対側が会社内で出入口があった。広い倉庫なので一面だけだが作業に2日はかかる見通しだ。アルバイトはまだしたことがない。不安もあるが上條の話を聞くと、低い場所のペンキ塗りと準備、脚立を押さえたりするぐらいとの事なので大丈夫だろうと思った。親の了承、給料も出るみたいだし、二日間だけなので働いてみる事にした。
大木は汚れてもいい普段着で朝9時に上條のバイト先に自転車で行った。会社入口で上條と待ち合わせ社内に入った。上條はタイムカードを押した。大木にとっては会社というのが初めてなので周りを見渡した。従業員が20人ぐらいいるのだろうか、上條と一緒に主任がいる机に向かった。主任の坂本は二人の姿を見て立ち上がりこっちに来た。
「主任の坂本さん」上條が先に言った。
「坂本です。今日は来てくれてありがとう」
挨拶を済ませ三人は脚立などの道具が置いてある場所に行った。トラックが出入りするプラットホームのはしに道具一式が揃えてあったので、三人で道具を倉庫に運んだ。
「外側の見映えが悪いから、塗ってもらったら助かるわー」
坂本は綺麗になることを期待して上條たちに言った。
「とにかくやってみますね」
「高いところもあるけど大丈夫か?」坂本が心配そうに上條に言った。
「まあ~苦手じゃないので大丈夫です。」
上條は答えた。始めは三人でペンキ塗りをした。ペンキが他のとこに付かないようにマスキングをしたり塗料の配合を教えてもらった。大木は働いているという実感がわいてきた。坂本は気をつけてやと言い残し事務所に戻って行った。
午後より上條がはしごに登り、高いところを塗る作業をする事になった。上條はそつなく壁にペンキをどんどん塗って行った。上條が降りてくると手際よく塗料の補充をし脚立を支える事に徹した。一日で半分以上することができた。二人で道具を朝の場所に片付け、今日の働きを終えた。大木は足に今まで経験したことのない痛みがでた。仕事の大変さがみに染みた。就職したらこれが毎日かーと憂鬱になった
「優くん足いたくないん?」
「えっ大丈夫やで」
今日一日あんなに働いたのに平気な顔で答える上條の返答に大木は自分より勝る上條に劣等感を覚えた。「そしたらまた明日9時前ね。」
「了解」
「お疲れー」
会社前で別方向に別れた。まだ明るい空の真下を大木は自転車をこいだ。18時ぐらいには家につくだろう。しかし今日は疲れて何もする気がおこらなそうだ。