野球
「日曜日スタジオ練習やから練習しとかなヤバイ!!」
前日に原が言うと、次の日三年の二人は音楽室にこなかった。
原はスマホにイヤフォンをつけて音楽を聞きなが必死にドラムの練習をしていた。
小谷は新たにトランペットの練習を始めた。
トランペットをしますと言うと、上條が「俺のポジションとるきか!」と言ってきたが
「別に演奏会に出る訳じゃないからいいでしょ」と言うと、
「それもそうやな…」と言い返されなかった。
幸い上條のトランペットよりは光沢はないがあとひとつトランペットがあった。
それを薬品と布で磨き少しは綺麗になった。音は出るようになった。教則本を見ながら自主練習をしている。教室からトランペットの音色、準備室よりドラムのリズム音がこの日は音楽室に響いた。
大木、上條もたまには演奏をする。大木はスローテンポの曲を好んでテナーサックスで奏でる。
上條はクラシック音楽など興味はない。
今から競走馬が走り出しますといわんばかりのファンファーレを吹いている。
自分のスタイルをそれぞれ持っているなと小谷は思う時である。
上條が今まで聞いたことのない音楽を間違いながらだが奏でた。
「優くんそれ何の曲?」大木が言うと、
「バファローズの選手応援歌」と答えた。
先週、大学生のバイト仲間とドーム球場に野球観戦に行った。
ライトスタンドは熱狂的なファンが多い。その席に上條とバイト仲間は座った。
試合前の雰囲気にのまれ自分のテンションが上がるのが分かる。
ストライク、アウトをとるためにドドドドン!と歓声と鳴り物が唸る。
攻撃時は尚更である。応援団の演奏するトランペットとたいこのリズムに合わせてメガファンを叩き周りの観客は一斉に歌う。初めてなので選手個人個人の応援の歌詞など分からない。
まわりが歌っているのを必死に覚えて遅れながら歌った。この迫力と感動に驚いた。
その日の試合が2対0で負けていたのが八回裏に逆転しての勝利。客席のボルテージも最高である。
これは面白い!!応援の仕方、歌詞を覚えたらもっと楽しいだろうとふりかえった。
家に帰り、選手応援歌の歌詞とメロディーを覚えた。応援団が吹いていた鳴り物はトランペット。
上條は学校で練習しようと考えた。
「この前野球見に行ってん」上條がその日の話をした。大木は上條がいろいろ自分の楽しめる趣味遊びを見つける事に羨ましく思った。卒業したら、トランペット吹けるし応援団入ろっかなと目を輝かせながら言った時、自分の卒業後の進路が未定な事に歯がゆさがわいた。
大木には二歳年上の兄がいる。秀才で国立大学に通っている。
高校時代から将来は研究職につくビジョンを持ち今の大学に進学した。
親からすれば自慢の長男である。一方、大木はそこまで勉強ができるわけではない。
両親もくらべるつもりはないと意識しているはずだが、言葉言葉に兄との比較がにじむ。
家に帰っても、机に向かわないといけない空気が二年、三年に上がっていくたびに強くなってきた。
大木は家になるべく遅く帰ろうという思いになった。この吹奏楽部はそんな大木にとってはまさにうってつけだった。
同級生の上條が自分の描く将来を見つけつつある事に大木は焦りを覚えた。上條の本当のところの進路が大木は気になった。