融点
大木は小谷について考えていた。原は勝手にドラムを叩き、上條との会話の中にも平気で入ってくる。
こっちからしたら気を使わなくていいのでらくである。
これからも特に何かを決めてクラブ活動をする気もない。
自分のしたいことを考えてすればいいだけだ。
大木自身も吹奏楽部だが今はアコギ、エレキギターを家では練習している。
そういう事もあり今は教室でギターを弾くことが多い。
小谷も別にギターの練習をしようが構わない。
小谷の立場からして分からない訳ではないが、こっちに気を使ってしまい何をしたらいいのか分からず戸惑って黙ってイスに座っている。楽しくはないだろう…。
コンクールに向けての課題曲でもあれば必死に練習するかもしれないが、コンクールなど興味はない。
上條、原も同じ考えなのは知っている。さあどう対応したらいいのだろうか悩むとこである。
自分自身の進路の事も考える時が早くもきてしまった。
そんな思いをもち、上條と職員室に音楽室の鍵を取りに行った。
そこには鍵がなかった。
誰か音楽室に先にいってるんだと思い、音楽室に向かった。
音楽室には小谷一人だけだった。
驚く気持ちもあるが、大木はどう小谷を溶け込まそうかと考えた。
「ありがとう、鍵取りに行ってくれたんや。昨日はクラブ来たんかな?」
「はい、原さんも来てましたよ」小谷はイスに座っていた。
このまま静まりかえった教室にいるのも苦痛なので、大木は鞄を置き、黒板横に置いているCDプレイヤーの再生ボタンを押した。教室設置のスピーカーからクラッシック音楽が流れた。
少し教室の雰囲気が変化したような気がした。
小谷は原に彼女がいると騙された事を言おうか迷ったが声が出なかった。
二人もいつもの席に座った。
「この曲知ってる?」大木が小谷に聞いた。
「いや、分からないです。ゆっくりとした曲ですね」
「小谷君はどんな音楽聞くん?」
「僕は…」音楽の話題から大木は小谷と話し出した。
今はインターネットで大概の音楽は聞くことができる。
大木はCDを買ったり自宅のパソコンで邦楽、洋楽、クラッシックといろいろな音楽を聞いていた。
小谷が聞いている音楽を含め自分が知らない歌手やバンドには常に興味があった。
他人から情報を得ると自宅ですぐに調べたくなる性格だ。
小谷は流行りの邦楽を好んで聞いている、あとは父親の影響で好きになったバンドの音楽を聞いていた。
「僕はArtwordsが好きですね」
大木の質問に流行りの邦楽をいうより父親の影響で好きになった洋楽を答えた方が自分を高くみせると考えこう答えた。
「Artwords?」と大木は聞き返した。
大木は知らないバンド名だったので後で調べようと思った。
そんな話しに耳を向けずに上條はスマホで今日も競馬情報を見ていた。
小さいころ父親と競馬場に行ったことがある。
競走馬に乗せてもらった上條は、人間の指示に従う賢さ、馬の温かさ、乗ってたかが一周だけだったが馬に乗る感覚を知った。
父親が日曜日に見る競馬中継を一緒に見てるうちに騎手になる夢を持った。
運動神経はよかったが騎手になることが難しい事は百も承知だ。
自分の進む道を決めた事は大きかった、しかしすぐに打ち消されてしまった。
視力が悪かったからだ。諦めきれない思いだったが、諦めなければしょうがない現実をみた。
競馬の魅力にひかれ今も競馬が趣味になっている。
上條は鞄からスナック菓子を取り出した。袋を開けると教室に匂いが広がった。
一つ自分の口に入れると二人の方をむいて、食べていいよとすすめた。
「おっありがとう」と大木もスナック菓子を食べ出した。
その時音楽室のドアが開いた。小谷はびっくりして後ろを振り返った。
(顧問が来たかもしれない。お菓子なんか食べていいの)背中に冷や汗が流れる思いだった。
「お疲れーっす」入って来たのは原だった。
小谷はホッとした。原は入って来るなりスナック菓子を食べてる二人を見て、近くのイスに座り
「いただきまーす」と軽く言って食べ出した。
小谷は原が食べる姿を見て、上條のスナック菓子をもらった。
「今、先生やと思ってびびったやろ」上條がにやけながら小谷に言った。
「はい、教室でお菓子食べていいんかなって思いまして」
「別に先生来ても何にも言わへんよ。煙草じゃあるまいし」原も躊躇せずに食べている。
この上條の言葉は信じていいようだと小谷は思った。
「優くん(上條のあだ名)スマホでさっき小谷君が言ってたバンド見せてくれへん?」大木が言った。
「えっ大木さんスマホじゃないんですか?」小谷が驚いて言ってしまった。
数秒後、言ったらあかんかったかなーと大木の顔を伺った。
「先生と相談してクラブ中携帯禁止にしてもいいんやで。」
大木が優しく返答したことに小谷はホッとした。
「それはこまりますよー」と原も笑いながら大木に言った。
小谷は自分のスマホを取りだしArtwordsのDaysという曲を検索して大木に渡した。
大木は小谷の教えてくれたバンドのライブ映像を見た。
四人組のロックバンド。UKロックかなと大木は思った。こんどCDショップに行ったら、ArtwordsのCDを見てみようと思った。
「今週は競馬ですか?」原が上條に言った。
「迷ってる」
「上條さん馬券買いに行くんですか?」小谷が言うと、
「俺は買わへんでー。おとんに買ってもらうねん」
「何言うてるんですか。おもいっきり自分で買ってるじゃないですか」原がすぐにつっこんだ。
大木もうんうんとうなずいた。
大木も一度上條と場外馬券場について行った事がある。
上條は慣れた手つきでマークシートに記入し、惜し気もなく千円札を数枚券売機に入れ馬券を購入する姿を見た。結果は外れ、数分で何千円かが消えた。
バイトは親から禁止されている為、まだ親からお小遣いをもらっている身分ではその金銭感覚が理解できなかった。せっかく来たので11レースだけ馬連二点200円だけ買った。
競走馬が全速力でゴール前を駆け抜けた。正直、自分が買った馬が何着かは分からなかった。
後のリプレイで分かった。はずれ…。まあ仕方がない。
しかしゴールする瞬間、モニターの前での歓喜、怒号を肌で感じた時の興奮はお金を賭けているギャンブルならではの感覚なのだろうと知った。
その日上條がいくら負けたかは分からない。
家に帰りこの日の事を家族に話した。ギャンブルは負ける人が大半だから成り立つものだと言われた。
ギャンブルに無関心の親の考えだが納得はできる。
あの日の帰り、上條はいつも通り怒りもせずに普段通りだった。
負けて機嫌が悪くなるならやらないほうがいいだろうと思うが、上條はあてはまらなかった。
そのへんは自分の許容範囲でセーブして賭けているのだろうと思った。
そこは友達として付き合いやすいところである。大木はその事を思い出しなが上條の話を聞いた。
「混線模様やなー」人気馬がいれば軸として考えれるが、そういった馬がいない。人気が割れる分倍率はあがるが予想が難しく点数が増えてしまう。強い馬でも負ける事はある。
上條自身も競馬予想の難しさ経験済みである。
将来に向けてお金が必要な為、現在アルバイトしている。
その稼いだお金をすべて競馬につっこむ考えは頭にない。
今週末は止めとこうというふうになってきた。
教室では競馬の話で上條が喋り続けた。意味が分かる事や分からないことが、三人の頭の中を巡った。
小谷が上條のアルバイトの事を質問した。上條は運輸倉庫で働いている。
トラックが倉庫に入ってきたら、トラック内の荷物を下ろす。
またはトラック内に荷物を積み込む作業である。
週2、3回学校終わりか、休日に働いている。
バイト内での人間関係など、学校内では味わう事のできない経験を話した。
気がつけば17時前になった。いつの間にか大木がかけたクラシックCDが止まっていた。
「もう5時やー」上條が時計を見て言った。
みんな鞄を持って教室をでた。
「僕が鍵返してきます」小谷がそう言った。
「ありがとーお願いね」大木にそういわれ音楽室から職員室にむかった。
小谷は今日の教室での会話を思い起こした。
競馬などはまったく知らない世界だったが少し身近に感じるようになった。
(原さんが言ってた事はこういうことか)とまだまだ知らない世界を教えてくれるのかなっと期待した。
(今日は誰も楽器を触ってもなかったな)とうすら笑いが込み上げてきた。
静かな廊下に一人の足音だけが響いた。