運転
「あーおいしかったー」
里崎は制限時間いっぱいまでイチゴ狩りを楽しんだ。大木も紙コップがイチゴのへたでいっぱいになるぐらいまで食べた。
「おいしかったねー」
冬の寒さが少し和らいできた時期、二人の微笑ましい姿があった。卒業式が終わりあと数日で大木は大学入学式が控えていた。
卒業式は大木、上條ともに親が来ていたのでそんなに会話する時間はなかった。どっちかというとあっけない卒業式だったと大木は感じた。しかしひとつ嬉しい事があった。 卒業式の日に里崎と大木はある約束をした。大木が里崎に車の免許をとりに行っていることを言った。
「取ったら親の車があるから一緒にのる?」
と聞いてみた。断られてもよかった。冗談だと逃げることもできた。自分の自信のなさ、そして傷つきたくないプライドがあった。その問いかけに里崎は「大丈夫?」 といいながらOKしてくれた。里崎も大木とはクラスで一緒によくいたほうだった。このまま会えなくなることはないと思っていたが、近々会える約束ができたことは嬉しかった。そして数ヶ月後に大木は免許を取得した。早速家の車を運転した。新しい視野がひろがったような思いだった。そして卒業式の日に約束した通りに大木は里崎を車に乗せて奈良まできた。
「帰ろっかー」二人は車に乗った。まわりは山に囲まれのどかな景色を後に大木の運転する車が進みだした。手にはイチゴの香りが残っていた。
「上條君はもう働いているのかな?」
里崎は吹奏楽部のメンバーの事が頭にうかんだ。大木はためらったが里崎にはいう事にした。
「今、オーストラリアにいるよ」
「えっどうして?」
里崎はすこし驚いて大木を見た。
「騎手になるために」
音楽室でみんなと演奏した前日の帰り道に、上條は就職を断り騎手になる道を選択した事を大木に話した。その経緯を里崎に話し出した。
「あの時には決めていたんだ」
「うん。」
「騎手になれそうなの?」
「面接とか試験とかあると思うから、まだわからない。」大木は難しそうな顔で返答した。
「まあ優くんはそれも覚悟してるよ。」
「あんまりわからないけど難しそうだもんね」
「うん。騎手になって有名にならなくてもいいから、何十年も続けられたら満足みたい」
「続けていくのが大切だよね」
「うん。そしたら結果も出てくるよ。」
「頑張っほしいなー」
そして大木は上條が一つだけ夢を語った時の顔を思い返した。
「規定でどうなるか分からないけど、強い馬に巡り会えた時にはジャパンカップに出てみたいなー」
上條が音楽準備室でアイーダを演奏した時、いつか日本に騎手として凱旋してやるという強い決意があるように聞こえた。大きい事を言ったのはこれだけだった。上條の夢が実現するように友として大木は願った。上條との出会いは自分にとって大きかった。夢を追いかける姿、父親の死、アルバイトなどそして競馬からはじまり野球の応援など上條からいろいろ学ぶことや自然に身に付くことが多かった。上條の存在により、より多く成長したような気がした。
握っているハンドルに力が入った。上條は騎手になるために動きだした。今はどんな気持ちなんだろう。自分からみたらそんな上條が幸せそうにみえた。その反面、自分は何もないように思えた。しかし隣の里崎を見た時、上條とはちがう幸せを感じた。いろいろな形の幸せが舞っている。自分は一つ掴めたような気がした。




