下級生
気分は晴れなかった。
入部したものの何も練習することがないかもしれない。
しかし小谷は音楽室のドアを開けた。鍵は開いている。しかし教室には誰もいなかった。
鞄が一つだけ机にのっていた。準備室からドラムの音が聞こえる。
来てるのは原さんだけかと小谷は分かった。原に気を使い、準備室には入らなかった。
教室で座ってスマホをとりだし時間をつぶした。
数分後に僕は何をしてるのだろうと自問自答する自分がそこにいた。
まもなく原が教室に戻ってきた。
「来てたんやー」
「はい」と小谷は笑顔で返事した。
鞄からペットボトルを取りだしレモンティーを原は一口飲んだ。
額からは少し汗が流れていた。
「今日は先生や三年生は来ないのですか?」
時計を見て「先生はほとんど来ないよ。今日は二人とも休みじゃないかな」
「そうですかー」
原は小谷の表情を見て、何か元気がないと感じた。
「原さんに聞きたいことがあるんですが…」
その声に原は何か悩んでいるのだなと思った。
「こないだ話していたコンクールの事ですけど、四人で出ると思います?」
「うーん」っと少し間合いをあけて
「もし出るなら大木さんがどの曲をするとかとっくに話してくるはずだけど、何もないってことは…まあ出ないかな」原はゆっくりとした口調で答えた。
やっぱりそうか…と小谷は下をむいた。
「こないだみたいに原さんはドラム、大木さんはギター、上條さんはスマホをしている。その時僕はどうしたらいいのか分からないのです。」
小谷が悩む核心である。
「あーそういうことね。」
少し原はどう答えたら彼の為になるのか考えたが、特に決められた事があるわけでもないので返答に困った。
「何をしてもいいんとちがうかな、トロンボーン吹くとかそれ以外の楽器を吹いてみるとか、別に課題曲を練習しないといけない訳じゃないし、ゲームしようが別に先輩たちは何も言わないと思うけど
」「楽器以外の事をするならクラブの意味がちょっと…」
「そうやんなー」原は小谷の気持ちを理解した。
自分は家でドラムの練習ができないから学校で練習できることがちょうどいい。
それにクラブで課題曲を練習するわけではないので尚更、練習に打ち込める。
「トロンボーンの上達をさらに目指してみたらどうかな。先輩との会話も意外と面白いよ」
原のクラブにくる目的はドラムの練習が第一だったが、三年生との雑談もその一つになっていた。
原は学校外でバンドを組んでいる、競馬好きの上條はバイトをしていることなど原はいろいろ教えた。
特に気にしてた小谷自身のクラブでのアドバイスをあらためて原はした。
小谷も鞄から飲み物を取り出した。時には笑い二人の会話は途切れることなく続いた。
準備室にあるCDや楽譜などを教えてくれたのは大木だった。
みんなでイスに座って話してた時、一人黙って茅の外にならないように配慮してくれている大木の優しさは小谷に伝わっていた。
家に帰っても特にこれといってする事はない。それなら放課後音楽室にくるのもわるくはない。
原との仲も深まったような気がした、小谷は前向きな気持ちに変化してきた。
原を羨ましがる気持ちで「彼女がいていいですね」と言った。
「えっ彼女なんておらないよ」
「えっ」上條の顔が浮かんだ。
「上條さんがデートで原さんは休みと先生に言ってましたよ」とっさに自分を擁護した。
「上條さんも調子のりやからなー。」
原は苦笑いをして軽く流してくれた。
小谷はせっかく原との関係が築かれたのに上條に壊される思いがした。
上條の憎めない笑顔が頭に巡った。