音楽会 2
上條は音だしで、炎のランナーの冒頭を吹いた。
「一年の時練習したなー」
大木が上條に言った。そして大木もテナーサックスを構えた。それを見た上條がトランペットで旋律を演奏した。いつもとちがう優しい音色が上條の演奏するトランペットから流れた。大木もテナーサックスで同じ旋律、そして途中から違うパートを演奏した。
上條はこの曲を演奏したい思いがあった。金管楽器をさわるのは初めてだった。音のだしかたのこつはある程度先輩に教えてもらった。大木が顧問に頼んで楽譜を買ってもらい、二人で悪戦苦闘しながら挑戦し、何とか間違いながらでも吹けるようになった曲だった。完璧とはいわないがあの時に達成した喜びを得たことを再び噛みしめた。頑張ればできることもあるのものだと思った。この気持ちは二人とも同じだった。今はお互い思いのまま行動し、ギターを弾いたりスマホでゲームをしたりしている。仲が悪いわけではない。むしろ親友同士だ。しかしそんな日々が続いていたので久しぶりに二人で演奏した時となった。多少音程を外す事があったが原と小谷は二人のそろった演奏を聞きいっていた。
「久しぶりやね。この曲は」
「何とかできたかな」
上條が苦笑いしながら答えた。
「すごいねー、できるんだー」
里崎が二人を見て言った。
「上條さん競馬以外の曲も練習してたんですねー」
原が驚いたように言った。
「お前がずる休みしてる間に練習してるんや」
いつもの上條の受け答えのように大木は聞こえた。部員は家族が大変な事は知らない、その中で普通に接している上條の本心は理解できなかった。
大木は上條と炎のランナーを演奏した事で(もういいかな)っと自分なりにすべて満足した。音楽室で吹くのもこれで終わりだ。大木はテナーサックスを首からおろそうとした。
上條も今まで使っていたトランペットも吹けなくなると思うと寂しくなった。もう最後かと思い上條はアイーダを演奏し始めた。準備室にトランペットの高らかな音色が響いた。
「サッカーの応援で聞いたことある」
里崎が口に出した。原はスティックを握った。準備室にある楽譜の中で、アイーダの楽譜は表紙が新しかったので目についた。小谷はトランペットで練習した。
「これならできる。」小谷は2回目の繰り返しから入ろうと準備した。
この曲は大木が上條に演奏してもらいたかった。楽譜を炎のランナーといっしょに買ってもらった。上條もサッカーの応援ということで聞いた事があったのでそこだけは練習した。
上條は一人で演奏した。孤独の中でも高らかに負けないぞという意気込みがあるように大木は聞こえた。50秒たった今、繰り返しになった。みんなもいっせいに参加した。金管楽器特有のかん高い音色が何倍にもなった。里崎はいきなり音が大きくなったのでびっくりした。小谷は上條の音を特に注意して聞きながら演奏した。原はアップテンポな曲調なので叩きやすく、2回目3回目となるたびに叩く数と音が大きさを強めていった。大木は大好きなクラッシック音楽だったので鳥肌がたった。そして一人一人の表情を見ながら演奏した。3回目に入った時、上條は高音のパートを演奏した。小谷はかわらず旋律を演奏し続けた。二手にわかれたトランペットの音が曲を際立たせた。
このメンバー全員でここまで合わせたのは今日が初めてだった。上條が目で合図を送った。みんなは理解した。楽譜通りにピタッと音が止まった。みんな笑っていた。それだけがすべてをものがたっていた。大木は色々な思いがあった。広いホールでもなく狭い準備室。聞いているは里崎ただ一人。だけどこれで充分だった。テナーサックスを首からおろした。もう自分が使うことがない楽器をケースに入れた。パタンと音がなり蓋がしまった。




