音楽会
大木は里崎を連れて音楽室に向かった。上條、原、小谷と全員が教室に集まった。来週からはテスト前ということでクラブ活動は基本禁止となる。大木は里崎が前に演奏を聞きたいとお願いされていたことに応えようと思った。
「今からみんなで何か演奏しようか。」とあけらさまには言うのは恥ずかしかった。教室に鞄を置くなり、黙って準備室に行きテナーサックスを取り出した。
「あっ何か聞かせてくれるの?」
里崎が楽しみという顔で言ってきた。大木はかるく音を鳴らした。それを見た上條も準備室にトランペットをとりに行った。
「今日は一緒に何か合わしませんか?」
原が提案した。大木はよく言ってくれたと内心思った。
「いいよ。そしたら今日は準備室に行こっか」
教室の1/4ぐらいの教室だが5人なので狭くはなかった。原はドラムのイスに座り、スティックを使って手首のストレッチを始めた。里崎は窓側に椅子を持ってきて座った。小谷はみんなが楽器を持ったので自分も持たないとと思った。トランペットかトロンボーンのどっちにしようか一瞬迷ったが、練習の成果
を見せたい思いもありトランペットのケースを開けた。
個々の音だしが準備室で始まった。小谷がトランペットで昨日も演奏したジュピターを鳴らした時、大木と上條は音だしを止めて並んで小谷を見た。
「吹けるようになってんなー」
上條は感心した。昨日二人で合わせた曲だったので原もドラムで参加した。
「この曲知ってる。」
「昨日、練習してた曲やね
」大木は上條に言った。小谷が見られていると気づくと演奏を止めたので大木が「いいよ、続けて」と手を差し伸べ促した。大木と上條は楽器を持って立ったまま里崎と二人の演奏を聞いた。息がぴったりあっていた。これからはこの二人が吹奏楽を牽引する。そのための力は充分あると二人は思った。演奏が終わると三人は原と小谷に拍手した。
大木はこの日の為に演奏する曲を決めていた。(さあやろうか)と心で気合いをいれ、真剣な顔つきで構えて息を吸った。その姿をみて皆は大木を見た。テナーサックスから音色が流れた。スローテンポの曲。原はなるべく静かに邪魔しないようにリズムを刻もうと入るタイミングをうかがった。
「何の曲かな?」
「わからん、でも前に練習してたなー」
「寂しそうなメロディーだね」
「ああ」
冒頭の同じメロディーが繰り返しになった時、原がリズムを刻みだした。小谷は二人の演奏を聞いた。自分も入りたかったが自信がなく音を外しそうなので踏み出せなかった。
(ヨハネの受難曲)大木は旋律を演奏した。本来の曲で歌われる歌詞の内容等は分からない。ただ受難の曲だということだけは分かる。今、上條の家族はまさにその時だと大木は思った。この曲に力があるのかは分からない。ただ、上條の苦しみ悲しみを自分のことのように受け止めたかった。それが親友としてただできることだった。来年からはそろぞれの進路を歩む。期待が膨らむ、ただ何が待ち受けているかは分からない。初めての場所、新しい人間関係、競争社会の中での評価などに苦しみを覚えることがあるだろうと覚悟した。いつも違う緊張感の中、大木はヨハネの受難曲を吹き終えた。大木は回りからの拍手が聞こえた。