採用
1限目の授業が終わった。大木と里崎の前に上條がやってきた。
「決まったよー」
学校に就職採用の連絡が入ってきた。
「よかったねー」
大木と里崎がお祝いした。何でもはきはき話す上條は発する言葉に自信があるように聞こえる。面接でもこの事が有利なんだろうと大木は思った。
授業が終わり音楽室に集まった。まだ甘い香りが若干残っていた。上條は原や小谷にも報告した。遅れて大木と里崎が教室にきた。手にはコンビニ袋を持っていた。その袋を見るとジュースやお菓子が入ってあった。
「まーみんなで食べよう」
上條のお祝いとは言わなかったが、みんなは何となく分かった。
「ありがとー」みんなは席についてスナック菓子やチョコレートなどを開けた。
「こないだの事大丈夫やったんですね」原が言うと
「先生何にも言ってこんかったからもう大丈夫やろう。」と上條は答えた。
話は上條の就職の話題となった。その中で原が上條に今バイトしている理由を聞いた。
「遊ぶお金もそうやけど中型バイクの免許とりたいねん。」
「そうなんですかー」原は趣味の世界なのだろうとそれ以上はつっこんで聞かなかった。
上條も確かに趣味でバイクに乗りたい思いは少なからずあった。しかし、とろうと決意したのは、父親を後ろに乗せてバイクでツーリングすることが夢だったからだ。子供の時から優しく、何でもできる父親を尊敬していた。一人っ子という中で育ったので父親と遊ぶ機会が多かった。可愛がられていたことのが自分でも分かるぐらいだ。そんな父親と二人で、父親は何もせずに乗ってるだけ、自分の運転でどこかに行きたいと将来の計画に加えた。めでたく就職も決り、中古バイクなら買えるお金も貯まりそうなので、近日中に教習所に行こうと考えた。
「バイク買ったら、後ろのせたろか」上條のが楽しそうに語った。
(バイクかー)大木はバイクに乗ることを想像したが、あまり興味はわかなかった。
「大木さんたちも修学旅行はオーストラリアだったんですか?」
「そうやで」
「えっここは修学旅行オーストラリアなんですか?」小谷は海外と知って驚いた。
「自分の時は変わってるかもしれへんで。」上條が答えた。
「どうでしたー?」
「どうですかって、楽しかったよ。それ以外ないかな」
「感想は難しいよね。」
「景色が日本とはまったく違うから、外国にきたなーって感じになったかな」
上條に続き里崎大木も答えた。
「百聞は何とか何とかってやつやな。コアラでもだっこしてきいや。」上條が言った。小谷は顧問がクラブ活動についてどう考えているのか聞いてみた。
「何にも思ってないやろ。部員がいてるだけでほっとしてるんちゃう。」
上條の返した答えが部員が顧問に対しての思いだった。
顧問の戸口もその考えはあった。自分はトロンボーンを学生の時にクラブでしていたが、全体を指揮することなどできない。数年前までは指揮をする顧問がいたのだが、退職したので戸口が引き継ぐことになった。本当は断りたかったが、言い出せなかった。部員がやる気なら外部の講師を呼んで指導してもらうことは、引き継ぎ時に学校側に了承は得ている。しかし大木たちが入部してら教えて貰おうというより、自分たちで何とかしようと練習しだした。今はギターを弾いたりと好き勝手している面があるが、職員室に鍵を取りにきたりすると、他の先生たちにもクラブ活動しているというアピールになるので戸口は顧問としては助かっていた。この二人が卒業した後が大丈夫なのか不安はあった。
「こないだ教室で先生が原と小谷にしっかり引き継ぎしとけよって偉そうに言ってたわ。何にも引き継ぐ事なんてないのになー」
「まー何度も言ってるけど自分たちの思うようにしたらいいよ」大木が言うとなぜか説得力があった。「面白いクラブだね」里崎が言った。
「クラブというより、集まる場所を学校が提供しているってとこかな。」
音楽室に来るのもあと数回かなっと言おうとしたが、大木は言葉を止めた。
「あっそうだ。来週日曜八尾でライブにでるんです。コピーですけど。できたらきてくれないですか?」「いいわ」上條が即答した。
こういう時にはっきりと言える上條が羨ましいと大木は思う。自分もバンドを組んでライブに出たい気持ちがあった大木は、原がライブに出ることへの嫉妬が少なからずあった。正直たいした予定もないのだが、残念そうに行かなあかんところがあると、やんわり断ってしまった。
「僕、見に行きますよ。」
小谷が行くことになった。
「ほんと、ありがとー」
いつもドラムの練習を聞いてる小谷は原のバンドに興味があった。嫉妬心や付き合いなどではなく純粋に見に行きたかった。小谷が行くことになると、大木は原にたいして嘘をついて断ったことに申し訳なく思うが、負けられないというプライドが先行した。ただ原と小谷が仲良くなって行くことに喜びがあった。 「ねー、最後に一回だけみんなで演奏してほしいな。原くんと小谷君がしてるのは見たことあるんだけど」
大木と上條の方を向いて里崎が言ってきた。里崎が夏休み以降来るようになり、楽しさが増したのも事実だ。大木たちは断ることもできないので「そうやね」と答えた。