空間
大木はゆったりとしたクラッシック曲が編集しているCDを教室内に流した。
「おいっ教室暗くしようぜ」
音楽室の教室には遮光カーテンが備え付けてあった。廊下側にはドアが一つだけで窓はない。原と小谷が反対側の窓のカーテンを二人で閉めた。一度電気を消して見ると、教室は薄暗くなった。
「いい感じやん。」
里崎は白い陶器の電気式アロマポットをセットした。スイッチを入れるとランプが灯った。
「じゃあ電気消すでー」
上條が教室の電気を消した。薄暗い教室にオレンジ色に輝いたのアロマポットが光を放った。教室全体がアロマポットからでる明かりによって、机、椅子、黒板などが照らされ、いつもの教室が幻想的な空間となった。里崎はローズマリーの蓋を開けた。
「じゃあ入れるね。」
アロマポットの上皿に3滴ほど香油を落とした。数秒後にランプで温められたローズマリーの香りが教室に広がった。里崎はローズマリーの効能を説明した。音楽と香りが漂ういつもと違う空間にみんなは酔いしれた。言葉数は少なかった。
「力を抜いてゆったりする時間も大切だよ」
オレンジ色に映る里崎の顔とその声に魅力があった。大木は里崎が野球部で相当苦労したのだろうと、その顔を見て感じた。以前もあったがまた教室でこんな事していいのかなと小谷は後ろめたさがあった。そんな事はお構いなしに里崎は小皿を布できれいに拭き取り里崎は違う小瓶の蓋を開けた。
「ペパーミント入れるね」
ミントの香りが今度は広がった。
「あー僕この匂い好きですわ」原は小瓶を見ながら感想を言った。
「匂いで過去の事を思い出す時がないかなー?」
「あるかもしれへん。あっこの匂い友達の家の匂いやって思う時あるよな」
みんなは(うーん)となったが、里崎が「その時、友達の家で遊んだ記憶もよみがえらないかなー」
「うん、わかるような気がする」
大木は言われてみればそうだなと納得した。ミントの香りで気分がスカッとしたような気がしてきた。「面白いなー」みんなはこの状況が楽しくなってきた。
「他にもあるのかな?」
「じゃあ甘い香りのアロマを入れるよ」
「いい匂いですねー。落ち着きますよ」
「100均で売ってるのもあるよ。」
里崎が小谷に言った。教室内にショパンの別れの曲が流れた。
「あっ別れの曲だ。」
大木のこの声にみんなは音楽に耳を傾けた。何ともいえない「別れ」という個々の思いが頭に巡った。
三年生は二学期で学校がほぼ終わりだ。原と小谷は三年二人がいなくなるのは寂しいと心から思った。まだこのメンバーで音楽室に集まりたいと願うが、いつかはやってくる卒業にはどうすることもできない現実をみた。大木、上條は学校卒業に関しては対して感情などなかった。あるのか、ないのかわからない校則がなくなる事が待ち遠しかった。ただ二人とも音楽室にくることがなくなる事については寂しさをおぼえた。
ストロベリーの甘い香りが教室に広がっている。みんなは静まりこの時を過ごした。
「この香りがどっかでしたら、今日の事を思い出すかもしれないね」
「本当やね。さとちゃんありがとうね」
大木が里崎に感謝した。カーテンを開けた。目が一瞬眩しかった。明るい日差しが教室に入ってきた。いつもの教室に戻った。
「匂いが残ったままで大丈夫ですか?」原が言った。
「大丈夫かな…」大木はまずいかなっと一瞬考えた。
「窓全開にしよー」
上條が立ち上がり窓を開けていった。まだ夏のあたたかい風が教室に入ってきた。
「まあ電気だけや使ったのは。火は使ってないしバレても大丈夫やろ。さとちゃん香水とか持ってないん?」
「持ってないよー」
「大丈夫大丈夫」大木が笑いながら言った。里崎はアロマポットや小瓶を片付け出した。
その時、上條が神妙な顔つきで近づいてきた。
「なあなあ、そのろうそくのほうのやつ一つくれへん」
「えっ、アロマキャンドル?」上條はうなずいた。
「いいよ。どれがいい?」
「何でもいいんやけど…前向き…最後にしたようなんでいいかな」
上條は言葉を選びながら話した。里崎は持ってきたアロマキャンドルからこれだと思うのを一つ選んで上條に渡した。
「ありがとう」
上條は大事そうにアロマキャンドルを鞄に入れた。
小谷は三年生の発想と行動を面白く思った。自分もこんな先輩になっていきたいなと思った。一人一人に今日の事が大切な思い出となった。まだ香りが残ったままの音楽室は静かになり、そして誰もいなくなった。




