ホスト、主夫になります!の巻
「雅樹さん……」
「ん?どうした?」
美夜子はニコリと微笑み、鞄に手を入れた。そして、中からアル物を出した。
「雅樹さん、私と結婚してください。
そして、私のために毎日おいしいご飯を作って、家で私の帰りを待っていてください。」
それは指輪だった。雅樹は突然の状況に呆然とした。
こういうのは男からするべきじゃないのか?そんな疑問も、すぐに消えてゆく。
「はははっ、みやには敵わないね。」
雅樹は自身の方に突き出された指輪を、美夜子の手ごと自分の手でつかんだ。そして、つかんだ手にキスをひとつ落とす。
「よろしくね、お姫様」
するとボッと火のように赤くなる美夜子の顔。
ああ、愛おしくてたまらない。
美夜子と雅樹が出会ったのは雅樹が勤めるホストクラブでだった。
美夜子が店に入った瞬間、ホスト達が一瞬自分の客のことを忘れ、見惚れるほど、美夜子は美しかった。まっすぐに伸びた背筋。緩やかに弧を描く唇。堂々と前を見据える意志のこもった眼。自分の魅力を十分に理解して、計算された洋服。美夜子は自身の魅力を最大限生かす方法を知っているようだった。まるで、すべての男を惹き付けるような魅力があった。
その時に美夜子に指名されたのが雅樹だった。美夜子はサバサバした性格で、雅樹もあまり気を張ることなく純粋に会話を楽しんだ。美夜子も雅樹も海外の作品が好きで、音楽や小説など、二人の好みはよく似ていた。けれど、同じ作品に対して全く違う視点からものを言うので、雅樹は美夜子と会話をするのがどんどん楽しくなっていった。
美夜子もそう思ったのか、頻繁に店にやって来て雅樹を指名するようになってきた。しかも、女性に人気のスイーツや紅茶のセットなどを手土産に持ってきた。たまに雅樹は、美夜子が自分のことを女だと思っていないか心配になるほど、チョイスが女の子用だった。
そんな男らしい美夜子だが、雅樹がそっと甘い言葉をささやくと、顔が真っ赤になり、中学生のように照れる。美人で男慣れしていそうなのに、そんな初々しい態度をとる美夜子は雅樹の目には新鮮で、可愛らしく見えた。
そうしていくうちに、どちらかともなく店の外で、プライベートで会う機会が増え、そうして正式にお付き合いするようになった。
美夜子との交際は順調で楽しかった。
医者をしているという美夜子。泊まり番の日や、手術の日などには会うことが出来ず、更には講習会などにも頻繁に行ってしまうため付き合い始めたからといって、よく合えるようになったというわけではなかった。この状況に対して美夜子とくに何も言わなかった。会いたいだとか、寂しいだとか、雅樹が期待するような言葉を美夜子が言うことはなかった。さらに、美夜子からメールや電話がくるのも極々たまに。いつも雅樹からだ。雅樹から送ったメールも返信は次の日、などということはしょっちゅうだった。電話をしても5回に1回くらいしか応答しないし。
この状況に耐えられなくなったのは雅樹だった。
「あ゛ー、もう!」
「うおっ、どうしたんだよ」
「彼女から連絡がこない……」
「おーおー、ついにお前を振り回す女が出てきたか。どんなやつだよ?」
「………だいぶ前に、店に来たきれいな女の人を覚えているか?ホストの視線を一身に浴びながらそれに気づかず俺を指名したすごくきれいな女。」
「ああ、あの人…。覚えてるさ。みんなあの女の人が気になって、自分の客がおざなりになって何人か怒って帰ったし。つーか、客かよ。」
「悪いか?」
「いや、別に悪くはねーけど。………本気なわけ?」
「ああ、本気だよ。そろそろホストも潮時だと思ってたしな。いつかは分からないけど、プロポーズして結婚するつもり。」
「やめるのか…?」
「ホストなんていい年したおっさんがするもんじゃないさ。」
33歳、いやもうすぐで34歳になる雅樹はいつホストをやめようか、ずっと悩んでいた。きっかけがないままこんな歳まで続けてしまっている。美夜子と結婚ができるのであれば、それを機にやめようと最近では考えている。
「おい、雅樹、ケータイ鳴ってんぞ」
「あ?……美夜子からだ」
「なんて?」
「いつもの公園に来いって……」
「あーあ、別れ話でもされるんじゃない?」
「縁起でもないこと言うな!!」
美夜子からんのメールには、いつもの公園に来てほしいという、絵文字も顔文字もない、美夜子らしいそっけないメールだった。
そうして冒頭にもどる。
「そ、それでね…。雅樹さんにお願いがあって……」
「お願い…?」
「さっきも言ったように、雅樹さんにはお家で私を待っていてほしいの。家に帰った時に、雅樹さんにお帰りって言って欲しい。そして私はただいまっていいたい。」
「うん……。」
なんだか美夜子にとてつもなく必要とされているように感じ、たまらなく嬉しくて、年甲斐もなく胸が躍っている。
「俺ね、ずっと前からいつホストをやめようか悩んでたんだ。ホストの他にも株をやっていてね。お金は十分にあるんだ。ふたりでふらしていくだけのお金はあるよ?}
どうかな?と雅樹はくびを傾ける。
美夜子はふっと真面目な顔をして黙り込んだ。しばらくして、ゆっくりと話し始めた。
「私は医者だから。まだまだ半人前で失敗ばかりだけど、医者だから。医者になったかぎり、医者としていきていかないといけない。だから……」
「うん、それでこそみやだね。大丈夫、ちゃんとわかってるよ。医者は続けて。でもたまには構ってくれないと拗ねちゃうからね?」
「は、はい…」
「ああ、それと、子どもは欲しいな。少なくても2人。」
「頑張る………」
「ふふっ、ありがとう」
雅樹は美夜子にそっとキスをし、放心状態の美夜子の手を取り、早速新居探しに向かったのだった。
久しぶりの投稿ですね。
手描き派の私にはパソコンは超難題です(笑)
続編を出来たら書きたいです!