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屋根裏の鼠男

作者: 紅崎樹

 昔、私の家の屋根裏には鼠男が住んでいた。

 それを友人に話したところ、嘘だと言って馬鹿にされた。しかし、これは、実際にあった話である。

 ◇

 とある夜、いつものように夕食を食べていると、天井からどたばたと物音が聞こえてきた。どうしたのだろう。今、二階に誰かいただろうかと不思議に思っていると、母はこう言った。

「嫌ねえ……鼠かしら」

「ねずみ?」

「そう、鼠。近いうちに処置しなきゃねえ」

 コンセントやら噛み切られちゃうわ、と母は困ったようにため息交じりに言った。

 鼠。

 その時私は初めて知った。鼠が人の家に住み着くことがあるのだということを。ぱたぱたと軽快な物音をさせながら、鼠は私の家の屋根裏を駆け回っていた。

 ◇

 その日、私は夢を見た。屋根裏に鼠が住み着いている夢を。

 しかも、ただの鼠ではない。その鼠は、真っ白な仮面を被り、レインコートを羽織って、ひょろりと細長い身体を持った人間のようだった。まるで人間のような身体つきをしているくせに、長い手足を器用に使って四足歩行をしているのだ。私はそれを鼠男と呼ぶことにした。そいつは、私の家の屋根裏に住み着いている鼠だった。

 ◇

 鼠男は、酷く気まぐれだった。暫くの間は静かにしていると思ったら、忘れた頃にぱたぱたと軽快な物音を立てる。大きな体を持ち合わせているくせに、その足音は随分と軽やかだった。全く器用な奴である。物音がするたびに、母は「どうにかしないとねえ」とため息を吐いた。私は想像してみた。どうにかするとは、いったいどのような手段をとるのだろうか、と。屋根裏に、一人の鼠男。なかなかの巨体である彼を、どうやって処分するというのか。そして、そうなった時、彼の遺体はどうなるのだろうか。

 その時は、案外あっさりと訪れた。

「今日から、洋間には入っちゃだめよ」

 ある日母にそう告げられた。どうやら鼠男が下の部屋に降りて来たらしく、そこへ閉じ込めてあるらしいのだ。中には毒入りの餌が置かれていて、それを鼠男が食べることによって処分しようというらしい。

 なんと恐ろしいことを。

 もしかしたらまさに今、鼠男が毒にもだえ苦しんでいるかもしれないというのか。

 壁を一枚隔てた部屋の中に、あの奇妙な鼠男が居るかも知れない。そう想像するだけで身の毛のよだつような思いがした。

 ◇

 その日、夢を見た。洋間で苦しむ鼠男の夢を。彼は夢の中で私にこう訴えた。俺が何をしたというのだ、と。俺はお前たちに何か害を与えたのか。いいや与えていないはずだ。俺は何も悪くない。生きていく為にただこの家の屋根裏を借りていただけではないか。

 そんな彼に対し、私はこう返事をした。

「これは、私たち人間が安心して生きていく為に必要不可欠な事だったの。人間は貴方達ほど強くないから、どんな小さな敵も、大きな恐怖になり得るのよ」

 鼠男は相変わらず仮面をつけていて、表情を読み取ることができない。暫くして、ただそうか、とだけ返事をした。

 その日、私は初めて鼠男と会話をした。

 ◇

 次の日、目が覚めると何やら家の中が騒がしかった。

「どうしたの?」

 母に訊くと、

「鼠を片づけているのよ」

 と答えてくれた。私はふうん、と気のない返事をし、「鼠はどうするの?」とまた訊いた。母は片づけるとしか教えてくれず、鼠男の遺体も見せてはくれなかった。

 だから結局のところ、私は鼠男の本当の姿を知らないのだ。しかし、鼠男はいたのだと、何の根拠もなく私は信じ続ける。

 夢の中でしか会うことのできなかった鼠男。

 あれ以来彼が夢に出て来ることは無かった。

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