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某月某日、  作者: 銀月
2.上城基のこと
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3.大学入ってもブレなかった。

「なあ、お前サークルどうする?」

「剣道」


 晴れて大学生になった春。

 入学式が終わってすぐの大学正門前広場では、各サークルの新入生勧誘合戦が激しく繰り広げられていた。


(もとい)はブレないなあ」

「それよりも、俺はなんで柄元(つかもと)までここにいるのかを知りたい」

「そりゃ、ここ受かって入学したからに決まってるじゃない」

 てへぺろな調子で笑う和泉(いずみ)を、基は憮然と指差していた。

祥真(しょうま)、なんで黙ってたんだよ。お前絶対知ってただろ」

「だって口止めされてたし」

 じろりと睨む基に、俺もへらっと笑う。和泉は手続きの日も合格発表見に来る時間も何もかもずらして、今日まで徹底的にここに決めたことを秘密にしていたのだ。もちろん俺も黙っていた。

「……別の大学行くって言ってたくせに」

「そこ、滑り止め。同じとこ行くって言ったら、基くん、志望先変えるかもって思ったからねえ」

「いいんじゃねえの? 別に勉強したいこと変えたわけじゃないし、学部まで追いかけたわけでもないだろ」

「そうそう。それに、ここの比較文化学部って専門に上がるときにコース選べるんだもん。超お得なんだよ」

「もういいよ、今更だし」

 笑って言ってのける俺たちに、基は苦々しげに大きく溜息を吐く。

「じゃ、俺も剣道入ろうかなあ」

「そこでなんで“じゃ”なんだよ。柄元はどうするんだ。一緒じゃなくていいのか? 付き合ってるなら普通同じサークル入るんじゃないのかよ」

 基の言葉に、俺と和泉は「そんなこと言われたってなあ」と顔を見合わせる。

「俺ら別にそこまでべたべたしなくても大丈夫だし」

「そうそう。それに私は適当にふらふらするから問題ないよ。バイトしてあの本調べてーってやってたら、たぶんガチでサークルやってる時間ないしね」

 笑ってひらひら手を振る俺と和泉に、基は呆れた顔をする。

「俺のことどうこう言うけど、祥真と柄元だってブレないじゃないか」

「当たり前じゃねえか。今更何言ってるんだよ」

「そ。だから、私は適当にちょっと遊べるくらいのサークルに入ろうかなって思ってるの」

 だから気にすんなと言う俺と和泉と、やっぱり納得がいかない顔の基の3人で、勧誘の嵐の中を歩き始めた。


 体育会系の部活は同じような場所に集まっていた。それぞれその部のユニフォームを着た先輩たちがこぞって勧誘しているから、剣道部はすぐに見つかった。

「週いちで近くの道場から師範に来てもらってって、かなり本格的にやってるんだな」

 基が感心したように言う。近くに道場があるならそっちにも行ってみたいな、と呟きながら。

 ……それにしてもこの剣道部、ガチでやってる風なのになぜか女子が多いな、と思った。先輩が「うちは女子マネが充実してるぞ!」と自慢げに勧誘文句にしているが、剣道部になんで女子マネが付くのか意味がわからない。

 あんだけ頑張ってた高校時代だって、剣道部に女子マネなんてひとりもいなかったのに。

「なんでこんなに女子部員がいるんですか?」

「それは、入ってみればわかるよ」

 思わず尋ねた俺に、先輩はにやりと笑う。俺と基は顔を見合わせた。ついでに先輩は、和泉にも「君もマネージャーにならないか」と声を掛けていた。




 剣道部だというのになぜこれ程女子が多いのか……その理由は入部して最初に師範がやってきた日にすぐ判明した。

「ねーねー祥真、すごいね」

「俺、マジモノのイケメンて初めて見たわ」

 宮司と兼業で剣道場を開いてるという師範に、師範代としてものすごいイケメンが付いてきていたのだ。しかも絶対国籍日本じゃないやつが。イケメンの袴姿というのは、男の俺から見ても破壊力半端ない。

 周りを見ると、女子部員から女子マネから、全員の目がハート型だ。

「いっやあ、眼福ってこのことだね祥真」

「ああ。男で美人って、ああいうの言うんじゃねえ? な、基」

「え、あ、うん……」

 基に話を振ると、なぜか冴えない返事が返ってきた。見ると、何かが腑に落ちないように首を傾げている。

「滝沢師範と、ラッセイ師範代だ。今日は新入生が初日ということでおふたりともいらっしゃったが、通常はラッセイ師範代が来てくださることになっている。

 全員、気をつけ! 礼! よろしくお願いします!」

 よろしくお願いします! と深々と礼をしながら、基はまだ首を捻っていた。

「どうした、基」

「……なんか、気になるんだよ。なんだろう……」

 顔合わせと稽古の流れの説明を聞き終えて、端へ寄りながら基と話していると、和泉が来た。

「ねえねえ、ラッセイ師範代って、フルネームはクラレンス・ラッセイで、なんと3年前に入門してあっという間に師範代になった剛の者なんだって! すごいね!」

「え、マジかよ」

 さっそく聞いてきたという和泉の話に、俺はたった3年で? と思わず師範代を見てしまう。イケメンでしかも強いとか反則じゃないか。

「クラレンス……クラレンス……」

 が、基は師範代の名前が気になるのか、やっぱり師範代を見ながらぶつぶつと繰り返し呟いていて……。

「……くらら!?」

「は?」

 基が突然大声で、あのアルプスの少女で立った立った大騒ぎしてた女の子の名前を叫んだ。

「クララが立ってどうしたん……え?」

 すごい顔した師範代がこっちを見ていた。じっと目を細めて基をひたすら見つめていたと思ったら、いきなり大股でこっちに来る。

 イケメンの怖い顔ってマジ怖い。やっべ、ふざけてるんじゃないとか怒られるのだろうか、とビビる俺の横で、基も師範代を凝視していた。

「──お前、どこでその名前を聞いた」

「え……? まさか、本当に、くらら?」

 基が驚いた顔で呆然と師範代を見上げる。眉間に皺を3本くっきり寄せて基を睨むように見つめていた師範代が、急に驚いた顔になって、「まさかとは思うが、ビオか?」と小さく鋭く囁いた。

「ビオ?」

 “ビオ”ってなんのことだ? 俺も和泉も呆気に取られたまま基と師範代を交互に見比べる。ふたりとも呆然としたまま、お互い以外、周りが全然目に入っていないようだった。

「ラッセイ師範代、どうしたね」

 師範に声を掛けられて、ようやく師範代が我に返る。はっとして振り返り、「すみません」と頭を下げる。

「ビオ、話は後だ。この後時間を空けておけ」

 基にそれだけを言い残して、師範代は道場の真ん中に戻っていった。


 稽古中の基はほとんどずっと上の空だった。

 俺も、基が“くらら”と呼んだ師範代のことは気になるし、基は何を聞いても生返事だし、早く終わらないかとそればかりを考えていた。

 ようやくひと通りの稽古が終わると、先輩たちはいかにも何か聞きたそうに基を見ていた。だが師範代はそれを制するように「ビオ、行くぞ」と、有無を言わせず基の腕を乱暴に掴み、道場から連れ出してしまう。

 もちろん、俺と和泉も慌てて後を付いて行く。


「おい、いい加減離せよくらら!」

「……クラレンス、だ。もう子供じゃないんだ、発音くらいできるだろう?」

 師範代はものすごく嫌そうな顔で基の“くらら”呼びを訂正した。

「別に、くららでも似たようなもんだろ」

「……“クララ”は女性名だ」

 師範代が低い声で「お前のせいで、旅の間、わたしは“クララちゃん”だったんだぞ」と恨みがましく呟いたのは、たぶん気のせいじゃなかった。

「それはともかく、お前、ひとりか」

「くららこそ、ひとりなのか? いすかは?」

 基と師範代はじっと睨み合う。あまり人に対して好悪を表さない基にしては、珍しいと思う。

「……ビオ、お前、この国に来て何年経った」

「……14年」

「わたしは3年だ」

 基が怪訝な顔で首を傾げ……それから何かに気づいたように、「あっ」と声をあげる。

「そういうことだ。あれは完全な事故だったからな。時差ができているんだ」

「じゃ……いすかは? いないってことなのか? なんとかならないのか?」

「ならない」

 師範代の断言に、へたへたと基が座り込む。師範代はやれやれとまた大きく息を吐いた。

「……時間差でこの世界に来るかもしれない」

「ほんとに?」

 顔を上げた基に、師範代は小さく肩を竦める。

「絶対とは言えないが、大抵の場合、ひとつの穴が繋がるのはひとつの次元だけだ。あの時、わたしもお前もイシュカも同じ裂け目に落ちたはずだ。可能性は高い」

「じゃあ」

「だが、わたしとお前にズレがあったことを考えると、イシュカが来るのは、明日かもしれないし100年後かもしれない。なんとも言えん」

 基は絶句してまた俯いてしまう。

「えーと……師範代。あんま希望を無くすようなこと、言わないであげてくださいよ」

 項垂れた基がかわいそうになって、つい俺は口を挟んでしまった。

「基、これでもいすかひと筋を拗らせてここまで来ちゃったんで」

 師範代は目を眇めて基を見下ろして、「そんなことだろうと思ったよ」と言った。


 師範代の話を掻い摘んで纏めると、要するに、基の神隠しはいわゆるラノベあるあるの“異世界トリップ”で、何かの事故で師範代の故郷にあたる世界に飛んじゃったけど、そっちで起こった事故でうまくまたこっちに帰ってこれた……というケースだった。しかも、事件のたった3日後という短いスパンで。

 基は相当運がいいんじゃないだろうか。

 もっとも、帰る時の事故の規模が大きかったせいで、師範代までが巻き込まれて今ここにいるわけだが。

 ついでに、いすかお姉さんも巻き込まれたからこっちに飛んできているはずなんだけど、事故なだけにどうも時差が生まれてしまったようだ……というのが師範代の見解だった。

「つまり、師範代は“鬼の国”の人、と」

「“鬼の国”? なんだそれは」

「神隠しで、“鬼の国”に行ってたんだろうってのが、うちの近所の爺婆の間の定説だったんですよ」

「……別に“鬼”ではなく、普通のひとびとが住む普通の国だったぞ」

 師範代は少し苦笑しながら、そう言った。それから、小さく溜息を吐く。

「ビオ……じゃなくて、基か。

 魔法嵐は、思念の影響も結構受けるという。だから念じてれば目の前にイシュカが現れるかもしれないな……もちろん、これは気休めだが 」

 基に向かってにやりと笑うこの師範代も、人当たり良さそうな見た目のくせして、意外にいい性格なんじゃないだろうか。


 そして、話がひと区切り付くのを待っていたかのように、和泉がずずいと身を乗り出した。

「あの、つまり、師範代……もしかして、これ読めますか?」

 和泉はポケットからスマホを出し、あの本の画像を表示する。それをじっと見た師範代は少し驚いた顔になった。

「……これは、“魔術師オルヴォの博物誌”か?」

「やった! 読めるんですね!」

 やったやったと喜ぶ和泉に、俺も基もまた呆然とする。

「柄元、お前、マジでブレないな。この状況でそれかよ」

「え、いやだって、これまでまだ誰も触れてない文明との接触だよ? 基くんにあの本見せられた時もヤバいくらいテンション上がったけど、今度はそこの元住人だよ? ガチ異文化交流会だよ? つまりこれは興奮せざるを得ないねってこと。

 祥真はわかってくれるよね?」

「まあ、わかるけど、空気は読もうな、和泉」

「あ」

 和泉は“てへぺろ”と擬音が付きそうな調子で、「まあ、そういうことなんで、師範代は話いっぱい聞かせてくださいね?」と笑った。


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