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某月某日、  作者: 銀月
2.上城基のこと

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6/24

1.進路希望の提出。

 10年前、俺こと森咲(もりさき)祥真(しょうま)の幼馴染み、上城(かみしろ)(もとい)は3日ほど行方不明になっていたことがある。それはもう見事に消えてしまって、爺ちゃんや婆ちゃんたちの間では、あれは絶対に“神隠し”だったのだと、確定事項になっているくらいだ。


 その“神隠し”だが、基の母ちゃんの話では、家の中でおとなしく遊んでいたはずの基は、ほんの少し……ほんの1、2分だけ目を離した隙に、忽然と姿が消えていたのだという。


 で、そこからはもう近所をあげての大騒ぎだ。


 基の母ちゃんが家の中を隅々まで呼びながら探しても基が出てこないからと、次は近所中を探して歩いたのだがそれでも見つからない。なので、今度は近所の大人たちの手を借りて近辺をさらに探し回った。警察にもすぐ届け出て、皆でそれはそれは必死で探しまくったのだ。

 しかし、どんなに探しても手掛かりなんてひとつも見つからず、不審な人間の目撃もなく、事故の形跡もまったくなく……警察がもしかしたら殺人の可能性も……なんて考えて調べ始めるくらいには、見事に何も見つからなくて八方手詰まりだったらしい。


 基が見つかるまでの間、子供は外出禁止令が敷かれて、大人たちは皆でこぞってそこら中の藪やら側溝やらまでを突きまくったりさらいまくったりしていたから、俺もその時のことはよく覚えている。

 お陰で、その後も近くの空き地にすら子供だけで遊びに行くことができなくなってしまったくらい、大人たちは神経質になっていたし。


 ところが、そんな大騒ぎが始まって3日後、皆が諦めかけていたところに基がひょっこりと帰ってきた。それもやっぱり、いつの間にか大人たちの目を掻い潜り隙をついて、いきなり自宅の庭先に現れて大泣きしていたという。

 もちろん、その日も朝から大人たちは手分けして基を探していたというのに、家に戻る基を誰も見かけていなかったのだ。


 うちの婆ちゃんや基の婆ちゃんは、あれは誘拐ではなくて間違いなく神隠しだったんだと言っていた。でなきゃ、あんな風に消えたり現れたりするはずがないと。


 おまけに、帰ってきた当時の基は日本語も怪しかったらしい。なんだかよくわからない言葉とちゃんぽんになってて、何があったのか話を聞くのもひと苦労だったそうだ。

 それでもどうにか聞き出せた内容からは、どう考えても日本じゃない場所で、人間に変身ができる角と翼のある女の人にあれこれと面倒を見てもらいながら暮らしていたとしか思えなくて。

 後から聞いた俺が、思わず、それってテレビで見た話じゃねえの? と言ったら、基はものすごくムカついたって顔で「いすかは確かにいたんだ」とこっちを睨みつけた。

 基の面倒を見ていた、その角のある姉ちゃんの名前は“いすか”だったらしい。

 ほとんどの大人たちは……もちろん警察も、状況のよくわかってない幼児がショックで混乱して、アニメか何かと記憶がごっちゃになってしまったんだろう……と考えたようだ。結局、基の行方不明事件の犯人は不明で終わった。基自身もちょっと疲れてるくらいで病気や怪我もなかったからとそれで納得することにしたらしい。だけど、その後もずっと、俺たち子供の間で基の話はちょっとしたブームだったし、婆ちゃんたちの間でも「基は鬼の国に行って帰ってきた」ってことになっていた。

 まあ、周りがあんまりあれこれ騒いでからかったせいで、基はだんだん神隠し中の話はしなくなってしまったんだが。


 とはいえ実際、その話が嘘だとしたら、基が見せてくれた“宝物”……戻ってきたときに持っていた、不思議なカバンやら着ていた服やら見たことのない文字で書いてある本やらの説明がつかないだろう。だから、実は案外本当なんじゃないだろうかと俺は考えている。

 まさか、幼児が嘘を突き通すためにそこまで用意できるはずもないし、そこまで仕込んで幼児を騙し通す大人がいるとも考えにくい。

 何よりそのほうがおもしろい。


 基がひっそり教えてくれた話では、指輪を使えば“いすか”の居場所がわかってまた会える……ということだった。

 今のところ、何度指輪を使っても“いすか”の居場所はわからずなんだが。

「……なあ、祥真。やっぱ、いすかは“鬼の国”にいるのかな。“鬼の国”に行かないと見つからないのかな」

 基はぽつりと呟いていた。

「ま、それ持ってれば会えるんなら、ずっと持ってればいいんじゃねえ?」

「……そうかな」

「基が見つかったときみたいに、いきなり現れるかもしれないし」

「だと、いいな」

 なんとなく、指輪を使う度にしょんぼり項垂れる基がかわいそうになって、俺は無責任な、励ましにもならない励ましを繰り返してしまう。

「“いすか”が、指輪を使えば見つけられるって言ったんだろ? なら、そのうち見つかるんだよきっと。今は、なんかだめな理由があるってことなんじゃねえ?」

「そうなのかな……」

「だから、今は待ってりゃいいんだよきっと」


 小学校に上がる頃から、俺と基は一緒に剣道場へ通うようになった。

 “いすか”にちょっとばかし剣を教わったこともあるし、何より“いすか”よりも強くなりたいんだと言う基に、俺も便乗した形だ。

 ちなみに、角があってそんなに強いんじゃ、本当に鬼のお姉さんなんだなと言ったら、“いすか”は鬼みたいにムキムキじゃなくて、かっこよくてすごくきれいなんだと反論された。基の鬼のイメージってムキムキなのか。

 ていうか、基はどんだけその“いすか”が好きなんだよ。


 また会えるかどうか、正直なところ、会えない確率のほうがどう考えたって高いのに、基は未だに“いすか”を追いかけてるみたいだ。


 そんなこんなで、基の神隠し騒ぎから、気付けばもう10年が経っていた。

「なあ基、お前、どこの高校受ける?」

 今日配られた進路希望の紙をぺらんと出して聞くと、基は顔を顰めて視線を逸らした。

「……県立」

「県立のどこだよ」

 問い詰める俺をちらりと見て、嫌々そうに小さく言う。

「松山か、できれば海津」

「ガチ進学校じゃねえか。お前本気?」

「本気」

「じゃ、大学行くつもりなんだ」

「当たり前だ」

 中学に上がった頃から、基は“文武両道”を目指すんだとは言ってたが、本当の本気だったのか。そういえば、こいつ結構勉強もしてたな、と思い出す。

「じゃあ、俺もがんばろ」

「……まさか、付いてくるつもりかよ」

「うん」

 基は絶句したという顔で、俺を凝視した。

「だってさ、お前についてないと、その“いすか”ってお姉さん見逃すじゃないか」

「……」

「てかさ、お前、大学行って何勉強するつもり?」

「何だって、いいだろ」

 こいつが何かしたいって言い出す時の動機は、だいたい“いすか”だ。保育園からの付き合いで俺も思い知っている。

「どうせ、あの本のこととか、“鬼の国”のこととか調べるつもりなんだろ?」

「……悪いか?」

「いいんじゃねえの? 進学したいって勉強してれば親は喜ぶし」

 基は、はあ、と息を吐く。

「……インターネットでさ、あの文字がどこのかわからないかなって、調べたんだよ。だけど、見つからなかったんだ」

「そうなんだ?」

「だって、考えてみろよ。地球に、いすかみたいに角と翼がある人間、いるか? いすかだけじゃないよ。他にも二本足で歩くトカゲみたいなやつとか、あの、RPGに出てくるエルフみたいなのとかがいたんだよ。

 いろいろ考えたけど、あそこやっぱり地球じゃなかったんだ。電気も水道もなかったし、乗り物も馬だったし、ほんとに“鬼の国”だったんじゃないかな」

 地球じゃないとか、さすがに突飛すぎるんじゃないだろうか。

「マンガとかゲームとかの話じゃないんだよな」

「……お前も俺のあのカバン、知ってるだろ? あのサイズにあのでかい本ふたつ、普通に考えて入ると思うか? しかも、入ってたのは本だけじゃないんだぞ」

 基が帰ってきた時に持っていたカバンを思い出す。ちょっと大きめのウェストバッグくらいのサイズなのに、中からA3くらいのでかくて分厚くて重たい本が2冊出てきた時は、さすがに驚いた。たしかに、あれは……。

「ふつう、入らないよな」

「なのに、入るんだよ。四次元ポケットみたいに。しかも入れても重くならないんだ。そんなカバン、地球にあるか?」

「……確かに。地球の科学力じゃ今んとこ無理だよな」

 そんなものが10年も前に発明されてたら、今頃大騒ぎで売り出してるはずだ。

「じゃ、何だよ。お前、大学で“鬼の国”から持ち帰ったもの調べるつもりか?」

「……それよりさ、行って帰って来れたんだから、また行く方法とかがあるんじゃないかと思うんだ。全然見当つかないけど」

「んー……いいんじゃねえ?」

 俺は、基から“鬼の国”の話を聞くようになって、何十回めかの“いいんじゃねえ?”を口に出す。

「可能性は無限大って言うしさ、なんか見つかるかもしれないし」

「そうかな」

 頼りなげにこっちを見る基の背中をバンバン叩きながら、俺は言う。

「まあでも、親にはうまいこと言わないとだめだよな。まさか、“鬼の国”探したいから大学行く、なんて言ったって、頭おかしいって病院連れていかれるのが関の山だろ」

「……たしかにそうだ」

 ふたりであははと笑う。とりあえず、学部と学校だけは吟味して、言い訳もよく練りこんで親を説得して……大学に入ってさえしまえば、たぶんこっちのもんじゃないだろうか。

「やっぱおもしろそうだから、俺もお前と一緒の学校目指すことにしよう」

 進路希望の用紙を広げて、俺と基は県立でもかなりの進学校の名前を書き込んだのだった。


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