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某月某日、  作者: 銀月
1.子供を拾った
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5.旅に出る。

 ひと月後にもっと大きな町に行くことを話すと、ビオはやや不安な顔で何度も繰り返し尋ねてきた。

「いすかも、いっしょ?」

「いっしょに行くよ。大丈夫だ。ずっといっしょだ」

 何度も繰り返してようやく納得したのか、「いすかといっしょなら、いい」とようやく頷く。


 ひと月の間に馬を買い、ビオを鞍上に慣らす練習も始めた。旅に必要なものも買い足した。

「少し寂しくなっちゃうねえ」

 女将さんに頭を撫でられて、「びお、またくるよ」と笑う。「ああ、待ってるからね」と、女将さんも笑う。

「女将さん、お世話になりました」

「うまく見つかるといいね」

「はい」

 都にはたくさんの魔術師がいる。知識と魔術の神の教会もある。きっとなんらかの手掛かりは掴めるだろう。少々金額は張っても、魔法で調べてもらうことだってできるのだ。

 いろいろと大変だったが、この子の親が見つかれば、離れてしまうことになるのは少し寂しいと思う。


 約束のひと月が過ぎる頃、再びあの聖騎士クラレンスたちがこの町に現れた。

 宿で顔を合わせ、いよいよかと思う。

 クラレンスは私たちを見て、少し驚いた顔で「逃げなかったのか」と小さく呟いた。

「出発は3日後を予定している。それまでには荷物を整えておくように」

「わかった」


 部屋に引っ込み、すぐには使わない荷物からまとめていった。

「いすか、くららきらい?」

「……そんなことはないぞ」

「くららくると、いすかが、むーってかおする。だから、びお、くららきらい」

 私の真似をしてか、顔を顰めるビオにくすりと笑ってしまう。

「嫌いというより、怖いんだ」

「こわいの? くららわるいやつ?」

 ビオは、あの聖騎士の名前を、すっかり“くらら”で覚えてしまったようだ。

「悪いやつじゃないよ。むしろ、いいやつだ。私がクラレンスを怖いと思うのは……例えて言えば、猫が犬を怖がるようなものだ。仕方ない」

「くららがいぬで、いすかがねこ?」

「そんなところだ」

「じゃあ、びおがくららにしっしってするよ。そしたら、いすかだいじょうぶだよ」

 子供にしっしっと追い払われる聖騎士を想像して、また笑ってしまう。

「大丈夫、そんなことしなくても、びおが付いていてくれれば怖くないから」

「ほんと? びお、ちゃんといすかといっしょにいるよ。びおが、いすかまもるからね!」

「ああ、ありがとう」


 そして当日。

「ビオ、これはビオのぶんの荷物だ。ここにお金を少しと食べるものを入れておいたからな。あと、これは水だ。少しずつ飲むんだぞ」

「わかったよ」

「まんいちはぐれたら、じっとどこかに隠れてるんだ。迎えに行くから」

「びお、はぐれないから、だいじょうぶだよ」

「うん、だから、まんいちだよ」

 ビオを抱えて馬に乗り、「いつでも行ける」と声を掛けた。

「本当に相乗りで大丈夫か?」

「ああ、そのほうが、ビオが安心する」

 不安そうな顔でじっと見るビオに、クラレンスが苦笑する。

「なら仕方がない。だが、体調に不安があるときはすぐに言え」

「わかっている」

 聖騎士の仲間は斥候を兼ねた妖精の弓使いと戦士、それに魔術師と司祭だった。弓使い以外は全員が人間だ。

 「よろしく」と挨拶はしたものの、どことなく居心地が悪い。

 都までは大人が馬で旅をすれば15日というところだが、子供連れではその倍は掛かってしまうだろう。たぶん、野宿も多くなる。その間、ずっと行動を共にしなければならないのかと考えると、正直言って気が重い。

 さらに言えば、ビオの体力でついていけるか不安でもある。少なくとも司祭がいるのだから悪いことにはならないだろうが、この年齢の子供にあまり無茶はさせたくない。


 町を出てしばらくすると、またクラレンスが声を掛けてきた。

「イシュカ、旅の間は“変装”を解いておけ」

「え?」

「お前は飛べるだろう? 街道は危険だ。必要になることがあるかもしれない。いざという時は、子供を抱えてお前は空へ逃げろ」

 予想もしなかった言葉にぽかんとしていると、クラレンスは眉を寄せた。

「わたしは確かに聖騎士だが、冒険者をやっている以上、そのあたりの融通が利かなきゃ生き残れないんだ」

「……わかった」

 頷いて、髪につけていた飾りを外すと、たちまち私の本来の姿に戻った。あの町ではずっと変えていたままだったから、何ヶ月ぶりだろうか。

「さいしょのいすかだ」

 クラレンスとのやりとりを不審げに聞いていたビオが、私を見てにこっと笑う。

「またとぶ? びおといっしょに」

「ああ、そうだな」


 ビオはよく我慢したと思う。1日中馬の背に揺られるのは相当な疲れだろうに、ほとんど愚図ることもなく、じっとおとなしく座っていた。

 幼いながらも、我儘を言ったら私が困ると考えていたのだろうか。

 時折、町では見かけなかったものを指して何かを聞いたり、あとは他愛もないおしゃべりをしたりしながら、ずっと馬上にいた。疲れたなら馬車に乗るようにと促しても、「だいじょうぶ」と言って。

 馬上で私に背を預けて眠るビオを見て、これで良かったのだろうかと、少しだけ不安になる。クラレンスの申し出は確かに渡りに船だったが、急ぎ過ぎだったのではないかと。


 クラレンスの仲間たちは親切だった。クラレンスはお節介だから、こういうことはよくあるのだと言って。ビオのせいで旅が進まないと思われてるのじゃないかという心配は杞憂だったらしい。

 最初は警戒していたビオもようやく慣れてきたのか、彼らともよく話すようになった。クラレンスが近づいてきたときだけは相変わらずのようで、まるで彼を見張るかのようにじっと目を離さずにいるが。


 旅も概ね順調だったと思う。

 もちろん、まったく何事もなかったわけでもなく、小鬼(ゴブリン)のようなヒューマノイドに襲われたこともあったし、ちょっとした魔獣に遭遇することもあった。大事にはならず、すぐに返り討ちにできたので、問題だったとは言えないくらいだ。

 しかし、荒事はこれが初めてだったビオは、戦いの後数日ほど、眠る度にうなされるということが続いてしまった。

「いすか、こわいのくるよ、こわいの」

「大丈夫、私がいるから、怖くないよ」

 野営中も、宿でも、夜中に目を覚ましては怯えるので、私はずっとビオを抱えてうつらうつらとしていた。目を覚ましたビオをすぐに抱き締めて、「大丈夫だよ」と、安心してまた眠るまで声を掛け続けるのだ。


 子供の体温がじんわりと私を暖めて、充足する。

 ……そうやって、ビオに必要とされることに、私もまた依存しているのかもしれないと、少しだけ考えた。




 その日は、朝から太陽がギラギラと照りつけていた。あと3日もすればそこそこ大きい町に到着するから、そこで数日休もうという予定だった。

 いつものように少し先を行く弓使いが、急にこちらへと戻ってきたことに気付き、いったい何ごとかと全員に緊張が走る。

「どうした」

 クラレンスの問いかけに弓使いはどことなく腑に落ちないという表情で、「この先が」と前方を指差した。

「この先が、何かおかしい。普通じゃない」

「どういうことだ?」

 クラレンスも目を眇めて前方へと視線を向ける。つられて私も前を見つめる。

 何かが揺らめいている。そして、見えるはずのない景色が見えた気がして、思わず顔を顰める。

 馬車に乗っていた魔術師が「あ」と声を上げた。

「あれは、魔法嵐だ……すぐに馬を降りろ! 巻き込まれる!」

 ──魔法嵐?

「いすか?」

 その声で我に返り、きょとんとこちらを見上げるビオを抱え、慌てて馬を飛び降りた。

 もう一度前方を見ると、歪んだ空間はすぐそこまで来ていた。この速さでは、とてもではないが逃げ切れない。

「ビオ、まんいちのときは」

 そこまで言って、もろともに歪みに飲み込まれて……。

「イシュカ! ビオ!」

 クラレンスが手を伸ばすが、届かない。


* * *


 ……あれからもう3日。


 確かに家の中で遊んでいたはずなのに、どうして消えてしまったのか。家の中はもちろん、近所の手も借りてこの近辺を総ざらいするように探したし、警察も手を尽くしてくれているのに、手掛かりらしい手掛かりひとつ見つからない。

 まさに、煙のように消えてしまったとしか思えない。

 ぼんやりと子供部屋に座ったまま、絵本の並ぶ棚をただ見つめる。義母の言うとおり、本当に神隠しにでもあってしまったのだろうか。神か物の怪があの子を連れて行ったというなら、どうか今すぐ返して欲しい。


 ふと、泣き声が聞こえた気がして、顔を上げる。一瞬、思い詰めたあまりの気のせいかとも思ったが、確かに聞こえた。わあわあと泣く、子供の声が。

 立ち上がり、声の聞こえたほうへと走る。この声は……この声は間違いない。


「……(もとい)!」


 庭先に、すっかり伸びた髪をひとくくりに結び、見慣れない服を着た我が子が、声を上げて泣いていたのだった。


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