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某月某日、  作者: 銀月
3.そして、某月某日

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23/24

15.先はまだまだ長い。

「結局、慣れの問題なわけ」


 あれから、八潮の同僚かつ相方だという水凪(みずなぎ)がやってきて、イシュカを相手にあれこれと講義をした。依頼人は(コウ)で、「またこんな騒ぎを起こされては困りますから」とのことだった。


「ほら、カエルを水に入れてゆっくり火にかけると、相当温度上がっても茹でられてることに気づかないって言うじゃん?」

「水凪さん、その例えおかしいですよ」

 八潮に突っ込まれて、水凪は首を捻る。

「あれ、そう? ともかく、いきなり熱湯に手を突っ込んだら火傷するのは当たり前なわけ。そこは、ちょうどいい湯加減から始めないと」

「それならわかりますけど」

「つまりいすかさんは、いきなり熱湯に突っ込まれて火傷したみたいに、いきなり目覚めた強い魔の力に引っ張られて暴走してたってことになるんだ」


 一緒に聞きながら、八潮のツッコミはもっともなんじゃないかと思う。

 さらに言えば、その理屈では許容範囲を超えたらやっぱり呑まれるものなんじゃないのか。


「だから、ちょうどいいとこから慣らしてじわじわやればキャパも耐性も上がるはずだし、そうそう呑まれて暴走することもなくなるよ。それに、今は(もとい)くんていうストッパーもいるわけだからね」

「俺ですか?」

 にい、と目を細めて笑う水凪は、実は化け蛇だかで洪の同類だという。こんな化け物がそこら中にいるなんて、世界はいったいどうなってるのか。

 基はどうにも不信感が拭えない。

「だって、封じたのは基くんでしょう。だから、いすかさんが訓練するときは基くんも同席で頼むよ」

「それは構わないですけど」

「とはいえ、専門家が派遣されるのは、ひと月後かな。妖術みたいなものの訓練経験もあって、八潮みたいな祓いも得意で、荒事にも慣れてるんだ。何かあった時のフォローもバッチリだよ」

 そんな都合のいい人材がいるなら、最初から呼べばいいのに。そもそも、そんな人材が呼べるなんて……。

「八潮さんと水凪さんて……何の仕事してるんです?」

 あまりにも都合よく話が進んで、もしかしたら、この変な化け物に騙されてるんじゃないかとも思えてくる。

 じっと胡乱な目で見つめる基に、八潮と水凪はどうしたものかと顔を見合わせて……水凪が、また、にいっと笑った。

「俺たちみたいな人外、つまり(あやかし)同士の相互扶助が目的の会社なんだよ。うまくいけば、いすかさんはうちの優秀な職員になってくれるんじゃないかなとも思ってるんだ」

「はあ?」

「いやあ、神もどきみたいな力がある妖ってなかなかいないし、いてもうちに就職とかあんましてくれないし、貴重なんだよね。

 あ、訓練代はローン可だけど、うちに就職したらロハになるから」

「なんだよそれ! 問答無用でひとの将来決めてんなよ!」

「いやいや、だからローンも組めるって言ったでしょう」

 へらへらと笑う水凪に、基は大きな溜息を吐く。イシュカは話に付いてこれてるのかどうなのか、きょとんと首を傾げている。

 水凪にばかり任せておけないと思ったのか、今度は八潮が身を乗り出した。

「真面目な話、基くんは、今回の件で……うーん、流行りの言い方をすると神属性になったんだよ。で、その眷属であるいすかさんも聖属性になったわけ。それでいて元は魔だから、かなりなんでもいけるんだ」

「ゲームみたいだ」

 やっぱり嘘臭い。

 言外にそんな雰囲気を滲ませる基の顔は、顰められたままだ。

「特殊ケースだよ。俺はもちろん、長く生きてる水凪もこんなの初めてだ。それにこの商売、属性って結構大切でね」

 八潮と水凪はどう説明したものかと肩を竦める。

「八潮の言うとおり、こんなの話には聞いたことあっても、実際に見るのは初めてなんだ。それだけ希少ってことでもある。だから、いすかさんはうちに来てくれれば、絶対、優秀な職員になるはずなんだよ」

「はあ……」

「もとい」

 急に、イシュカが口を開いた。

「私、くんれん、する」

「いすか」

「仕事したい。あっちはやとわれ戦士だった。だけどこっちで戦士、できない」

「でも」

「もとい」

 基にだってわかっている。

 封印なんていつかは解けるものだ。なら、解けても問題がない方法を考えておかなきゃいけない。

 このまま、ただイシュカを留めておけるとも思っていない。

「……水凪さんと八潮さんの勤めてる会社って、本当に存在するのかよ」

 ようやく本題に入れるかと、水凪がホッとしたように笑った。

「会社年鑑見る? いちおう、社名は“株式会社あやかし”っていうんだ。通称はちょっと違うけどね。創業は昭和三十九年で、東京オリンピックの年だよ。ちょうど高度経済成長が始まって、人外が隠れにくくなったころだ」

 名刺を出されて、基はさらに眉を顰めた。けれど、このまま何もさせなければ、イシュカはやっぱりしょんぼりと俯いたままだろう。

「――ガセとか騙してるとかじゃなければ、いいよ」

「もとい?」

「いすかは、そうしたいんだろう? なら、いすかが、決めたようにすればいい。俺は、別に、反対しないから……」

 それでも、これでイシュカが離れることになったらどうしようという不安が、基の言葉を尻すぼみにしてしまう。

 が、イシュカはそんな基をわかってなのかどうなのか、にっこりと明るく微笑んで、我が意を得たりとばかりに大きく頷いた。

「うん。私はがんばって、こんどは力にも負けないから。そうしたら、また、ちゃんともといを守れるよ」

「――なっ!」

 カッと顔に血を昇らせる基を、水凪と八潮はにやにやと笑って眺めていた。




「基といすかお姉さん、なんか特別訓練受けるんだってな」

「ああ……くららに聞いたのか」

 帰宅した祥真(しょうま)から顔を合わせるなり尋ねられて、基は頷いた。

「いすかお姉さんだけかと思ってたよ」

「それが、俺も訓練しなきゃだめだって、くららとあの司祭が言うんだよ」

 めんどうくさそうに返す基に、祥真はおもしろそうに笑う。

「訓練って、じゃあ、神修行なんだ?」

「何だそれ」




 あの後、八潮と水凪に続いてクラレンスまでが基を訪ねて来て、来週から修行を始めろと言い出したのだ。

 一体なんなのか。クラレンスに従わなきゃならないというのが、基にはどうも気に入らない。

「八潮の説明によれば、お前の祈りと行いにより、イシュカはお前という神の眷属となった。ゆえに、お前にはイシュカに力を届ける責任がある」

「どういう……」

 クラレンスの言葉の意味がわからない。

 イシュカが眷属になったから、基が力を渡す?

 ただ見つめ返して戸惑う基に、クラレンスはひょいと肩を竦めてみせた。

「わたしとイレイン司祭に課された使命でもあるのだ」

「はあ? なんでお前の使命に俺の訓練が関係あるんだよ」

「大いなる母たる女神の使命だ。お前の復活に力を貸したのは、我らが母たる女神だとはわかっているな?」

「それは……まあ」

 真剣なクラレンスのようすに、基もつられて姿勢を正す。そんな基に、コホンと咳払いをして、やや勿体ぶった調子でクラレンスは続けた。

「お前たちは、このままいけば女神に属する神として神格を得ることとなる」

「なんで」

「この世界のルールで、お前は神の資格を得て、イシュカはその眷属となったからだ。そのお前たちの上に立つのが大いなる母たる女神だ。その女神自ら、わたしとイレイン司祭にお前たちの指導を委ねてくださったのだよ」




 意味がわからない上に、ものすごく得意そうに話すクラレンスは、正直言って迷惑以外の何者でもなかった。

 思い出すと、溜息しか出ない。

「なんか、ルールで神になるんだからどうとか言われた。くららの女神が、俺の上司なんだって」

「じゃ、クララちゃんが本社から派遣されて来た指導役ってところか」

「来週からさっそくとか、何やるつもりなんだか」

「へえ」

 買ってきた食材を並べながら、祥真は、「それでかな」と、ふと思い出したようにぽろりと呟いた。

「クララちゃんはこれから楠姫神社に住むらしいんだよな。社務所改装して住居にするって言ってた。洪さんとかが手を回してくれたんだって」

 カセットコンロと大皿を出してテーブルの上に乗せながら、基は思わず「はあ?」と振り返った。

「クララちゃん、あそこの神主になるとも言ってたし」

「あいつの神様って、大地の女神じゃなかったのかよ。だいたい、なんで楠姫神社なんだ? 仲間が迎えに来たんじゃなかったのか」

「さあ、そこまでは聞いてない……あ、でも、楠姫さんも女神の手下になったとかなんとか言ってたな」

 やっぱり意味がわからない。


 そこに、ピンポーンとドアチャイムが鳴った。

「上城くん、神主になるんだって?」

 ドアを開けるなり、和泉がにこにこ笑いながら手の荷物を押し付ける。

「別に、そう決まったわけじゃないし、それに神主じゃないって」

 和泉の荷物を持ち直し、続いて上がり込むイシュカからも買い物袋を受け取りながら、基はげんなりとした顔になった。

「え、だって、いすかお姉さんが鬼修行で、上城くんが神主修行で、ゆくゆくはふたりセットですごいユニット誕生だって」

「なんだよ、誰がそんなこと言ってたんだよ!」

「ええと、水凪さんだったかな」

「あいつ!」

 そんなこと考えてたのかと、どこまで勝手なのかとますますげんなりして、基ははあっと溜息を吐いた。

「まあでもなんかかっこ良さげだし、いいんじゃね?」

 手際よく野菜を切りながら、祥真までが笑う。買い物袋から取り出したものをテーブルに並べながら、基は剥れて口を尖らせたままだ。

 そのやりとりに、今度は不思議そうな表情のイシュカが首を傾げた。

「だめなのか?」

「……いすかは、嫌じゃないのかよ」

 基は、つい、目を逸らしてしまう。

「力の使い方を教えてくれて、仕事ができるんだ」

 和泉がカセットコンロに火を付けた。浅い鉄鍋を乗せて油を引くのを、基は何とはなしに眺めやる。

 斜め切りにしたネギを焼く、じゅうっという音が上がり、横にラップを取った肉のパックを置いて……それから少しの逡巡の後、基は口を開いた。

「いすかは……」

「ん?」

「いすかは、あっちに、戻らなくていいのか?」

「え……あっち?」

 少し考えて、イシュカは、ああ、と首肯した。

「だって、わたしはもといの……ええと、けんぞく、なんだろう?」

「別に、そういうのは気にしなくていいよ。いすかは、いすかが思うとおりにしていいんだから、我慢することはないんだ」

 それでも言葉とは裏腹に、基の眉間には皺が寄ってしまう。

「もとい」

 不意にイシュカが笑った。

 ぐいと基を引き寄せて、ぎゅうっと安心させるように抱き締める。

「なっ、なんだよ、急に」

 さっと顔が赤くなる。

 されるがままに抱き締められる基の、言葉だけがぶっきらぼうだ。

「わたしは、たぶん、こっちが合ってると思うんだ」

「いすか?」

「もといは、わたしが呑まれても、助けようとしてくれただろう?」

「それは……」

「わたしは、ここにいたいよ」

「いすか……」

 イシュカの肩に顔を埋めるようにして、基も背に腕を回す。しっかりと抱き締めて……抱き締めて……。


「基、メシ、できるから」

「上城くん、そういうのはふたりっきりの時にしないと」


 たちまち耳まで真っ赤になって、基はパッと身体を離す。

「おっ、お前ら……」

「勝手にやらかしたのそっちだろ。ほら、快気祝始めるぞ。席につけよ」

「卵、ここに置くから使ってね」

 祥真と和泉がくすくす笑いながら手際よく皿と小椀を並べていった。

 どう反応を返したらいいのかわからない。

「もとい」

 イシュカが基の袖を引いた。

 くそ、と小さく悪態を吐いて、基も席に座る。


「じゃ、基、完全復活おめでとー!」

「おめでとー!」

「おめでとう、もとい」

「……ありがと」


 溜息混じりに乾杯をして、基はさっそくほどよく煮えたすき焼きに箸を伸ばす。何をするにしても、寝たきり生活で落ちた体力を戻してからだ。


 全部が振り出しに戻った気がするけれど、少なくともイシュカはここにいる。

 大学を出て一人前になるまであと二年と半年ちょいか、長いな……と考えて、基はいや、その時間を無駄にすまいと決意を新たにしたのだった。


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