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某月某日、  作者: 銀月
1.子供を拾った

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2/24

2.町に着いた。

 子供を拾って数日。


 今、あの荒野からいちばん近い場所にあった町に滞在している。子供はようやくこの環境に慣れたのか、よく喋るようになった。

 ……相変わらず言葉はわからないのだが。


 そうは言ってもさすがに日常しょっちゅう使っている言葉は聞き覚えたのか、「はい(デァ)」や「いいえ(ナイ)」などは自然と口を突いて出るようになっていた。子供の順応性はこんなに高いものかと驚いてしまう。

 それとは逆に、私も子供の習慣に釣られて、食事前には両手の掌を合わせ「イターキマ」と言って、お辞儀をするようになってしまった。やらないと子供が不満そうに頰を膨らませるのだ。どうやら、子供にとってこれはとても大切な習慣らしい。食べ終わって席を立つ時も、同じような仕草をして「ゴチソーマ」と言わなければならない。


 そして……。

「いすか、……!」

「ええと、何だ?」

 手を引っ張りながら、忙しくあれこれと指差して、子供はこちらを見る。子供はこの町の何もかもが珍しいようで、町に入った時からずっと、目につくものすべてに興味を持ってはあれこれと尋ねている……ようだ。

 私の言葉をどれくらい理解しているのかはわからないが、それでも尋ねることを止めず、とにかくなんでもかんでも指差しては尋ねてくるのだ。おそらく、子供の故郷の言葉で「あれは何だ」とでも訊いているのだろう。

 ……おまけに、私が「子供(ヴィオ)」と呼び続けてしまったせいか、子供は自分のことを「びお」だと認識してしまったようだった。間違ってはいないが、自分を「びお」と呼称する子供を見ていると、犬に「イヌ」と名付けてしまったような気まずさに襲われる。

 しかし、言葉のわからない子供に、それは違うから名前を教えろと尋ね直すこともできず、結局、呼び名はそのまま「ビオ」になってしまったのだが。


「いすか、いすか」

 くいくいとビオの指差す先を見ると、そこには小さな商店があった。窓の中には所狭しと変わった道具が並べられているところを見ると、魔道具屋かなにかだろうか。

「何かおもしろそうなものでもあったか?」

 ビオに引っ張られるままに店の入り口を潜ると、そこにはさまざまな物品や書物が山のように並べられていた。こんな小さな町だというのに、品揃えはさまざまだ。

「いらっしゃい」

 奥に座ったままの老女が、のんびりと声をかけてくる。どうやら彼女がここの店主なのだろう。

「あんたの子かい? ずいぶん元気だね」

「いや……はぐれ子で、今、私が世話をしているんだ」

 答えながらも、私はきょろきょろと店内を見回すビオから目を離さないように努めた。「あまりむやみに触るなよ」とも言葉をかけるが、ビオはそのうち棚にある書物が気になったようで、精一杯に背伸びをして棚の上を覗こうとし始めた。

「いすか、いすか、……!」

 指差して、しきりにこちらを呼ぶのは、あれが見たいということだろう。

「店主、手に取って見ても良いだろうか」

「丁寧に扱ってくれるなら、構わないよ」

 子供を抱え上げて、見たい書物を選ばせた。子供はじっと眺めたあと、大判のものをひとつ指差す。きれいに装飾された革の表紙をそっとめくると、さまざまな獣や魔獣の絵とともに、その説明が書いてあって……。

「ビオ、これは図鑑だ」

 はたして私の声は耳に入っているのかどうか、ビオは目をいっぱいに見開いて、魔獣の絵を食い入るように見つめている。

「これが気に入ったか? ん?」

ゆっくりとページをめくる間もじっと本を見つめ続けている。こちらの声が耳に入らないくらい、気に入ったらしい。

「店主、この図鑑はいくらだ?」

「どれ……ああ、それは博物誌だね。金貨30枚だよ」

「買おう」

「もう一冊、植物もあるけど、どうするかね。そっちも同じ値段だ」

「……それも、頼む」

 少し考えて、どうせなら2冊とも買っておこうと考える。ビオに言葉を教えるのにも、きっと役にたつだろう。

「ああ、そうだ、店主。子供に言葉と文字を教えるのに使えるような本はないだろうか」

「んん……ちょっと待っておくれ」

 店主は傍らに積みあがった荷物の中から幾つか小ぶりな薄い本を選び、テーブルの上に置くと、広げてみせた。

「このあたりはどうだろうね。子供向けの絵本と、文字の本だ」

 絵を豊富に使ったちょっとした物語と、文字をひとつひとつ、ものと関連させて覚えるための絵本だろう。

「では、これも全部頼む」

「じゃあ、全部で金貨62枚だ」

 金貨と引き換えに本を引き取ると、ビオは期待に満ちたような目で私をじっと見ていた。

「宿に帰ったら、読んでやるよ」

 書物をしまいながらそう言うと、ビオは通じてるのかどうか「うん(デァ)」と頷いた。


 市場広場の露店で昼食になるものを幾つか買い込む。ついでに、ビオのおやつにでもと焼き菓子も幾つか買う。ビオの興味はすっかり書物に行っていて、店を出てからずっと、視線は書物をしまったカバンに釘付けだ。

 すぐにでも読みたいだろうとまっすぐ宿へ戻ろうとして、ふと思いついて石板も買った。板に薄く削いだ石を貼り付けたもので、大きさの割に軽い。これなら子供の力でも扱えるだろう。

「いすか? ……?」

 板を指差して、何だと尋ねているのだろう。

「これで、文字の練習ができるぞ」

 首を傾げるビオの頭をくしゃくしゃと撫で、手を引いて宿へと戻った。




「これは、鷲獅子(グリフィン)だな」

 私の膝に座り、テーブルの上に置いた博物誌のページをめくりながら、挿絵の魔獣を次々指差していく。

「ぐりひん」

「グリフィン、だ」

「ぐりふん」

「惜しい。もうちょっとだ」

 ビオにとって、ここの言葉の発音自体が難しいのか、それとも単にまだ舌足らずなだけなのか。ビオは舌を噛みそうになりながら、私の話す魔獣の名前の発音を必死に真似している。

 おそらく、魔獣の名前を覚えたくて仕方がないのだろう。

 同時に、文字の本を使いながら、文字とものの名前も教えていった。やはり博物誌を自力で読めるようになりたいと考えているのか、こちらも必死で食いついてくる。

 石板はかなりお気に入りになったようで、宿にいる間、暇さえあれば、博物誌を開き、魔獣らしきものの絵を書き写したり、魔獣の名前を唱えながら文字を書き写したりしていた。よくもまあ、飽きずに続けていられるものだとも思ったが、ビオはどちらかというと、身体を動かすよりもこうして書物で何かを学ぶことのほうが得意なのかもしれない。

 もしかしたら、魔術師になれるほど頭がいいのかもしれないと考えてしまうのは、私の欲目だろうか。




 しかし、そんな風に私によく懐いてくれるビオでも、夜中急に起きて泣き出すことは多かった。

「まま、まま……」

 そう言ってがばりと起きて、誰かを探すように周りを見回し、その探していた誰かがいないとわかって泣き出してしまうのだ。

「ビオ、どうした。怖い夢でも見たのか? 眠れるまでちゃんと抱いていてやるから、泣くな」

 まま、と何度も呟いて泣くビオを抱き締め、落ち着くまでゆっくりと背中を叩いてやる。耳元で何度も「大丈夫だよ」と言い聞かせているうち、私にぎゅうと抱きついたままいつの間にか泣き疲れて寝てしまうのだ。

 “まま”というのは故郷にいる家族のことだろうか。ようやく眠りについた、じんわりと温かい子供の体温を感じながら、やはり親を探してやらなければいけないなと、私は考えた。

 まだ親の恋しい歳なのだ。ビオは同じ年頃の子供よりも落ち着いていて、あまりわがままを言ったり騒いだりしない。やはり、親元にいるのではない分、気を張って“いい子”でいようとしているのだろう。そう考えると、私から決して離れようとしないのも、おそらくはひとりになりたくないという不安の現れなのだろう。

 けれど、探すといってもどうやって、と考えてしまう。この町に魔術師はいないし、教会だって、大地の女神の小さな教会がひとつあるだけだ。そこにいるのも、女神の下級司祭ひとりきり。冒険者がふらりと立ち寄るような何かが近くにあるわけでもない。

 せめてここから10日ほど西にある町まで行かなければ、どうにもならないだろう。しかし、ビオのような幼い子供に危険で過酷な土地を何日も旅させるのは厳しい。せめて司祭や魔術師がひとりでも一緒ならなんとかなるのかもしれないが、さすがに私ひとりでは……。


 このまま考えても埒があかない。

 ここで、ビオがもう少し育つまで数年を過ごして、体力が出来てから大きな町を目指すことにしよう。幸い、この宿になら数年泊まり続けても問題ないくらいの手持ちはあるのだから。

 それまでは、この町に留まったまま、ここを通る魔術師や冒険者が現れるのを待つことにしよう。


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