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某月某日、  作者: 銀月
3.そして、某月某日

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15/24

7.話をした。

「なあ、くらら」

 (もとい)がまた鳴滝神社へ通うようになって、数日が過ぎていた。

「いすかが最近どこに行くか、知ってるか?」

 クラレンスはちらりと基を見やる。

 イシュカはクラレンスとの鍛錬が終わるなり、「きょうは、ようじが、ある」とすでに神社を出てしまっている。


 最近、イシュカはすぐにひとりでどこかへ行ってしまう。どこに行っているのかと聞いても、あまりはっきりしたことを教えてくれない。

 さらに、和泉(いずみ)は「女子が好きそうなお菓子とかお茶とか教えてって言われたから、友達ができたんじゃない?」というが、その友達とはいったいどんな者なのか。


「知らん」

 にべもない答えに基は少し絶句して、それから「聞いても教えてくれないんだ」と呟いた。

「すべてを知らなければいけないとでも考えているのか。ずいぶんと傲慢だな」

「そういうわけじゃない。ちょっと気になるだけだ。

 ……お前こそ、いすかからは目を離せないなんて言ってたくせに」

「そのことならもう構わん。イシュカがここで無害であることには確信が持てたからな。あとは信用することにした」

「いつの間に」

 しれっとそんなことを返され、基がじろりと目をやると、クラレンスはふんと鼻で笑ってみせた。

「お前はなんだかんだと纏わり付いているわりに、イシュカを信用していないのだな」

「そんなわけあるかよ」

 反射的に返して、それから少しばつが悪そうに目を逸らす。

 クラレンスに目を眇めてじっと見られているのに、見返すことができない。

「……ちょっと心配な、だけだ」

 クラレンスは、だが、その言葉を聞き咎めるように少し眉を(しか)めた。

「その心配というのは、どういう心配だ?」

「え、どういうって」

「……また、イシュカがどこかへ消えてしまうと考えているのか」

「それ、は……」

 返すべき言葉が何も浮かばず、基はただごくりと唾を飲み込んだ。さまよう視線は基がそのことに怯えていることを、雄弁に物語る。

 クラレンスはそんな基のようすに溜息を零し、「お前は成長していないな」と呟いた。


「こっちへ来い。少し話をするぞ」

 クラレンスは基を手招きし、自室として使っている離れの縁側に座らせた。

「基、お前は、わたしやイシュカにじきに迎えが来るだろうと言ったらどうする?」

「迎え?」

「そう、迎えだ」

 瞠目する基の顔に、まるで筆で書いたかのような「思ってもみなかった」という言葉を読み取って、クラレンスは「やはりな」と頷いた。


「いいか。まず、大前提として、あちら(アーレス)において次元間を移動することは、さほど難しくはないことだ。高位の魔術師や司祭であれば誰でもできるような、確立した技術なんだ」


 基は、目を見開いたまま、呆然と聞いている。


「問題になるのは、行き先の次元がきちんと特定できるかどうかと、行き先の時間軸や出現位置がうまく調整できるかどうかという点のみとなる」

「調整……」

「そう、調整だ。

 今回、わたしやお前、それにイシュカがばらばらなタイミングでばらばらな場所に現れたのは、そういった魔術師による調整のないまま、事故によって次元を超えたからだ」

 それから、クラレンスは少し考えて続けた。

「もっとも、お前の場合はお前を探していた親の思念が強く働いたから、こちらから消えた3日後というタイミングでもとの家に戻れたのだろうな。

 イシュカがこの地に現れたのも、わたしやお前がこの地にいたことが強く働いたのだろう」


 つまり、自分だけじゃイシュカを呼ぶには足りなかったのか、と、基はぼんやりと考える。あんなにイシュカのことを考えていたのに、ここへ来てクラレンスに会うまでイシュカが現れなかったのは、そういうことなのか。

 そのことが、なんとなく悔しい。


「それで本題だが……わたしの仲間はあれで結構優秀だ。時間はかかったとしても、この次元の位置くらいはどうにか突き止めて、必ず迎えに来るだろう。期待して待っていてもよいと考えるくらいには確実だ」


 基はクラレンスを見上げる。

 クラレンスの話では、ここや“アーレス”のような世界は、それこそ数え切れないくらい、いくつも存在するという。なのに、そのたくさんの世界の中からどういう手段でかこの世界を見つけ出し、迎えに来るというのだろうか。

 呆然としたまま、基は喉を鳴らした。


「もちろん、イシュカが帰るかどうかはイシュカ自身が決めることだろう。

 だが、彼女に帰るつもりがあるのなら、わたしはもちろん、連れて帰るつもりだ」

「そ、んな……」


 クラレンスの言葉が確かなことなら、自分に降りかかった事故のようなものではなく、もっと確実に帰る手段があるということになる。

 基は、ぐっと歯をくいしばる。

 祥真(しょうま)と話していた時のような漠然としたものではない。もっと確実で具体的な未来となったことに、頭がついていかない。


 黙り込んで俯く基に、クラレンスは「そうは言ってもだ」と笑った。

「いつ迎えが来るかは不明だ。それこそ1時間後かもしれないし、100年経っても来ないかもしれない。だが、わたしとイシュカの寿命ならなんとか待てるだろうと考えているくらいの可能性だ」


 クラレンスは、基の隣に腰を下ろし、頬杖をついた。

「──お前は、もう少し周りに目をやって、何が最善なのかを考えたほうがいい」

「最善、て」

「あまりひとに自分のエゴを押し付けるなということだよ」

「エゴ、って」

「お前はイシュカに自分の気持ちをどうにか受け取らせようとしているが、それがイシュカにとってどういうことなのか、考えたことがあるのか?」

「そんな、の……」

「お前がどういう気持ちを抱こうが、確かにそれはお前の勝手だ。だが、それを誰かに強要するのはいただけない。

 わたしの目には、お前はイシュカの情に訴え、イシュカをこの世界に縛りつけようとしているだけに見えるのだが」


 また、基は言葉に詰まってしまう。否定したいのに、すぐに否定できない。

 目を逸らして悶々と考え込む基に、クラレンスはまた、ふっと笑った。


「そうそう、もうひとつ、話しておくことがあるんだ」

「……これ以上、まだ何かあるのかよ」


 もういい加減に勘弁してくれと、ふて腐れたような視線をちらりと寄越す基にクラレンスは肩を竦める。


「さっきも言ったように、あちら(アーレス)で次元間の移動というものはさほど特別な技術ではない。行き先次第で多少面倒があったりするくらいだ。

 ……つまり、一度次元を特定さえできて、調整方法さえわかってしまえば行き来自体は簡単であるということだ」

「え?」

 基が弾かれたように顔を上げると、クラレンスはにやりと笑った。

「要するに、迎えが来たからといって、即、永遠の別れになるわけではないということだ。

 それに……いずれそうなればなったで、わたしはおそらくこの地をよく知る者として、さらに言えば、ここの祠を足掛かりに女神の信仰を広めるという役目を負って、この地に残ることになるだろう」

 その日まで、そのための地盤を作りつつこの地に馴染んでおくのは、今ここにいるクラレンスの、聖騎士としての重要な役目なのだ。

「ほんとかよ……」

 ぽかんと見つめる基に、クラレンスはうむと頷いた。

「もっと言えば、イシュカの種族は鍛錬次第で自力での次元転移ができるようになるはずだ。魔術師の魔法とは違って生来の能力によるものだから、おそらく、一度来たことのある次元へは簡単に行き来できるようになるだろうな」

「……イシュカが?」

 もう一度、クラレンスは頷く。

「だから、もう少し落ち着いて考えろ。最善が何か、自分の取るべき道はどこにあるのかということをな。安易に短絡的な結論に飛びつくのはやめておけ」

 ぽんと背中を叩かれて、基は小さく頷いた。




『今日は、いずみに教えてもらった花のお茶を持ってきたんだ』

「まあ、どんなお茶なのかしら?」

 山の上にある楠姫の社殿で、イシュカはここへ来る前に買ったばかりの包みを取り出した。

『ガラスのポットがいいっていうから、これも持ってきた。これに、お茶の玉をひとつ入れて、お湯を注いで開ききるまで待つといいらしい』

「楽しみだわ。右近、右近、早くお湯をお願い」

「はいはい、少しお待ちください」

 花茶をひとついれ、お湯を注いだガラスのティーポットをわくわくと覗き込みながら、ゆっくり開く花茶に楠姫(くすひめ)は歓声を上げる。

「こんなお茶があるなんて、初めて知ったわ。ありがとう、いすか。香りもお花みたいなのね」

『そうなんだ。私もこういう茶は初めてで、驚いた。こっちはすごいんだな。貴族でもないのに、こんなものが気軽に買えるなんて』

 すっかり開ききった花茶は、その呼び名のとおり、お茶の中に咲く一輪の綺麗な花になっていた。

 カップに注いだ茶に、楠姫は、ふう、と慎重に息を吹きかける。少しずつ冷ましながらゆっくりと含み、口の中に広がる香りを楽しんだ。

 イシュカも、花茶の落ち着く香りにほっとして、肩の力が抜けていく。


『……楠姫様』

「なあに?」

『その、このあたりで、私に術……というか、その、生まれつき持ってる能力の使い方を教えられるようなものは、いないだろうか』

「生まれつき?」

 こくりと頷いて、イシュカは話し出す。

『私は、自分以外の同族に会ったことがなくて、自分にどんなことができるのか、よくわからないんだ。

 それが、ついこの前、私の種族なら次元転移ができるはずだって、他にもいろんな力があるはずだって聞いて、使えるようにならないかなと』

「じげんてんい?」

『ええと、ここと、ほかの次元世界……別な世界とを行き来する能力、と言えばいいのかな』

 楠姫は、「ふうん」と頷いて、こてんと首を傾げた。

「そうねえ……私はよくわからないけど、右近、どうかしら。あなたなら教えられないかしら?」

「私ですか」

 楠姫は後ろに控えた右近を振り仰いだ。右近は考え込むように腕を組む。

「いすか様の種族がどのような力を持っているのかわかりませんので、なんとも……。

 妖術のようなものでしたら、力になれるとは思いますが」

「まあ、ならやってみたらいいんじゃないかしら?」

 ぱちんと手を叩いて、楠姫はにっこりと笑った。

「ねえ、いすか。やってみて駄目なら、また次に行けばいいのよ。妖術みたいに使える能力かもしれないじゃない? ね、どうかしら」

 うふ、と可愛らしく微笑まれて、イシュカもつい頷いてしまう。

『うん……私も、どんなことができるのかさっぱりわからないから……右近殿、お願いできるなら、よろしく頼みたい』

「それでは、他ならぬ楠姫様といすか様のご指名ですし、やってみましょうか」

 苦笑しつつ頷く右近に、楠姫は「どんなことができるようになるのか、楽しみね」と嬉しそうに手を叩いたのだった。


右近の名前は「お前の目は鬱金色なのね」という楠姫が、「右近衛という役職があるんですって、護衛なんですって、かっこいいわ!」というところから決めた名前でした。


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