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某月某日、  作者: 銀月
3.そして、某月某日

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12/24

4.スタートラインに立った。

「ようやく、スタートラインだと思えばいいんじゃねえの?」

 あの日から3日。なかなか浮上してこない(もとい)に、幼馴染みの親友はどうにも見兼ねてか、そう言ってへらっと笑った。


「スタートライン?」

「だってお前、今までいすかお姉さんの対象にすらなってなかったって、つまりスタートラインにも立ててなかったってことじゃねえか」

「そう……か、な……そっか……」

 祥真(しょうま)の言葉にじっと考え込む。

和泉(いずみ)の話じゃ、いすかお姉さんも、ようやくお前が幼児じゃなくて成長して大きくなったんだって認識し始めたらしいぞ」

 確かにそうだ。祥真の言う通りだった。イシュカの基に対する態度は、ほとんど小さい子供に接するようなもので……。

 そこまで考えて、でも、それは皆のせいでもあるんだぞ、と少し恨みがましい目付きでじろりと祥真を見てしまう。イシュカとふたりになろうとするのを和泉と散々邪魔していたくせに。何を考えているのか。

 基の視線を受けて、祥真はまたへらっと笑い、肩をぽんぽんと叩いた。

「お前が何考えてるかだいたいわかるけど、お前なんか危なかったしさ」

「危なかったって、どういう意味だよ」

「ストーカー一歩手前」

「……」

 あっけらかんと言われて絶句する。

 そんなにか。神社の白いのにも言われて祥真にも言われて、そんなにヤバい奴に見えてたのか、自分は。

 ……自分ではもっと冷静だったつもりなのに。

 基の眉間にくっきりと皺が寄った。どうにも納得できなくて。

「少し冷静になろうぜ。お前、前からそうだったけど、今、もう何もかもの判断基準が全部いすかお姉さんになってるじゃないか。俺、それはどうなのかって思うんだよ」

「だって……」

「言葉の習得と剣の稽古でクララちゃんとこに通ってるし、あいつがいすかお姉さんと互角以上にやり合うからってそっちにばっか目が行ってるみたいだけどさ……あんま良くない傾向だぜ、それ」

 祥真の言葉は、つい先日(こう)に言われたばかりのものと一緒で、また、基は返答に詰まる。

 イシュカのことは自分が世話をしたかったのに、結局いちばん役に立ってるのはクラレンスで、次点は和泉だ。どうにもおもしろくなくて、どうにかしてクラレンスではなく自分がと、そればかりを考えていた自覚は確かにあった。

 けれど、正直、祥真にそこまで考えさせるほどとは思ってなかったのだ。(はた)からはそんな風に見えていたなんて。

「そんなに……」

「だって、お前が、今、それしか見えてないのなんて丸わかりだったしな」

 祥真はそう言って、手をまるで馬の視界を遮る遮眼革のように顔の横に当てた。

「まあ……当事者じゃないから、俺もこんな風に偉そうに言えるのかもしれないけどさ。俺がいちばん言いたいのは、何もクララちゃんの土俵で勝負する必要はないし、クララちゃんには無理でもお前にならできることが他にあるだろうってことなんだよ」

「そう、かな……」

「実際、前も、お前が進路とか考える時の根底には確かにいすかお姉さんのことがあったとは思うよ。でも、もうちょっと他にも目を向けてただろ?

 でも、今のお前って目の前のいすかお姉さんしか見えてないみたいなんだよ。気持ちはわかるけど、もっといろいろ考えようぜ。俺たち、先は長いんだから」

 基はやっぱり少し落ち込んでしまう。言われれば言われるほど、その通りな気がして。だから、自分はいつまでも子供に見られていたのだろうか。


「……それにさ」

 ふと、思い出したように祥真が付け加えた。

「クララちゃんて、帰るの諦めてなさそうなんだよな」

「諦めてない?」

「そそ。なんか、そのうち帰ろうって考えてるみたいなんだよ。事故で来たから帰り方とかまったくわからないって言ってるわりにさ」

 怪訝な顔になる基に、祥真が頷く。確かに……。

「また、事故が起こる可能性もあるってことか」

「んー……そこはどうなんだろう。クララちゃんの印象じゃ、そんな偶然任せとは違う気がするけど」

 基はまた渋面を作る。クラレンスがなんのあてもなくそんなことを考えるとは思えない。帰ろうとしているというなら、それができると考えているんだろう。もしかしたら、クラレンスが帰ることになったら、イシュカだって帰ると言い出すかもしれない。

 そんなこと、考えてもいなかった。

 ……いや、自分が行って戻ってきたということは、当然イシュカだって帰ってしまう可能性はあるのだ。わかっていたけど、自分は目を逸らして来ていたのだ。


 ──イシュカは、帰りたいと思ってるのだろうか。


「……お前、どうするつもり?」

「……イシュカが帰るなんて、嫌だ」

「そう言い出すと思ったよ。だけどさ、決めるのはお前じゃないってわかってるよな?」

「う……」

「俺のこと睨んだって駄目だよ。決めるのはお前じゃなくて、いすかお姉さんだろ」

 断言されて黙り込んでしまう基の肩を、祥真はぽんと叩いた。

「……わかってるよ」

「お前、どうする?」

「どうするって」

「いすかお姉さんにこっちに残りたいって思わせたり、こっちでの受け皿になったりしなきゃいけないのはお前だろ?」

「思わせて、受け皿に……」

「そ。まあどうすればいいかってのは、考えなきゃいけないけどな」

「……そっか。いすかから残りたいと思うように、か。

 俺、祥真と友達でよかったって、初めて思った」

「おま、それ酷くねえ?」

 べしっと思い切り背中を叩いて、大袈裟なくらいに顔を顰める祥真に、基はくっくっと肩を震わせて笑った。

 とはいえ、何をどうすれば、いすかが自分と一緒にここにいたいと思ってくれるようになるか、さっぱりわからないが。……イシュカにとって、自分がなくてはならない存在になって、そのうえ、イシュカがこっちで頼れるようなしっかりした人間になる。

 何をどうすべきかなんてこれから考えなきゃならないが、それでも目指す道が見えた気がした。


 それにしても、時間はどれくらいあるのだろうか。クラレンスは本当に向こうへ帰るつもりで、何か準備しているのだろうか。




 久しぶりに神社を訪れて、基はクラレンスとイシュカの稽古を眺めていた。イシュカはどことなく申し訳なさそうな素振りを見せたが、努めて何もないように装った。


「くららはなんでそんな風に動けるんだよ」

 相変わらず鬼のような剣さばきのクラレンスに、基は呆れたように言った。

「わかりきったことだ。お前とはキャリアが違いすぎるだけだよ」

「キャリア?」

 訝しむように見上げる基に、クラレンスは鼻で笑ってみせる。

 せいぜい、多く見積もっても自分より10歳程度年上にしか見えないのだが。

「……お前、わたしがどれだけ剣を握って来ていると思う?」

「実戦は10年て……」

「確かに、わたしが修行を兼ねて冒険者として実戦に出ていたのは10年だ。だが、教会の聖騎士として下積みを重ねてきた期間はそれ以上の年数になる。

 ──そうだな、お前があちらに来たくらいの年齢に訓練を始めているから、実戦含めておおよそ40年越え、50に足りないくらいといったところか」

「……は? 40年?」

 ぽかんと口を開ける基に、クラレンスはにやりと笑った。

「お前は人間という種族しか知らないのだろうが、わたしの種族の寿命はおおよそ300年といったところだ。ちなみに、身体ができる年齢は人間とほぼ変わらないが、慣習的に成人と認められるのは30前後だな」

「え……それじゃ」

「わたしの実年齢は50を超えたところだよ。だから、キャリアが違いすぎると言ったろう? わたしはおまえの年齢よりもずっと長い間、聖騎士をやっているんだ」

 ぽかんと呆れたように、基はクラレンスを凝視した。

「……年齢詐欺」

「詐欺とは失礼な。お前たちが勝手に人間を基準に年齢を測っていただけだろうが」

 それから、はっと気づいて、基は思わずイシュカを見てしまう。

「え……。わたしは、ええと、たぶん、クラレンスのはんぶん……くらいだ」

「イシュカは半悪魔だ。半悪魔の寿命など知らんが、悪魔には寿命がない。あれは殺されるまで生き続ける生き物だ。だからその血を半分引いている半悪魔は、天寿を全うできるとして……短くても数百年は生きるだろう」

 数百年……茫然と呟く基の頭を、クラレンスがぽんと叩く。

「そう。人間なら何世代も重ねていく長さの時間だ」

 まるで、お前にはとうていどうしようもない長さの時間なのだ、余計なことは考えるなと言われた気がして、基は唇を噛んだ。

 けれど。

 もし、イシュカがそれでも自分と一緒にいたいと望んでくれるなら……人間の平均寿命約80年。自分なら、あと残り60年。その時間を、イシュカが自分と過ごしたいと思ってくれるように、なってほしい。

 そうだ、自分が向こうへ行ったっていいんじゃないか? こちらがダメでも、自分が向こうで大丈夫なくらいの力と知識を身につけて、ついていくのでもいい。

 もしかしたら、あちらには人間の寿命を伸ばす方法だってあるかもしれない。なんたって、魔法がある世界なのだ。

 こちらでも、あちらでも通用する人間になろう。

 じっと考える基に、クラレンスは目を眇め、ふっと笑った。


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